2.皇子を投げ飛ばしました
次の日、ユリアは夜明け前に起き、動きやすい服を着て館の外をジョギングしながら回った。館の裏には林があってその向こうは城壁だった。
「うん、この林なら鍛錬に最適そう。ハンモックを吊って昼寝も気持ちよさそうね」
ユリアが部屋に戻ると大騒ぎになっていた。
「ああ、殿下!ユリア王女様がお戻りになられました!」
侍女の一人が叫んだ。
フレイムが息を切らして走ってきてユリアをギュッと抱きしめた。
「ああ、ユリア!良かった。誰かに攫われたかと思って心配したよ」
「え?ええーっ!」
ユリアはフレイムから腕から抜け出そうとバタバタしたが、フレイムがあまりにも強く抱きしめていたので抜け出さなかった。
ユリアが諦めてフレイムの顔を見ると、本気で心配していたんだとわかった。
「殿下、心配かけて申し訳ありません。いつもの日課でジョギングをしていたのですが、見知らぬ地につい好奇心が湧きまして、いろいろ見て回って遅くなってしまいました」
ユリアはフレイムの背中をポンポンとしながら言った。
「そうか……明日からはわたしもジョギングに一緒に行くよ。昨日の今日なのにユリアに何かあったらいけないからね。今から一緒に朝食を取ろう」
そう言うとフレイムはユリアのおでこに軽くキスをした。
ユリアはびっくりして反射的にフレイムを投げ飛ばしてしまった。
「キャアァ、皇子殿下!」
侍女が叫んだ。
ユリアはしまったと思った。
「殿下!申し訳ありません!」
フレイムは真っ青な顔をして立ち上がり、大丈夫と言ってユリアの部屋を出て行った。
ユリアは申し訳ないことをしたと思ったが、これでフレイムに嫌われて、相手にされなくなるかもしれないと思うとちょっとだけホッとしたと同時にワクワクもした。
「殿下が嫌うと、きっと周りの人たちも嫌って意地悪してくるようになるわよね。ふふ、どんな虐めをしてくるかしら?楽しみだわ」
フレイムは案の定ユリアを避け始めた。
朝食を一緒にと言っていたのに急用ができたからと侍女から伝えられ一人で食事をした。部屋に帰る途中、廊下で見かけたと思ったらすぐにいなくなっていた。
昼食もユリアは一人で食べた。
「もう確実に嫌われたわね。いつ部屋から追いだされてもいいように準備しておかなくちゃ」
ユリアは追いだされても国に帰ることはできないので(そもそも戦利品だし)もしものときは館の裏の林でしばらく寝泊まりさせてもらおうと考えた。
ユリアが野営テントを荷物から出していると侍女が尋ねてきた。
「王女様、それは何ですか?」
「これは外で寝泊まりできる野営テントよ。戦争中この中で寝ていたの」
侍女はびっくりした。
「王女様、戦場に行かれていたのですか⁈」
「ええ。王女が戦場なんてびっくりしたでしょう?」
ユリアはこれで敬遠されるか、馬鹿にされて見下されるかと思った。
侍女は座って荷物を整理しているユリアの近くに来て跪いた。
「王女様。わたしはヒズリー男爵家の娘ロザリーと申します。今日から王女様の専属侍女を務めさせていただきます。よろしくお願いします」
ユリアは跪いたままにっこり笑うロザリーを見て思っていた展開とは違うようだと思った。
「こちらこそよろしく、ロザリー。でも大概のことは自分でできるから大丈夫よ。まだ帝国に慣れないので困った事があれば言うわね」
「かしこまりました」
ロザリーはそう言った後もニコニコしてユリアの側で跪いていた。
「あの、ロザリー…?わたくしのこと王女らしくないと思ってらっしゃるのではなくて?」
ロザリーはええっと言う顔をしてユリアの手を取った。
「とんでもございません!国を守るために自ら戦争に赴くなんて、そのようなご立派な王女をわたしは初めて知りました。何もしない気位ばかり高い方ではなくて王女様のようなお方に仕えることはわたしの誇りです!」
ユリアは戸惑った。ユーフィラシア王国にいた頃は、ユリアのような王女は馬鹿にされていた。力のない側妃のこどもということもあり、国王には放置されていた。ユリアが生き延びるためには剣を取るしかなかったのだ。
戸惑っているユリアに気づき、ロザリーは慌てて手を離し謝罪した。
「申し訳ありません王女様。つい興奮して失礼なことを致しました」
ロザリーは深々と頭を下げた。
「いいのよ、ロザリー。もしかしてわたくしもあなたと同じ侍女になるかもしれないし…」
ユリアはロザリーの肩に手を置いた。ロザリーは頭を上げて目を丸くして聞いた。
「どういうことでしょうか?」
「実はね、今朝殿下を投げ飛ばしちゃったのよ」
ユリアはにっこり笑って言った。
「もともとわたくしは敗戦国の戦利品でしょう。そこにきて皇子殿下を投げ飛ばしたとなるとただでは済まないと思うのよ」
ロザリーは青ざめて言った。
「どうして皇子殿下を投げ飛ばされたのですか?」
「殿下が額に口付けてきてね。びっくりして思わず、えいって投げちゃったの」
ロザリーの青ざめていた顔がますます青くなった。
「それで皇子殿下はどうなされたのですか?」
「すぐに立ち上がって、大丈夫と言って出ていかれたわ」
ユリアは苦笑いをしながら答えた。ロザリーは目を丸くしてびっくりしていた。
「あの皇子殿下が⁈戦場で冷血漢皇子の異名を取る、あの王子殿下が何も言わないで出て行ったのですか⁈」
「ええ、そんな異名があるの?」
ユリアに対するフレイムの態度はとても冷血漢と呼ばれているだなんて思えなかった。
「はい。第五皇子殿下は戦場ではもちろんのこと、日常でも笑ったのを見たことがないし、いつも冷たい目、冷たい声でみんなを圧倒しています」
「まあ、そうなの?昨日からだけど、とても優しくしてもらってるわ」
ロザリーは再び驚いた。
「あの冷血漢皇子がですか⁈ユリア王女様、さすがです!ますます好きになりそうです!」
ロザリーは目にハートを浮かべて言った。
ユリアは好きにならずに虐めて欲しいのだけれどと思った。




