第10話 新年
十一月になり、新竜戦に中距離が加わった事で、いよいよ『シマエナガ』の始動となった。
呂級にも白毛の竜というのはいる。遺伝子の関係で他の毛色に比べれば個体数は少ないのだが、止級ほど数が少ないわけではないので、白毛だからというだけでは、そこまで毛色では話題にはならない。
人気は上々の三番人気。
発走は出負け。『シマエナガ』は竜群の最後尾に位置取った。道中も他の竜を前に見て、じっと待機。
三角を回って曲線に入っても、まだ後方のまま。四角が見えて来ると、するすると外を回って竜群の中団に取り付く。
最後の直線に入って各竜が一斉に鞭を入れる中、『シマエナガ』は大外を一気に駆け上がった。直線残り半分というところで先頭に躍り出て、そこからはもはや独走状態。四竜身、五竜身と後続を突き放していく。
見事な圧勝劇であった。
十二月、唯一の重賞級である『タンチョウ』を『皇都大賞典』に挑戦させてみた。予選はなんとか三着で突破したものの、最終予選には全く歯が立たず敗退。
他の古竜は能力戦二の突破に苦戦しており足踏み中。
世代竜の二頭は長距離の未勝利戦を勝利し能力戦に出走。『サロマ』は能力戦を勝利したが、『ハマナス』はなかなか勝利できず。その『サロマ』も『重陽賞』に挑戦してみたのだが、予選で敗退。その後、能力戦二を勝利し放牧する事になった。
こうして、高山厩舎の昇級初年度は終わった。
◇◇◇
どこの厩舎もそうであるが、新年最初にやる事というのは決まっている。大晦日に取り外しておいた神棚の御札を取り換えて貰う事である。
昔から幕府競竜場では、少し場所は遠いのだが、品川神社というところで御札をいただく事になっている。歴史の古い神社という事もあるのだが、勝負事にご利益があるとされているため。
ただ、だいたいどの厩舎も仕事始めというのは四日と決まっており、朝から調教師たちが一斉に詰めかけるせいで、境内は厩舎関係者でごった返している。勝利祈願なのだから、どの調教師も当然ながらお賽銭を弾む。こんなところでケチって硬貨を投げる人はいない。全員がポチ袋に紙幣を入れて賽銭箱に投入する。
そのせいで、神社側ももてなしに余念がない。甘酒を配布したり、御札とは別に記念品を配布したり、厩務員たちに振舞うようにと御神酒を配布したり。向かう時は御札一枚だが、帰りは紙袋に何やら一杯入れて帰って来る。
参拝を終え、倉賀野主任、多賀谷調教助手と共に競竜場に戻ろうとしていた。そんな高山の肩を、ぽんと叩いた人物がいた。
「三浦先生じゃないですか! 明けましておめでとうございます」
丁寧にお辞儀をする高山たち三人に、三浦の随員の清水主任、筆頭厩務員の正木は丁寧に返礼。そこから三浦たちと一緒に競竜場に戻る事になった。
「昨年、斯波先生は凄かったですね。二位の吉良先生とはかなり差が付いてしまってましたもんね」
「呂級に上がってから、あれの叔父が忘年会のたびに『うちの厩舎に還元が無い』って恨み節だったがな。昨年は鼻が高いなんて言ってやがったよ。しかし、櫛橋、斯波と賑やかいのがいなくなって、久々に今年は静かな新年だな」
「昨年、潮騒会の出羽先生が勇退されてしまって、これで最年長になっちゃったみたいですね」
出羽幸祐調教師の勇退は、昨年末に小さいながら記事になっていた。その記事に、幕府競竜場所属の調教師では三浦が最年長になったと一言添えられていたのを、高山は目にしてしまったのだった。
どうも三浦としては触れられたく無い話だったようで、少し嫌そうな顔をした。
「出羽な。あの野郎、何歳になっても一緒に伊級を目指そうなんて言ってやがったくせに。寿命なら仕方無いよ。天寿だからな。だけど、勇退はありえねえよな。それも俺に一言もねえんだぞ? ふざけやがって」
「言ったらそうやって文句言われるのがわかってるからじゃないですか?」
「長年の戦友なんだぞ? それを言われるまでが様式美ってもんだろうが」
にやっと笑ってから、三浦はがははと豪快に笑い出した。
「潮騒会さんもなかなか次が上がって来ずに厳しいですね。筆頭の二本松先生が伊級ですけど、これでもう次は八級の先生たちですもんね」
「そうだな。あの会派はこれで戦略級が一人になっちまうんだな。そうなると確実に順位を落としちまうんだろうな。潮騒会は連合に入らなかったから、ちと厳しい事になるかもなあ」
昨年、どこの連合にも入らなかった、山吹会、潮騒会、渓谷会、白桃会、笑流会の五会派は、軒並み順位を大きく落としてしまっている。それでも山吹会と渓谷会は踏ん張っているが、笑流会はまたも最下位、白桃会がその上の二十三位。
出羽が勇退した今年は、恐らく潮騒会は更に順位を下げるだろうと三浦と高山は言い合った。
「そう言えば出羽の野郎、以前何か相談したい事があるとか言ってやがったけど、結局聞かず終いだったな。いったい何を相談したかったのやら」
「あれじゃないですか? 紅花会の屋台骨を支えておられる三浦先生に、何か助言をいただきたかったんじゃないですか?」
急におべっかを使い出した高山に、気恥ずかしさを覚えたらしく、「よせよ」と言って三浦は笑った。この時点では高山も、忘れるくらいだから大した話じゃないんだろうくらいに思っていた。
◇◇◇
新年明けて十日が過ぎた日の事。調教終わりに、三浦が慌てて高山の厩舎に飛び込んで来た。
「高山、ちょっとこれを見てくれ! 厩舎に帰ったら、出羽から郵便が来てたんだよ!」
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