3.皇子とジョギングしました
翌早朝、ユリアがジョギングする前に庭園で準備運動しているとフレイムが現れた。
「おはよう、ユリア王女」
ユリアは驚いた。昨日あれほど避けていたのに自分から声をかけてくるとは。もしかしたら侍女に格下げの話かしらと思って少しワクワクした。
「殿下!おはようございます。こんなに早くどうされましたか?」
フレイムは少し照れくさそうに言った。
「昨日、君の部屋に行ったとき一緒にジョギングを…」
「ああ、侍女に格下げですね…」
「は?」「えっ?」
二人は同時に驚いた。
「侍女に格下げの話ではないのですか⁈」
フレイムは目を大きく見開いたあと怪訝そうに言った。
「誰がそんなことを言ったんだ?」
「いえ、あの、昨日わたくしが殿下を投げ飛ばしてしまったので…」
「ああ…」
フレイムは赤くなった顔を片手で覆い横を向いた。
「わたくしは戦利品ですので、殿下がお気に召さなければ侍女にも下女にもなりますわ」
「何を言っている。君は戦利品などではない。わたしが妃にと望んだんだ」
フレイムはユリアの肩を両手で握り真っ直ぐに目を見て言った。
「でも、昨日殿下はわたくしのこと避けていましたわよね?」
「あれは…」
フレイムはまた顔を赤くして横を向いた。
「あれは恥ずかしかったんだ。不意打ちとはいえ、君に投げ飛ばされて…君を守りたいと思っているのに、情けなくて、合わす顔がなかった」
ユリアはフレイムの何が冷血漢と呼ばせたのだろうと思った。真っ赤な顔して照れている姿はちゃんと温かい血が通っている証拠だ。
「では、今日は合わす顔があるのですね?」
ユリアは少し意地悪っぽく言った。
「今日は…一緒に走ると言ったからな。ほら、行くぞ」
そう言うとフレイムは走り出した。ユリアは後を追った。
庭園を一周するとフレイムは館の裏の方へ行き、林の中を走った。
ユリアが後を追うようにして走っていると、フレイムはスピードを落としてユリアに並んだ。
「ユリアに見てもらいたい場所がある」
フレイムはそう言ってユリアの手を取り、林を抜けて城壁まで来た。
「行き止まりですね」
ユリアが言うとフレイムはにっこり笑い、手を繋いだまま城壁に沿って歩いた。
ユリアは繋いだ手からくる汗と温もりにドキドキした。
しばらく歩くと城壁に小さな扉があった。フレイムは閂を外し、扉を開けて入って行った。ユリアも後をついて行った。
扉の向こうは木々に囲まれた上り坂になっていて、そこを抜けると見晴らしのよい丘があった。
ユリアは野営にもってこいだと思った。
丘に登ると皇宮や市街が見えた。
ユリアは市街やその向こうに見える湖や山を見ながら言った。
「見晴らしが良いところですね。景色が綺麗だわ」
「ここで少し休憩しよう」
そう言うとフレイムは座り、ユリアにも隣に座るように促した。
ユリアは横に座り、持ってきた水筒の栓を開けてフレイムに差し出した。
「殿下、お水をどうぞ」
フレイムは首を横に振った。
「わたしが口をつければ君が飲めなくなるだろう?」
「大丈夫です。戦場では回し飲みなんて日常でしたわ」
フレイムは眉をしかめた。
「王女という立場なのに普通の兵士と変わらない待遇だったのか?」
「王女なんて名ばかりでしたわ」
ユリアはフレイムにユーフィラシア王国での暮らしの話をした。
ユリアの母は力のない伯爵家の出だったが、器量は王国一と言われていた。その美しさを見染められて側妃になったのだが、ユリアを産んですぐに亡くなってしまった。
国王はユリアには全く関心を持たなかった。そのせいでまわりの者たちからも疎まれて育った。
他の異母兄弟姉妹にも何度も痛い目に遭わされた。ユリアは誰にも負けないぐらい強くなりたいと思った。
そこでユリアは騎士団に赴き、剣を習い始めた。ユリアが八歳の時だ。騎士たちは王女という立場と可愛らしいこどもだったことでユリアを大事にしてくれた。
こっそり街に連れ出してくれたり、乗馬を教えてくれたりもした。
「それであんなに上手に馬を扱って剣を振ることができたんだな」
フレイムは感心したような顔をしながら言った。
「剣を持つしかわたくしの生きる価値はないと思って頑張りましたわ」
「じゃあ、わたしと似たようなものだな」
フレイムは優しく笑いながらユリアを見た。
「殿下がですか?」
「フレイムと呼んでくれ。わたしもユリアと呼ぶ」
ユリアは躊躇したが、頷いた。
「わたしも五番目の皇子だ。ユリアと同じで母は力のない男爵家の出で、七番目の妃に過ぎない。皇子といえど何の権力も持たない皇子だ。だからわたしも強くなりたかった。誰にも負けない強さがあればこの帝国で認めてもらえるだろうと」
フレイムは遠くを見つめながら話した。
「わたくしたちよく似た境遇ですね。殿下のお母様はまだご健在ですか?」
「フレイムと呼んでくれ…ああ母上はまだ健在だ」
「では挨拶に行かなければなりませんね。まだ皇帝陛下にもご挨拶してませんが」
ユリアがにっこりして言うとフレイムは顔を強張らせた。
「挨拶はいい、婚姻が決まってからで。今陛下に婚姻の嘆願書を提出している。承諾が得られたら陛下に挨拶に行こう。母上にはそれからだ」
ユリアはフレイムの顔見て、第七側妃は自分との婚姻をあまり喜んでいないのだと察した。
「殿下、いえ、フレイム様。無理をなさらないでくださいませ。わたくしは侍女としてフレイム様にお仕えさせていただいてもよろしいので」
フレイムはユリアの肩を抱いた。
「何を言う!ユリア以外わたしの妃は考えられない。ユリアわたしは本当に君を……」
フレイムの顔がユリアに近づいてきた。唇が触れ合う寸前ユリアはスクっと立ち上がった。
「さあ、殿下…フレイム様、館までひとっ走りしますよ」
そう言うとユリアは走り出した。
フレイムは一瞬固まったが、気を取り直した。
「ユリア、ちょっと待て!下り坂をそんなに走ったら危ない!」
ユリアはフレイムの声が耳に入らなかった。火照った顔とドキドキする心臓をフレイムに知られたくなかった。
フレイムがユリアに追いつきかけたとき、ユリアが体勢を崩して転びそうになった。フレイムがユリアの腕を取り抱き抱えて一緒に転がった。
「フレイム様!大丈夫ですか⁈」
「ああ、大丈夫だ」
お互い、泥だらけ草まみれになった姿を見て大笑いした。




