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【完結】競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
呂級編

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第29話 巨星墜つ

 月が替わって五月。五月はどの級も世代戦の中距離戦である優駿の月間である。


 高山厩舎の世代竜二頭のうち『上巳賞』を勝った『ペテガリ』は残念ながら短距離専門。もう一頭の『エゾリス』は『蹄神賞』を勝って引退。『瑞穂優駿』に縁の無くなった高山は、全ての竜を一旦放牧。豊島一人を厩舎に残して、全員で浜名湖へと向かった。


 高山厩舎の目標は高い。

 『打倒! 岡部厩舎!』

 それを叶える絶好の機会は、今年の『海王賞』という事になるだろう。


 一番問題となるのは放牧していた『リュウヒョウ』の状態。

 浜名湖競竜場が始動となると、東国に所属する厩舎が一斉に竜を入厩。どの厩舎も一日も早く入厩させて、環境に慣れさせたいと思うせいで、竜運船がひっきりなしに浜名湖を航行している。毎年この時期は、竜運船の引き波で仕事にならないと言って、漁師さんたちは早めに仕事を切り上げてしまっている。


 高山厩舎の二頭が輸送されてきたのは夕方近くの事であった。

 『リュウヒョウ』の状態を最初に見たのは糟屋であった。中山も一緒にいたのだが、あまりの状態に二人で「おっ!」と声をあげた。

 二人がそれぞれ『リュウヒョウ』『シシャモ』を曳いて来る表情で、他の厩務員たちも状態を察したらしい。糟屋が拳を握って見せた事で、厩務員たちは小躍りして喜んだ。


 『リュウヒョウ』の状態を確認した高山は、潮見表とにらめっこしながら調教計画を練った。

 その日の夜勤者であった伊佐治と一緒に食堂で夕食を取り、厩舎に戻って来客用に購入しておいた『うなぎ菓子』を二人で食べて雑談。

 さて、調教計画の残りを練ろうと席に着いた時であった。ふわりと抹茶の香りが駆け抜けていったような気がした。それと一緒に声も聞こえた気がする。周囲を見ると伊佐治が流し台で先ほど飲んだ湯飲みと急須を洗っており、その匂いだろうと思っていた。


 高山の携帯電話が鳴動。宛先は成田会長。その時点で高山は非常に嫌な予感を覚えた。


「あっ、先生。実は相談役の容態が急変したという事で、今、慌てて病院に来ているんです。止級の開業でお忙しいとは思いますが、明日にでもこちらに顔を出せませんか?」


 高山が「わかりました」と回答したのだが、それと同時に成田の後ろから女性の声がした。

 そこからしばらく、成田は高山との電話そっちのけで、後ろの女性と話を続けた。「はい」「はい」という成田の声が電話から聞こえてくる。


「あ、申し訳ありません……相談役ですが……息を引き取ったそうです。葬儀等の相談がありますので、申し訳ないですけど、先生も一度顔を出してください」


 電話を切った高山は、緊急だと言って倉賀野主任と安見を厩舎に呼び出した。

 二人は厩務員の宿舎からほど近い呑み屋で海老名たちと呑んでいたらしい。慌てて車を手配して、大急ぎでやってきた。事情を伝えると、二人は一気に酔いを醒ましたらしい。安見は鞄から帳面を取り出し色々と記載していった。

 しばらく厩舎の運営をお願いすると安見に言い残し、高山は倉賀野と二人、簡単な手荷物を持って列車に乗り込んだ。



 小田原駅に到着した時にはすでに深夜で、人通りといえば酔っ払いばかり。そんな星々が夜空に煌めく中、高山と倉賀野は乗合い車に乗って病院へと向かった。


 救急の入口から病院に入ると、すぐの広間に薄雪会の関係者が集合していた。

 椅子に腰かけた成田が、ゆったりとした服を着た百合の背を撫でている。百合が顔を両手で覆っている。その光景一つ取っても、北条相談役が亡くなったのだという事を否が応でも実感させられる。


 高山の到着に気付いた幹部の一人が成田に知らせた。神妙な顔で会釈する高山と倉賀野。成田は椅子から立ち上がって無言で会釈を返した。


「百合が妊娠したと聞いた時には、『曾孫が抱ける』なんて嬉しそうに言っていたのですけどね……せめてもう一年頑張ってくれたら……」


「そうですね。今日、相談役の『リュウヒョウ』が良い状態で入ってきて、今年は『海王賞』で岡部師と対決だって、そんな話を用意していたのですが……」


「先月の『蹄神賞』を見て大興奮されて。周囲に『これで思い残す事は無い』なんて冗談を言っていたんだそうで」


 その話に高山は何ともやるせないものを感じていた。「欲の無い事だ」と倉賀野が呟く。


「『欲が無い』ですか……。不思議なものですね。他の会長や本社の間では『業突ごうつばばあ』なんて陰口を叩かれるような方だったのですけどね」


「そうだったんですね。何度かお会いしましたけど、その時にはそんな感じは全く受けなかったのですけど」


「相談役は高山先生に恋してましたからね。他の人の事は全員苗字で呼び捨て。私に至っては最後まで『あの子』呼ばわり。でも先生の事は『あの御方』なんて言ってましたからね。評判の和菓子なんか調べさせたりして」


 「ずいぶんと可愛い一面がある」と倉賀野が笑う。それに成田も鼻を鳴らした。

 幼い頃から相談役の事は知っているが、実は成田もあまり良い印象は持っていなかったらしい。成田の母あずさは、北条夫妻からしたら姪にあたるのだが、相談役に会うとその後しばらく機嫌が悪かったのだそうだ。公然と『鬼婆』と悪態をつく事もあったのだとか。


「でも、それって、会派の会長夫人、会長となれば、どうしても気を張り続けていないといけなかったりしたんじゃないでしょうか」


「でしょうね。私も会長になってからその事に気付きました。きっとその『可愛い一面』が素の会長の顔なんだと思いますね」


 そんな話をしていると遠山がやってきて、今後の話を調整したいと告げた。


「わかった。せっかく先生がいらしているんだ。しかも関係者の多くもここに集まっているから、病院にお願いして会議室を一つお借りしてしまおう」


 「承知しました」と短く答え、遠山は足早に成田たちの下を離れた。

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