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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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第7話 竈竜

「そういう話でしたら、我々は呂級の肌竜も購入の予定ですので、さらに値段を考慮してはいただけないでしょうか?」


 そう成田が言うと、牧場の営業担当から、ならば先に呂級の竜を見て来て欲しいと至極当たり前の事を言われた。我々は何度もそう言っていたのに、案内係の人がここに連れて来たのだが。



 竜舎に向かった一行に呂級の責任者が、この辺りはどうか、こっちはどうかと何頭かの肌竜を連れて来てくれた。だが、どうも生産担当の山室は気に入らない様子。高山も脚元などを触ってみるのだが、どれも値段に釣り合っているような気がしない。

 すると牧場の呂級の責任者が、そんな山室たちを何もわかっていないと笑い飛ばした。


「牡系と牝系というのは作り方が全然違うんだよ。牡系はできあがるもの、牝系というのは育てあげるものなんだ。今紹介した肌竜は確かにこの竜だけを見たらパッとしないかもしれない。だけどね、この竜の血統背景は素晴らしいものがあるんだよ」


 呂級の責任者は、今紹介した肌竜の何が素晴らしいか、その近親たちの活躍を滔々と語った。

 その間、自慢話には興味が無いと言わんばかりに高山は一人輪を外れ、竜舎を一棟一棟見てまわり、繋養されている肌竜を見てまわった。確かにどれも目を見張るほど素晴らしい。だが、どうも何かが違うとも感じる。そんな風に考えていると、成田がぽんとその背を叩いた。


「先生、気になる竜はいましたか?」


 どうやら、成田も長話に付き合い切れず、逃げ出してきたと見える。その顔には若干の疲労が見て取れる。


「そうですねえ。値段がわからないので何とも言えないのですけど、何頭かは。それ以前に、ちょっと気になっている事が何点かあるんですよね」


「もしその気になる事が肌竜の事なのでしたら、すぐに聞いた方が良いですよ。どうも向こうは、こっちがどんな竜を所望しているのかわからずに紹介している気がしますから」


 その発言に高山は内心でかなり驚いていた。成田は竜など見てももちろん良し悪しは何もわからない。そのため、北国の牧場でも、古河牧場でもつまらなそうなそうにしていた。竜を見る事自体は純粋に好きなようだが。

 その成田が、相手はうちらがどんな竜を所望しているかわかっていないとはっきりと口にした。それは、成田が一歩引いたところから冷静に皆の反応を見続けていたという事になる。


 なるほどと頷き、高山は呂級の責任者のところへ向かった。

 自分の渾身の説明があまり山室に理解されていないようで、呂級の責任者が、かなりガッカリした顔をしている。


「あの、一つ聞きたい事があるのですけどよろしいでしょうか? 先日うちの牧場で繋養されている竜を見たのですけど、こっちの竜に比べ、全体的に線の細い竜が多かったんですよね。こっちの竜は全体的に重量感があるというか。どうしてなんですか?」


「ああ、それは恐らくは芝生の違いですよ。瑞穂は寝具のようにふかふかの芝生で競争するんですよね。こっちは芝生と言っても所々土がむき出しですからね。こういう竜じゃないと力負けしてしまうんです」


「では、あそこの竜舎の肌竜の仔なんかだと、こっちでは力不足という事になるんですか?」


 そう言うと高山はいくつかの竜舎のうちの一つを指差した。二人でその竜舎に行くと、呂級の責任者はすぐにどの竜の事を言っているかわかったらしい。


「ああ、そうですね。この肌竜は既に一頭出走していますけど、母のそういう悪い面が出てしまっていて、明らかに力不足でしたね。この肌竜でしたら、血統もそこまででは無いですから、かなりお安く融通できますよ」


