第5話 後継者探し
その日の夜、大石場長が牧童を集めてくれて飲み会を開いてくれた。
最初は会派の会長が来ているという事で牧童たちも羊鍋を前にガチガチに緊張していた。
ところが、最初の挨拶で乾杯前だというに成田が生麦酒をくいっと呑んでしまう。さらに挨拶のはずが、自分が子供時代に叔父である大石に叱られた話を始める。それに牧童たちが一斉に笑い出した。しかもそれを喜んでもらえたと思い、成田は次々に叱られた話をしていく。ついには、いい加減にしろと大石に叱られてしまった。
自分たちが思っているより会長は気さくな人なんだとわかったらしく、そこから飲み会は一気に盛り上がった。
そんな中、筆頭秘書の遠山は生真面目な顔で生麦酒を呑み、羊鍋を黙々と突いていた。ところがこちらも、牧童たちから酒を勧められると徐々にタガが外れて行き、大学生時代の女性遍歴の話で盛り上がっていた。
完全に酔っぱらう前の遠山の話によると、成田と遠山は大学で初めて知り合ったらしい。成田は経営学部、遠山は経済学部。当初はお互い薄雪会とは関係の無い会社に入社していた。成田は幕府鉄道の運転手、遠山は情報処理の会社に入り物流管理の機能を作っていた。
薄雪会に入ってから知ったそうなのだが、相談役である北条登紀は、自分が夫の跡を継いで会長に就任した時からずっと後継者を探していたらしい。豊氏と登紀の間に子がいなかったのだ。実際には女の子がいたそうなのだが、先天性の疾患を持っていて、幼くして他界してしまったのだそうだ。
最初は氏雄に打診をしていた。氏雄は豊氏の弟の氏俊の子である。
氏雄も最初はその気であったのだが、徐々に薄雪商事の経営が多岐に渡ってきてしまい、離れられなくなってしまった。
ならばと氏雄の子たちに目を付けたのだが、全員薄雪商事で大きな仕事を任されており断られてしまった。その後、氏雄の妹華絵の夫で、南国牧場の場長をしている佐野俊綱に打診するも断られ、豊氏の姉富士の息子である大石にも打診したが断られた。
すでに年齢的にいつお迎えが来てもおかしくない登紀が、最後に行きついたのが大石の姉あずきの子である成田であった。
当時、まだ二十七歳。そんな若者に薄雪会の会長など、どうあっても務まるわけが無い。断られるのは目に見えている。駄目で元々。じっくり説得していけば良い。登紀はそんなつもりで成田に声をかけたらしい。
ところが成田は予想に反し二つ返事で引き受けてくれた。成田もこのままでは薄雪会が解散になるかもしれないという事自体は母から聞いていたらしい。
だが、門外漢が身一つで乗り込んで行ってどうにかなるような甘い世界で無い事は、登紀が一番よく知っている。そこでまずは薄雪建設の社長をやらせ、そこで経営というものを学ばせてから、満を持して会長に就任させた。
遠山が声をかけられたのは成田が社長に就任した時の事。登紀から自分が最も信頼できる人を口説き落として来いと言われ、真っ先に遠山に声をかけたらしい。
「お前だけなんだよ、俺の事をわかってくれるのは。お前じゃなきゃ駄目なんだよ」
そんな恥ずかしい口説き文句を大声で言われたらしい。しかも周りに人が大勢いる喫茶店で。
これ以上こいつに喋らせるともっと変な事を口走りそうと、焦った遠山は渋々了承したらしい。
◇◇◇
翌朝、高山たちは、大石と牧場の生産担当の山室を連れて、牧場の大型車で日高の古河牧場へと向かった。
昨晩呑みすぎた成田と遠山は、後部座席で仲良くぐっすりお休み。中座席に高山と大石が座り、古河牧場の話をじっくりと教えてもらった。
古河牧場では先月に二度の競りが行われ、月が替わって今回が三度目の競りとなっている。北国の牧場の中で話題になっていた竜の競りは既に終わり、ここからは値段との折り合いという感じになる。
長閑な風景を見ながら北国の道をひた走り、車は古河牧場の競り会場に到着。
入口で冊子を貰い入場。だだっ広い敷地が柵で仕切られ、向かって右手に呂級、左手に八級の竜が展示されている。
頭数が寂しい気がするのは気のせいだろうか。本来の展示会場からしたら半分にも満たないように感じる。今回が三度目の競りだとしても、いささか少なすぎるような。
「さすがに二か月目ともなると、残っている竜も少なくなってきていますね」
そう言った高山に、大石は小声で「そうじゃない」と指摘した。
「何年か前に会派の合従があったんだよ。その時うちは牧場連合系に入ったんだが、それに合わせて古河牧場の傘下だった個人牧場が系列に組み込まれてしまったんだよ。そのせいで年々ここの競りは寂しい事になってるんだよ」
「昔、毎年のように超高額で売れたって報道で盛り上がっていたのに、最近あまり聞かないなって思ったら、そういう裏があったんですか」
「本来、良い竜を作って売るべきところを、能力は二の次でただただ高い種牡竜を付けさせられたって、うちに編入された伊達町の牧場の人たちも言ってたよ」
なるほどと頷いて、ふと後ろを見てみると成田と遠山がいなかった。周囲を見渡してもどこにも見当たらない。便所かと大石がたずねると、山室が笑い出した。
「ああ、会長たちでしたら、競り会場の方で待ってるって言ってましたよ。良い竜がいたら入札に入るから教えて欲しいって」
どうやら成田たちは大石に聞こえないように、こっそり山室に話して逃げてしまったらしい。大石が大きくため息をついて、呆れ顔でうなだれた。
「あのガキども! あいつらは昨日あんだけ呑んで、まだここに来て呑んでやがるのか。竜の購入は竜主の一番重要な仕事だぞ。それを丸投げするとか、何考えてやがるんだ。さっさと呼び戻して来い!」
とんだとばっちりだと文句を言いながら、山室が走って成田たちを呼び戻しに向かった。
大石と二人で冊子を見ながら一頭一頭竜を見てまわった。途中で成田と遠山が戻って来て、大石に大目玉を食らっていたが、高山は気にせず竜を観察し続けている。
それにしても、これという竜がいない。高い値段を付けられている竜はいるが、正直ぱっと見で走りそうには思えない。
これは無駄足だったかと諦めかけていた頃、一頭の月毛の竜が目に入った。
脛が長く、膝の骨が大きく脚の甲も長い。明らかに長距離向き。冊子によると競売価格はそれなり。
父竜はマタティア系の竜だが、これまでこれといった活躍竜を出してはいない。母竜も未勝利、兄弟たちにも活躍竜は無し。だが、近親に『サケキラメキ』と記載されている。
牧童に言って肉質を確かめさせてもらうと、かなり弾力を感じる。牧童に礼を言って、一旦別の竜を見に向かった。
その後何頭か竜を見た所で、柵の前で暇そうに竜を眺めている成田を発見。
「牡竜ですけど、一頭お薦めの竜がいましたよ。あれは相当な掘り出し物だと思います。少しくらい値が張っても、十分お釣りがくるくらいの活躍をしてくれると思います」
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