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【完結】競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
呂級編

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第25話 大いなる目標

 品川神社でお札を交換した後、厩舎に戻って神棚に供えた。その後、厩務員たちと拝礼。振り返った高山は厩務員たちの顔を一人一人確認していった。


「今年、俺は二つの目標を掲げようと思う。一つは当然伊級昇級。そしてもう一つ」


 そこで言葉を止めた高山を、厩務員たちが固唾を飲んで見守る。


「『海王賞』の決勝で岡部厩舎に勝つ!」


 高山の発言が上手く飲み込めず、厩務員たちが困惑した顔をする。それを見て高山はさらに言葉を続けた。


「絶対王者だった『サケコンコウ』が引退し、今年の岡部厩舎の主力は『潮風賞』を勝った『サケスイアツ』。昨年の感じからして、うちの『リュウヒョウ』の方が上だと思うんだよ」


「それは、先生がそう思うのならきっとそうなのでしょう。で、なんで岡部先生なんです? 松井先生、松本先生、国重先生、櫛橋先生、それに外国の調教師、『海王賞』を勝ちそうな先生は他にもいるでしょうに」


 倉賀野主任の問いに、高山はさらに一段表情を険しくした。


「俺はあの人に勝ちたいんだ! 実際にお会いして、その気持ちはさらに強くなった。俺はあの天才に勝ちたいんだ! 伊級の他の先生たちより、海外の伯楽よりも、あの人に勝ちたいんだよ!」


 それまでしんと静まりかえっていた事務室が、どっと沸いた。


「『打倒! 岡部厩舎!』良いじゃないですか! うちの厩舎の目標はこれからそれでいきましょうや!」


 豊島が嬉しそうに皆に呼びかける。他の厩務員たちも「これは大きな目標だ!」と大はしゃぎ。右拳を握りしめ、「打倒! 岡部厩舎!」と高山が声をかけると、皆が一斉に「打倒! 岡部厩舎!」と返してきた。



 その後、厩務員は解散となり、新年最初の定例会議となった。


 昨年、調教師見習いの多賀谷が調教師試験に合格し、今年から土肥に行っている。代わって安見が高山の隣に座っている。それ以外の出席者は、倉賀野、豊島、蒲生、柿崎、平林。


「この春の目標は三つ。『立春賞』『上巳賞』『蹄神賞』。『シマエナガ』と『ペテガリ』で確実にこの三つを取りに行こうと思う」


「三つとも取れれば昇級はほぼ確定ですね」


「それと『エゾリス』だけど、今月に能力戦、来月に能力戦二、三月に能力戦三と出して、四月の『蹄神賞』を目指そうと思う。もちろん無理は百も承知だよ。途中で駄目そうなら、すぐに放牧に出す」


 その高山の方針に倉賀野が眉をひそめた。

 『エゾリス』は外国産竜扱いなので、世代戦には出られない。だから無理をしてでも古竜相手に能力戦で勝っていくしかない。だが、そこまでの無理をする必要があるのかと倉賀野が指摘した。


「ゆっくり目標を秋に設定しても良い気がするのですけど、そこまで急く理由が何かあるんですか?」


「誰も成し遂げられなかった事をやりたい。という気持ちがあるといえばあるんだけど、それ以外にちょっと深刻な話があってね。あの竜は相談役の竜なんだけど、どうやら昨年末からあまり具合が良く無いらしいんだよ」


「え!? それっていうのは、夏を越せ無さそうって事なんですか?」


 驚く面々に、高山は悲痛な顔でコクッとうなづいた。皆の口から小さくため息が漏れる。


「なるほど、もし世代戦の竜が『蹄神賞』の決勝に残ったとなったら、竜主である北条相談役の名と共に語り継がれるでしょうね」


「そのためには、極力調教を強くしないといけない。しかもその強い調教での疲労を、逐次落としていかないといけない。皆の腕の見せ所になると思う」


「その話、厩務員たちに直接してやってください。さぞかし士気が上がる事と思います」


 そう進言した倉賀野の目は少し潤んでいた。


 ◇◇◇


 その日から厩舎は『エゾリス』の『蹄神賞』挑戦で一つになった。毎日のように『エゾリス』の話題が口に上っている。


 一月の二週に能力戦に勝利した翌日、少し調子を崩した『エゾリス』を担当の師岡が付き添って回復させた。まるで身代わりにでもなったかのように、師岡が倒れてしまったのだが、その分の厩務は海老名が代行すると進み出てくれた。

 『全ては大いなる目標のため』皆の心は一つになっていた。


 二月の一週、能力戦二に『エゾリス』が出走。


 二月に古竜に混ざって能力戦二に出走するなど、これまでおよそ聞いた事が無い。規約上はできる事になっている。しかも世代竜の場合、十斤(約六キログラム)斤量を軽くしてもらえる事になっている。

 斤量はだいたい一斤違うと半竜身ちょっと差が出ると言われているので、十斤も違うと六竜身ほど差が出る事になる。それでもこの時期の古竜と世代竜では大きな成長差があり、出走させる調教師などいない。


 発走後、『エゾリス』は中団やや後方に静かに待機。非常に落ち着いた感じで向正面を追走すると、三角から徐々に早くなる流れにもきちんと対応。

 四角を回り最後の直線に入ると、蒲生は『エゾリス』を外に持ち出した。

 蒲生が鞭を振って見せる。それを合図に『エゾリス』は猛加速。他の竜たちが長く緩い坂に苦戦している中、軽い斤量にものを言わせ、ぐんぐんと伸び、見事に先頭で終着板を駆け抜けた。



 この事は新聞が大いに記事として書き立てる事になった。当然のように記者たちは取材を申し入れた。だが高山は、「まだその時ではない」と変な言い訳で会見を拒否。


 そうなると高山に個別に接触をはかってくる人物が出てくる。そのほとんどを拒絶したのだが、ただ一人にだけは会った。

 そのただ一人、競技新報の唐橋が手土産の羊羹を持って幕府競竜場にやってきた。


 唐橋も心得たもので、取材許可の申請の際、「情報交換しませんか?」と持ち掛けた。高山が聞きたい事はただ一つ、例の竜窃盗事件のその後。


「生産監査会には捜査の手が入りそうですけど、残念ながら、北国海洋開発の方は駄目らしいですね。うちで掴んだ情報によると、苫小牧の六花会っていう質の悪い反社が捜査本部の班長の奥さんと娘さんを誘拐したらしいです」


「えっ? それで屈しちゃったんですか? それって治安的に問題があるんじゃあ……」


「奥さんの方が先に解放されて、そこで班長は捜査本部の解散を申請したんだそうです。その後、娘さんは無事保護されたそうですが、精神を病んでしまったようで」


 いかにも反社の手口だと感じ、高山は目を閉じて首を左右に振った。「もうこれ以上の捜査は望めないだろう」と、唐橋も残念そうに言った。


「ですけど、生産監査会は、どうやら天下り官僚が何人か逮捕されそうですよ。竜主会の監査員が入る事になり、情報の参照履歴から実行犯が特定できたそうで、その者たちの証言から何人かの天下り官僚に行きついたそうです」


「さすがは竜主会の監査。動けば見事な仕事ぶりですね。腰が重いのが玉に瑕ですが」


「これで、この件は一応の幕引きという事になるのでしょうね。ちょっとモヤモヤはしますけどね」


 先日、この件で三浦調教師が菓子折りを持ってお礼を言いに来ている。高山としては、何やら大きな仕事が一つ片付いたような、大きな肩の荷が一つ下りたような、そんな気分であった。

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