16.戦地に向かいます
ユリアはイーサンの方を見た。イーサンはユリアから目を逸らした。
「どういうことなの、イーサン。あなたはフレイム様の片腕なんだから知ってるわよね?」
イーサンは黙っていた。
「イーサン!」
ユリアは強く大きな声で言った。
「……フレイムはトワイト王国を制する代わりにあなたとの婚約を認めるように陛下に約束させたのよ……」
ダイアナが泣きながら弱々しく言った。
ユリアは驚いた。フレイムはそんなことひと言も言わなかった。
ユリアはギュッと唇を結んだ。そして決意を固めたように低く力強い声で言った。
「イーサン、今すぐ馬を用意して!」
「しかし……」
イーサンは戸惑った。
「つべこべ言わずさっさと用意して!あなたはフレイムの片腕でしょう!一緒に行くわよ!」
それでもイーサンは動かずにいた。
「いいわ、わたくし一人で行くわ!」
ユリアは言いながらイーサンを睨みつけた。
イーサンは一度目を閉じて何か考えてから言った。
「わかりました」
イーサンは準備のために部屋を出た。
ユリアはダイアナのそばに行き膝間ついた。
「皇妃様、知らなかったとはいえ、わたくしのせいでフレイム様を負傷させてしまい申し訳ありません。わたくしはこれから戦地に向かいます。必ず勝利してフレイム様と共に帰って来ますので待っていてください」
ユリアはダイアナに頭を下げるて部屋を出ようとしたところへ、先ほどまでオロオロしていたフリージアがユリアの腕を掴んだ。
「お姉様行かないで!行っちゃだめです!」
「フリージア様、大丈夫です。わたくしは戦うことで生き延びてきた人間です」
フリージアはユリアの腕をギュッと握って首を横に振った。
「お父様に兵を出すようにお願いしてきます。それまで待ってください!」
「フリージア様、一刻も早くフレイム様の元に行きたいのです。わたくしは本当に大丈夫ですから」
ユリアはフリージアの手をトントンと優しく叩いて言った。
フリージアは涙を流しながらユリアから上でを放した。
「ロザリー、今すぐ長旅の準備をしてくれる?水と食料をお願い」
「……承知しました」
ロザリーは心配で行って欲しくないと思っていたが、ユリアは何を言っても自分の信念をつらぬく方だとわかっていたので黙って承諾した。
ユリアは自分の部屋に戻ると戦のときにいつも着ていたディアスキンの服を着て鎧を纏い野営に必要な物を準備し、真剣と短剣を腰につけた。
ユリアが階下に降りていくと侍従や侍女たちが心配そうに待っていた。
玄関外ではイーサンが馬二頭に荷物を括り付けていた。
ユリアは自分の荷物も馬に括り付けるようにイーサンに頼んだ。そして玄関前に並んだ侍従や侍女たちに向かって言った。
「皆様、お見送りありがとうございます。行ってきます」
使用人たちは皆口々に心配する言葉や激励の言葉を発した。
ユリアは馬に跨りイーサンに頷いて合図を送った。先にイーサンが走り、ユリアが後を追った。
戦に出るときこんなに大勢の者から心配や激励を受けたことがなかったのでユリアは嬉しかった。みんなが言ってくれた言葉を噛み締めながら馬を走らせた。
日没したので途中で宿を探したが見つからず、野営をすることにした。
イーサンが薪を集めて火を起こした。
ユリアは湯を沸かし、薬草とベーコンと乾燥した野菜を入れて煮込んだ。出来上がったスープを器に入れ、イーサンに渡した。
「イーサン、これが今日の夕食よ。見た目より美味しいし、身体にいいわ」
イーサンは申し訳なさそうに器を受け取って言った。
「王女様をこんなところで一晩明かさせるなんて申し訳ありません」
「気にしなくていいのよ。むしろわたくしはこの方が性に合っているの。イーサンも見たでしょう、林の中のハンモックとか。フレイム様がわたくしのために用意してくれたものよ」
ユリアは微笑んで言った。
「わたしは殿下に殺されるかもしれません。王女様を戦地に連れて行くなんて…」
イーサンはスープを飲まずに持ったまま俯き加減で言った。
「あら、大丈夫よ。あなたが連れて行ってくれないなら、フレイム様より先にわたしがあなたを切り捨てていたわよ」
ユリアはスープを飲みながら横目でイーサンを見てニヤリと笑った。
イーサンは目を丸く開けて大きく息を吐いた。
「王女様には敵いません」
そう言うとイーサンはスープを飲んだ。
「うまい!身体が温まります」
イーサンはおかわりをして残らず食べた。
食事が終わるとユリアは寝袋を取り出した。
「イーサン、先に眠るわね。夜中に交代しましょう」
ユリアが言うとイーサンは首を横に振った。
「わたしはずっと起きていますので王女様は寝ていてください」
「イーサン、戦場では身分は関係ないの!あなたも戦うのだからしっかりと寝て体力温存しないと足手まといになるわよ。交代しないと気絶させるから」
そう言ってユリアは眠りについた。
イーサンはユリアの寝顔を見ながら無謀な方ではあるが、フレイムはいい妃を見つけられたと思った。
夜中予告通りユリアは起きてイーサンに寝るように言った。イーサンは初めは拒んだが、ユリアが後ろから首に腕を回して本当に気絶させようとしたので諦めて寝ることにした。
「初めから素直にそうしていなさい」
ユリアは半分怒ったように言った。
イーサンは寝たふりをして周りに注意を払った。明け方に少しだけ眠った。
二人は朝食のパンを食べ終えるとすぐに出発した。
西の領地のトワイト王国との国境まで皇宮から三日はかかるところを二日で行こうとしていた。
昼時に馬を休ませる間、二人は簡単に昼食を済ませ、再びトワイト王国目指して走った。
陽が暮れる頃宿場町に着いた。
「今夜はここで宿をとりましょう。明日夜明け前に出発すれば正午頃には戦地にたどり着くでしょう」
イーサンはそう言って宿を探しに行った。
ユリアはイーサンを待つ間、近くの広場に噴水を見つけ馬に水をあげた。
ユリアは周りを見渡した。宿場町といってもあまり人がいないようだ。
イーサンが戻って来た。
「近くの宿が取れましたので行きましょう」
宿に向かっている途中にユリアはイーサンに聞いた。
「ここは人があまりいないようだけど、どうしてかしら?」
「ここはトワイト王国が近いでしょう。商人になりすましたトワイト王国の兵士が度々ここを荒らすんです」
イーサンが小声で言った。
「まあ、今も潜んでいる可能性があるのね」
ユリアが言うとイーサンは黙って頷いた。
二人は宿屋に着き馬を馬小屋に繋いで中に入り、案内された部屋に入った。
ユリアとイーサンの部屋は隣どうしだった。
「おやすみなさいませ、王女様」
「おやすみ、イーサン。今日はちゃんと寝るのよ」
ユリアはにっこり笑って部屋に入った。




