第21話 秋山調教師
「……で、稲妻牧場が生産監査会と組んでそれをやってる言うんか。中傷も大概にせいよ! 何ぞ証拠でもあるんか! 会派首位こそ明け渡したとはいえな、うちらはそこまで落ちぶれてへんわ!」
高山の推測を聞いた秋山は、顔を真っ赤にして激怒。怒りで拳を机に叩きつけた。
「落ち着け、秋山。外に聞こえる」
極めて冷静に十市がたしなめた。そんな十市をも秋山が睨みつける。そんな秋山を逆に十市が睨み返す。そんな威嚇しあう二人を、冷静に両手を広げて岡部が制した。
「秋山さん。今、証拠があるのかと言いましたよね。実は僕もこの件は三浦先生から聞いていました。『キキョウキャハン』って竜が輸送中に盗難に遭ったって件です。それで気になって、僕の方でも少し調べたんですよ」
「で、うちがやったいう証拠があったと?」
「いえ、残念ながら僕もそこまで詳しく調べる事ができたわけじゃないです。ただ、運転手がはっきりと、石巻港を出て高速に乗って、須賀川の休憩所で休憩を入れた時に盗まれたって言ってるらしいんです。須賀川って言われて、何か思い当たる場所があったりしないですか?」
須賀川という地名を聞いて、それまで鋭利な刀を突きつけているような雰囲気を発していた秋山が、急にその刀を収めた。
「須賀川……岩瀬の簡易放牧場……」
「止級の鵜来島を見て、今、うちは伊級や呂級でも簡易放牧場がつくれないかって模索しているんですけど、すでにそれを作ってるのは稲妻さんだけなんですよ。そして、その近くで竜が盗難に遭ったとなれば……」
「しかも、被害に遭うたんはいずれも『白浜賞』か『桜花杯』で人気になりそうやった竜。その二つを独占したいがために、うちがやったんやないかと疑われてもしゃあないと」
恐らくは秋山にも事件の全容のようなものが朧気ながら見えてきてしまったのだろう。がっくりと肩を落としてしまっている。
そんな秋山を他所に十市は高山にたずねた。
「肝心な所が聞けていないんだが、それに生産監査会がどう結びついているんだ?」
「牧場から学校や乗竜場なんかに送られる竜も盗まれているらしいんです。以前は呂級、最近は八級が被害に遭っているんだそうです。それって、以前は竜杖球、最近は竜障害に回されてるんじゃないかって思うんです」
「だけど、そんな盗んだ竜を回したらすぐにバレるだろ。例え練習用だとしても、その出所ってのは必ず問題になるんじゃないのか?」
そう十市が言ったところで、秋山がガタンと椅子から立ち上がった。
「そうか! 条件戦をうろちょろしとったような竜と、重賞でそれなりに走ったような竜を、こっそり交換するんか! そうする事で、通常の販売額とは別に金を受け取って、それを配当としとるんや」
「そう言う事か! そのためには書類がいる。その書類を生産監査会が用意してるって事か」
そこで十市は何やら思い出す事があったらしい。一旦会議室を出て、事務室から一冊の帳面を持って戻って来た。
「うちの系列の尼子会の繁沢って調教師の竜が輸送中に亡くなったって話があって、実は俺もそれを調べてたんだよ。その話の中で、事務棟がまるで証拠隠滅のようにすぐに焼却したって証言があるんだよな。もしかして、これって……」
「俺も実はその話を聞いて、別の竜と取り違えられていて、亡くなったのは違う竜だったんじゃないかって思ったんです。そしてそれがバレないように、事務棟が急いで処分したんじゃないかって」
「推論ばかりで証拠が全然無い。だが見事に筋は通っているな。こんなのうちの会長に言えば、ぱっと調べて貰えるだろう。問題はその捜査が生産監査会まで及んだ場合だよな」
どういう事かとたずねる高山に、十市は言い淀んでしまった。そんな十市に代わりに岡部が説明した。
「高山君。競竜は五つの機関で運営されてるって事は知ってるよね。その中で会派が口が出せるとこと、出せないとこがあるっていうのは知ってる?」
「ええ。竜主会と執行会以外の三つは、長を会派の会長が務めていないので、口が出せないって聞いた事があります」
「競竜協会は産業資源省(=農水省)の天下り、労組は民部省(=厚労省)の天下り。そして、生産監査会の長は兵部省(=防衛省)の天下りになってるんだ。かつて竜は、いざという時には軍事物資として扱われていたらしくてね」
つまり、生産監査会への調査は兵部省の顔色をうかがいながら行わないといけないという事になる。よほど決定的な証拠を押さえない限り、実質不可能という事になってしまうだろう。
「兵部省という事は、何か発覚した場合、それは民法では無く、軍法で裁かれるという事になってしまうんですか?」
「それは……どうなんだろう。仮にそうだとしたら、軍需物資の横流しという事になってしまうから、問答無用で公開銃殺刑という事になるかもね。だけど、やったのは官僚、それも天下りだからねえ」
「だとしても、竜の窃盗ですから、それも余罪が複数となったら、それなりにという事にはなりますよね」
岡部と高山の会話に、十市と秋山が同時にうなずく。
秋山が高山の隣に立ち、その肩にぽんと手を置いた。
「牧場にしろ会派にしろ、そういう目で見られとるいうのは癪やからな。俺の方でも調べてみるわ。会長にもこっそり調べるように言うておくよ。それで何か出たら、それを持って生産監査会に調査かけたったらええわ」
「お手数をおかけします」
「お前のためとちゃうわ。うちら稲妻系の沽券にかかわる話なんや。むしろ、これを知らせてくれた事を感謝せにゃならんくらいや」
紅葉会、雷雲会、紅花会という大会派の筆頭調教師がそれぞれ調査をしてくれると言ってくれた。これで事件は少しは解明されるだろう。
だがそこで、岡部がぼそっと呟くように言った。
「ですけど、恐らくは、それだけでは決め手に欠けてしまうんですよね。もっとこれという証拠を掴まないと……」
◇◇◇
人員の関係で、高山厩舎は止級を八月いっぱいで切り上げ、九月からは呂級に集中する事にした。
呂級の九月といえば、世代戦の三冠目『重陽賞』と古竜中距離戦の『皇后杯』が行われる。だが、『瑞穂優駿』の時に蒲生が懸念したように、残念ながら『シマエナガ』は脚を傷めてしまっていて、その回復に時間がかかり『皇后杯』には間に合わなかった。
その代わり、高山厩舎に入った新竜二頭のうちの一頭、『ペテガリ』が早くも新竜戦に出走する事になった。
九月の三週の出走だったのだが、他の竜たちとは器が違うとでもいわんばかりの終始余裕を持っての走りで、直線に入って柿崎が少し追っただけで後続を引き離しで勝利。
その数日後の事。珍しく師匠の石川調教師から連絡が入った。
「おお、高山。新聞見たよ。あの『ペテガリ』っての強そうだな。うちもな先日新竜戦で良い勝ち方した仔がいるんだよ。『オキクルミ』っていうんだけどな。今短期放牧出して、来月の中頃に帰ってくる予定なんだ」
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。




