第6話 ペヨーテ
「やはり、竈竜を手に入れるとなると、海外に行くしかないのかもしれませんなあ。そうなると一頭というわけにはいかないから、最低でも三頭。輸送費もかかるから一大事業になりますな」
競りの後、日高の食事処で大石は言った。目の前の皿には『ざんぎ』という鶏のから揚げが山盛りになっており、生麦酒の注がれた杯に雫が滴っている。
「高山先生が竜産に不満があるという話を漏れ聞いてから、相談役に相談したんですけどね。八級はパデューク系のせいで多くの会派が苦戦しているから、少しでも改善できるならお金を出す価値はあるって仰ってましたよ」
「なるほど。そう言ったという事は登紀様も薄々そう感じていたという事か。ならそう言ってくれれば良かったのに」
「相談役は真剣にやってる人に水を差すような事ができない方ですよ。それに、俺も職場で何度か見ましたよ。上が変に口を出したせいで下が混乱するという場面を」
成田がざんぎを取ると、皆が一斉にざんぎに箸を伸ばした。その後で生麦酒で一気に喉に流し込んだ。
「ところで、外国と言ってもどこに買い付けに行くつもりなんです? 八級というとペヨーテとパルサが有名ですけど」
その高山の一言で、成田、大石、遠山の三人は顔を見合わせてしまった。逆にお薦めはどこですかと遠山がたずねた。
「そうですねえ。研修時代に内ケ島から、紅花会の生産方針はペヨーテに近いという話を聞いた事があるんですよ。牡系より牝系を重視するというやり方をしているようで。その紅花会が今隆盛を誇っているならそれに倣うのが良いのかも」
「へえ。紅花会さんってそんな感じなんですね。正直、今の先生の説明は意味がわかりませんでしたけど、相談役は紅花会を見習えってよく言ってますからね。じゃあ行先はペヨーテでしょうかね。じゃあ明日ペヨーテに」
「はい? 冗談でしょ? 旅券だって持って来てないし、荷物だってそんなに持って来てませんよ」
そう抗議した高山に遠山がにっと笑いかけた。
「最短でいつなら良いのですか?」
その一言でこの人たちは本気だと感じ、高山は観念した。
◇◇◇
日高で競りに参加してわずか四日後、高山たちはペヨーテのピオリア空港に降り立った。
――ペヨーテに行くと報告した時の厩舎の風当たりは非常に強かった。
真っ先に「北国の次はペヨーテとか、羨ましい」と蒲生騎手がチクリ。
「なかなか思うように勝てないからと言って現実逃避は感心しない」と倉賀野主任。
「今度は何日電話番をすれば良いのですか?」と豊島筆頭厩務員もチクリ。
平林調教助手は無言で高山の目を見続けていた。
「いや、あの、会派からの指示だからやむを得ないところがあってね……」
「先生、先生は調教師ですよ? 先生の職場はここの厩舎じゃないんですか? 百歩譲って北国はわかりますよ。うちに入る竜の話ですからね。今の話ではペヨーテはそうじゃないですよね?」
倉賀野の冷静な指摘と皆の冷たい視線に晒され、高山は作り笑顔で苦しい言い訳を始めた。
「呂級の竜をね、そう、呂級だよ! 生産再開するのに竈竜が必要で、それを一緒に見て欲しいっていう事なんだよ。これはうちの厩舎の未来に繋がる大事なお仕事なんだよ!」
未来への投資と言われてしまうと、厩務員たちも反対はしにくかった。
皆の諦めの吐息が高山の心に刺さった――
ペヨーテ中部のピオリア州、マスコギー州、チェロキー州は土壌が肥沃で、竜の生産が盛んな地域である。ペヨーテの竜産はほとんどがここで行われていると言っても過言では無い。中でもケンタッキーという地域が最も盛んで、あちこちに広大な竜産牧場が作られている。
ケンタッキーとは「血塗られた地」という意味らしく、かつてこの地はペヨーテ建国の戦争で何度も激戦が行われた地らしい。ピオリア空港に迎えに来てくれた牧場の案内係の人が、あちこちを指差してそんな説明をしていた。
車でかなり走ったピスガという地域のピスガファームという牧場を一行は訪ねた。八級、呂級、伊級の三種を生産している大牧場で、入口にいくつかの建物があり、その奥に各級に別れて竜舎などの生産施設があるのだが、その先の放牧場は地平線が見えてしまっている。
「こう見えて、放牧場はいくつもの区画で仕切られているんですよ。そうでないと竜同士喧嘩して傷つけあってしまう事がありますし、他の竜を極端に恐れる仔が出てしまいますからね」
牧場の案内係の方がそう言いながら施設内を案内してくれた。
今瑞穂で八級を席巻しているパデュークは、ここペヨーテが生産した竜である。さらに言えば、ここケンタッキーの牧場の一つが生産した竜である。当時の評価は散々だったらしく、能力があっても血統が悪すぎるというものだったらしい。筋力がある事は良い事という、つまらない神話を形にしたような竜とも言われていた。
だが、パデュークを見た当時の雷雲会の会長は、一目見てこの竜に惚れ込んだ。その相竜眼が正しかった事は、今の状況が証明している。
そのパデュークの成功から、瑞穂の生産会派はこれまでずっとパデュークを研究してきた。薄雪会でもそれは同様で、山室も自分の中である程度の答えを出しているらしい。
牧場がこの辺りがお買い得だと言った肌竜を一頭一頭じっくりと見て行き、その中の二頭を山室は薦めた。高山から見ても、どちらも競竜として入って来たら期待するような牝竜であった。
さっそく商談に入る事に。
二頭はそれぞれすでに種付けの予定が決まっている。当然、瑞穂よりも高額の種牡竜であるから、それを待つのがお得だと案内された。ところが、山室が予定されている種牡竜の血統を見て難色を示す。すると、牧場の担当者が交渉を持ちかけてきた。
「我々としては種付けで付加価値を付けるというのが商売ですから、それを拒まれると困ってしまいますね。そうだ。ではこうのはどうでしょう。一頭売れ残りの幼竜がいます。恐らく瑞穂ならかなり活躍できると思います。それを追加購入するという事では」
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