26.幽霊になりました
建国記念祭三日目。
イーサンは葬儀が始まるまで誰も教会の中に入らないように入り口で見張っていた。
司祭にはフレイムの部下たちだけでお別れしたいからと言い訳をして葬儀の時間になるまでは誰も入らないように頼んだ。
中ではサプライズイベントの準備が進められていた。
イーサンが教会の入り口で立っているとフレイムの邸宅の使用人が何人かでやって来た。
「わたしたち、葬儀には中に入れないので今お別れをさせてもらおうと来たんです」
使用人の一人がそう言ったが、中に入れるわけにはいかなかった。
「申し訳ないが、中に入れることはできない。ここでお別れしてもらえないだろうか?」
使用人たちは仕方がないのでその場でお祈りをした。
祈り終わった使用人の一人がイーサンに向かって言った。
「アデライト卿、お辛いですね。心に秘めたその想い、きっとユリア王女様もあの世で受け止めてくださっていると思います」
他の使用人も涙ぐんで頷いた。
「何のことだ?」
イーサンが眉を寄せて聞くと、使用人の一人がイーサンに耳打ちするように言った。
「昨夜のこと、ロザリー様から聞いています。お辛かったでしょう」
イーサンはギョッとした。誰にも言わないと言っていたのにロザリーめ、余計なことをと思った。
フレイムの邸宅の使用人全部に広まっているせいか、何人かに分かれてお別れの祈りをしに来た使用人たちが全員、イーサンに同情の言葉をかけたり、憐れんだ目で見てきた。
イーサンはフレイムの耳に入らないうちに何とか火種を消さないと、と焦った。
ユリアを溺愛するフレイムに耳にでも入った暁には命がないか、クビになるのは確実だと思った。
街中賑わっていた午後一時、訃報を知らす教会の鐘が鳴った。
民衆はこの記念祭の最中、葬儀が執り行われるのは皇族に違いないと口々に言い合った。
誰が亡くなったのか知ろうと、皆お祭りの派手な服装のまま教会の周りに集まった。
教会の中に喪服を着た貴族が次々に入って行った。
最後に皇帝と皇后が中に入り、教会の扉が閉まった。
教会の一番奥の壇上に棺が二基並べて置かれていた。
司祭が棺の前に立ったとき、棺の蓋が閉まっていたので侍者に蓋を開けるように告げ、侍者が蓋を開けようとした瞬間、教会の中を照らす明かりが全て消えた。
暗闇の中、人々のざわめきが教会内に響いた。
「きゃあーっ!」
誰かの叫び声が聞こた。
棺の周りにロウソクの火が灯り、棺の上にロウソクの火に照らされた人の姿が薄っすらと見えた。
「ヒュ〜ドロドロドロ〜、ヒュ〜ドロドロドロ〜」
ちよっと笑ってしまいそうな誰かが口で言っている効果音が流れた。
変装して参列していたフレイムの部下が叫んだ。
「わあーっ、幽霊だ!」
「第五皇子とユリア王女の幽霊だ!」
「殺された怨みで出てきたんだ!」
他の幽霊役も教会内のあちこちでロウソクの火に照らされては火が消え、見えなくなってはまた火がつき照らされるを繰り返した。
参列者は暗闇の中身動きが取れず、泣き叫んだり、隣同士すがりついて震えていた。
「うわーっ、すみません、すみません!わたしは殺したくなかったんです。許してください!」
ヘイトが大きな声で叫んだ。
「わたしは脅されて仕方なくやったんです!助けてください!」
ヘイトは皇后に助けを求めた。
「な、何を言っているのです、ヘイト!お、お前何かしたのか?」
皇后は焦りながら素知らぬふりをした。
ヘイトは更に皇后に向かって言った。
「皇后陛下が家門を潰すと脅したからわたしは皇子を…」
「何戯言を申しておる!その方わたくしを愚弄する気か⁈」
皇后はヘイトに扇子を投げつけた。
皇后は自供する気はないなと思ったユリアは脅してみた。
「恨めしや…… この怨み子孫代々まで呪ってやるぞぉ……わたくしたちに手をかけた者には顔が醜くなる呪いを…その息子は火事で丸焦げに……その子孫には生まれたときから顔中に火傷痕をつけて生まれてくるように呪ってやる……」
ユリアは皇后を指差した。
「やめて……わたくしは何も知らぬ……」
皇后は顔を覆って俯いた。
ユリアの言葉に乗じて、皇后の近くにいた幽霊役の部下が自分の顔に使った赤いインクを皇后の頭にそっと垂らした。
ヘイトはそれを見て叫んだ。
「皇后様!皇后様のお顔が!」
皇后は顔や手に何かついたのがわかったが暗闇なのでよく見えなかった。
そこに教会の明かりがついた。
「きゃあーっ」
皇后の周りにいた人が叫んだ。
皇后も赤い血糊のようなものが顔や手についていて腰を抜かした。
「違う……違う……わたくしは…ヴィクトールのために…ヴィクトールのことを思って……やめて……許して」
皇后は頭を抱え込んだ。
「どういうことだ?皇后」
皇帝が皇后の前に立って怪訝そうな顔をして聞いた。
「そう……わたくし……命令したの……フレイムが…邪魔だった……違う…わたくしじゃない……ヴィクトール……そうヴィクトールのため……」
皇后は放心状態でブツブツと言うだけだった。
皇帝は大きくため息をつくと衛兵に指示を出した。
「今すぐ皇族以外のものは全員退去させろ!」
衛兵は皇帝の指示通り皇族以外の者を教会から追い出した。
「フレイム!これはどういうことか説明しろ!」
皇帝はかなりご立腹だった。
フレイムは棺から降りて皇帝の前に跪いた。
「帝国の太陽にご挨拶申し上げます。わたしはユリアと共に訪れた旅先で刺客に襲われました。その刺客を捕らえてわたしたちを狙った首謀者を聞き出したのです。その者が高貴な存在だったため捕えることは叶わないと判断し、その者の口から自供させようと一芝居打った次第です」
フレイムは俯いたまま話した。
皇帝は片眉を上げ、怪訝そうな顔をした。
「その首謀者が皇后だったと?こんな茶番、お前らしからぬ行いだな。今この帝国は五百年という建国記念祭に他国の貴賓も来ておるということを忘れおったか?これが皇子のすることか?」
見かねたユリアがフレイムの横に行って跪いた。
「帝国の太陽にご挨拶申し上げます。恐れながら申し上げます、皇帝陛下。この茶番はわたくしが全て考えたことでございます。第五皇子殿下並びにその部下たちにはわたくしが無理矢理付き合わせました。どうかお咎めはわたくし一人にお願いいたします」
ユリアは頭を床につけた。
「ユリア!お前がそんなことをする必要はない!」
フレイムはユリアの肩を後ろから抱きしめた。
「陛下、これは全てわたしの責任です。ユリアも部下もわたしの意図に従っただけです。お咎めがあるならどうかわたしだけに!」
皇帝の後ろにいた皇太子ヴィクトールが口を挟んだ。
「陛下!このような陛下を謀るような者全員処罰すべきです!」
皇帝はヴィクトールを睨んで言った。
「誰の許可を得て話している。そもそもお前の母親が皇子暗殺という罪を犯していることを忘れているのか」
ヴィクトールは青ざめて一歩下がった。
「皇后を北の塔へ幽閉せよ。フレイム以下の処罰は追って沙汰を下す」
皇帝はそう言うと教会を出て行った。