 呂級の責任者がその赤毛の肌竜――『キス・ミー・ケイト』を竜舎から曳いてくると、山室がこれは良いと目を輝かせた。


「なるほど、こういう竜が所望なのであれば一頭お薦めの肌竜がいますよ。血統は申し分無いのだが、全体的に軽快すぎる感じの肌竜が」


 呂級の責任者はそう言って一頭の肌竜を曳いて来た。

『ミス・イモージェン』と名付けられた月毛の竜を見た大石は、思わず「おお!」と感嘆の声をあげた。山室はあまりの立派さに声も出ない。


「この肌竜はかなり血統の良い肌竜なのですが、ご覧の通り線が細くてね。なるべく力強い種をと思って付けたんですが、残念ながら母の方の遺伝が強すぎてしまって。次の次に期待って私たちは言ってるんです」


「期待されているのに、お譲りしてもらえるんですか?」


「この肌竜の仔では見栄えがせず、高く売れませんからね。しかもこの竜、今のところ牝竜しか産んでなくて。瑞穂もそうだと思うんですけど、牝竜は相対的に値段が……ね。ただ血統は良いですから、それなりに値は張りますよ」


 呂級の責任者の話など、もはや耳には入っていないという感じで、大石と山室は『ミス・イモージェン』に釘付けとなってしまった。



 一行は再度先ほどの商談用の建物へと戻って来た。

 すでにある程度の商談が終わっているせいか、先ほどと異なり、珈琲と茶菓子が用意されている。どうやら先ほどまでは冷やかしだと思われていたらしい。


 あまりこちらが値段交渉をしなかったせいか、『ミス・イモージェン』が一昨年産んだ仔もついでに安く譲ってもらえる事になった。残念ながらこちらではたいした値段は付かないからというのがその理由であった。


「では、商談成立という事でよろしいでしょうかね。うちに専用の輸送機がありますので、準備が整い次第、まずは呂級の三頭、次いで八級の三頭という感じで輸送いたしますね」


 呂級の二頭は今年は空胎(=種付け予定無し)の予定らしく、すぐに輸送準備にかかれると牧場の営業担当はホクホク顔で微笑んだ。


「ところで、二点ほどお聞きたい事があるのです。もし教えていただけるならという程度の事なのですが」


 高山が先ほどの呂級の担当者にそう声をかけると、成田がこちらは瑞穂で調教師をされている方だと紹介した。


「まず一点目なんですけど、うちの牧場の竜はどの仔も仕上がりが遅いんです。入厩した段階で筋量が少ないんですよね。その原因はどこにあると推測されますか?」


「そうですねえ。竜を見ていないので何とも言い難いですけど、こちらでよく言われるのは、肉付きの悪い仔が出るのは幼駒の時の食事と放牧の仕方が悪いという事です。食事が肉や豆中心で葉物が少ないとか、幼駒の時に小頭数で放牧しているとか」


 すると、それにすぐに大石が反応した。


「え? こちらでは幼駒を多頭数で放牧しているんですか?」


「ええ。そうしないとどうしても競争心のようなものが欠けてしまいますから。闘争心が欠けると成長にも悪影響が出てしまうんです。もちろん幼駒はやんちゃですから、怪我をする危険性はあります。うちではその対策として、なるべく事故が起きないように、牧羊犬を多めに飼育して見張りをさせています」


 稀に事故は起きるが、牧羊犬がいれば死亡事故に発展するような事にはならないと呂級の担当者は説明。

 土地が変われば色々と考えは違うものだと、大石は感心しきり。ただ、すぐにできる改善点である事は間違いなく、帰ったらさっそくやってみようと山室と二人で言い合っている。


「で、もう一つの方は?」


「えっと、お恥ずかしながら、私の厩舎は他に比べ竜の疲労回復が遅いんです。そのせいで強い調教が行えないのですけど、こちらでは何かそういう話は聞きますか?」


「疲労回復ですか。基本は心肺の強化と筋量の増強ですが、調教師であればそんな事はやってますものね。あとは運動後の鎮静運動でしょうかね。筋を伸ばすような運動をさせるんですけど、竜が抵抗するから牧童が嫌がるんですよね」


 「鎮静運動ねえ」と呟いた高山の顔は、どこかすっきりとしたような晴れやかな顔であった。

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