第19話 浜名湖へ
『瑞穂優駿』に『シマエナガ』を出走させていた高山厩舎だったが、止級も蔑ろにするわけにいかず、厩務員を浜名湖組と幕府組に別けなければいけなかった。
浜名湖は入厩と調教計画だけ行い、運営は全て倉賀野主任と調教助手の多賀谷に任せる事に。高山が不在の間、幕府の方は調教助手の安見と筆頭厩務員の豊島委ねていた。
当然、厩務員の数は全く足らない。そこで杉目調教師に頭を下げ、浜名湖の方は合同運用をお願いする事にした。
昨年非常に話題になった白肌の『リュウヒョウ』だが、昨年からそれほど筋量を落とす事なく入厩してきた。もう一方の『シシャモ』は、昨年も少し筋肉の付き方が遅い印象であったが、調教し直しの印象。晩成の気があるのか、もしくは能力の限界が近いのか。
高山が幕府で『瑞穂優駿』にかかりきりの一月間、倉賀野と多賀谷を中心に調教を施し、『リュウヒョウ』はかなりまで筋力を付けた。
月が替わり浜名湖に向かった高山は、『リュウヒョウ』のあまりの出来に驚いた。
「どうですか、先生。これやったら今年『海王賞』に挑戦させてもいい線行くんとちゃいますかね?」
「条件戦三つ勝たないと重賞に挑戦はできないですけど、これなら条件戦は余裕でしょうね。できれば今年中に重賞に出して、来年の『海王賞』に備えたいです」
「別に最終予選に出れば決勝に残らへんくても『海王賞』には挑戦できますからね」
多賀谷とそんな風に言い合って、イワシを『リュウヒョウ』の顔に近づける。「クルルゥゥ」と嬉しそうな鳴き声をあげた『リュウヒョウ』の口にイワシを放り込んだ。
止級は伊級と呂級の両方の調教師が一斉に集う。伊級では六月に国際競争の『竜王賞』があるため、成績上位の調教師はあまり顔を見せない。だが、それも月の中盤を過ぎると最終予選、決勝に残れなかった調教師たちがどっと押し寄せる事になる。『さざ波賞』の決勝が行われる頃には、非常に賑やかとなる。
六月の能力戦一に勝利した『リュウヒョウ』は、七月の第一週に早くも能力戦二の出走登録を行った。その申請の紙を持って事務棟へ向かった高山に声をかける人がいた。
一目見ただけで、高山の背筋がピンと伸びる。背はそこまで高い人ではないし、顔がいかついというわけでもない。どちらかと言えば紳士然とした佇まい。
高山からしてみたら、超有名人がそこに立っているという印象。しかも向こうから声をかけてくれた。
「高山君だよね。白詰会の大須賀忠吉です。君の話はちょくちょく耳にしてるよ」
「そ、そんな! こ、光栄です! 大須賀先生に知っていただけているだなんて」
「従弟の忠龍が愚痴ってたよ。君に全然歯が立たないって。先月の『優駿』、俺も見たけど、いやあ、気持ちの良い殿一気だったね」
にこやかに話す大須賀の手に、申請の紙がある事に気付く。どうやら向こうもこちらの申請書に気付いたらしく、高山を見てにっと微笑む。
「それはあれかい? 噂になっているあの白肌の仔の能力戦? あの竜も強いよね。白肌や桃肌であんなに強い竜なんて初めて見たよ。重賞に出たらさぞかし人気になるだろうね」
「来年の『海王賞』を目指してますから。ですけど、その前にあの竜がとある人の目に止まらないかなって思ってるんです」
「綺麗な竜だから櫛橋女史かな? もしかして岡部?」
無言で首を振る高山に、もしかしたら話が長くなるかも感じ、大須賀はその前に受付を済ませてしまおうと促した。受付ついでに談話室を借り、二人で珈琲を持って向かった。
大須賀は現在、白詰会で筆頭調教師を務めている。本人曰く、平賀祐相調教師に押し付けられたらしい。
筆頭調教師になってからというもの、仁級や八級の調教師からも話を聞く機会が多い。高山の話を聞き、大須賀はすぐに八木からの話を思い出した。
「そういう話でして、それで最終的に秋山先生の知己を得たいって思ってるんです」
「なるほどね。この世界は口よりも成績でものを言わないといけないからな。止級で成績を出して、秋山さんに意見したいってわけか。でも、それならまずは同じ東国という事で、松平先生じゃ駄目なの?」
「それも考えたのですけど、松平先生って秋山先生が筆頭調教師になる時に異を唱えて、そのせいで関係が微妙だって話を耳にしてしまって……」
現在、秋山晴繁調教師が雷雲会の筆頭を務めている。
それまでは、長く武田信文が筆頭を務めていた。その武田が脳梗塞で倒れ、引退するという時に、愛弟子である秋山を後継にと推薦した。ところが、秋山より古株である松平真忠が、武田信文の息子で同じく伊級調教師である武田信邦を推薦。最終的に、当時の会長であった武田善信の意向で秋山になった。
その後、武田善信が岡部の海外遠征のごたごたで責任を取って辞任。新たに会長となった武田照信も、二人で会を立て直そうと秋山に言ってくれているらしい。だが、秋山が筆頭になってから会派は順位が後退したまま。松平一派はそれを秋山の一人のせいにして陰口を叩いているらしい。
あくまで噂だという感じで高山は言った。だがすぐに大須賀もそれに納得した。恐らくは大須賀も同じ情報を耳にしているのだろう。
「もし君の推測の裏が取れてしまったら、雷雲会はさらに揉める事になるだろうね。だけどきっと、秋山さんなら手を貸してくれるよ。力にもなってくれる。あの人は曲がった事が大嫌いな人だからね。ただ、そのためには、あの人に認められる必要があるだろうね」
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