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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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第4話 北国牧場

 北国は洞爺湖に高山たちは来ている。ここに薄雪会の牧場『薄雪牧場』はある。広い北国の大地ではあるが、竜産牧場というのはとりわけ広さを実感させられる。



 遡る事、二十時間ほど前。

 会長の筆頭秘書の遠山から、まずは北国に行こうと思うので数日宿泊できる準備をお願いしますと言われ、その通り荷物を作って、翌早朝に小田原空港へ向かった。

 誰が来るのだろう? 本社競竜部の部長か課長の誰かだろうか? そんな風に思って指定された待ち合わせ場所で待機していると、そこに来たのはなんと成田会長本人であった。


「おお、高山先生! 成田です。いやあ、私ね、ずっと高山先生とじっくりお話がしたかったんですよ!」


 少し面長の顔をくしゃっとさせて、満面の笑みを作って成田は右手を差し出してきた。

 突然の会長のお出ましに高山は完全に顔の表情が固まっている。そんな高山を見て、成田の隣で遠山が必死に笑いを堪えている。


「そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。先生と私では歳だって一つしか違わないんですから。北国の生麦酒が私たちを待ってますよ。さあ、行きましょう!」


 そう言って成田は気さくに高山の肩を叩いた。

 それが心の垣根を少しでも取り除こうという成田の心遣いだという事は高山も気付いてはいた。だが、相手は会派の会長、自分は一調教師、どうしても気後れしてしまう。

 飛行機の畿内では、しきりに「過度な敬語はやめましょう」と注意されてしまった。


 昼少し前に室蘭空港に降り立った一行は、なぜか洞爺湖とは反対方向の苫小牧へ。まずは北国を味わおうと言って一件のお店に入り海鮮丼を注文。そこで早速成田は生麦酒を注文しようとしたのだが、さすがに遠山に叱責を受けた。


「酔っぱらって行ったら、大石場長に何を言われるかわかりませんよ」


 その一言で成田はそれまでのどこか観光気分の雰囲気を一気に消し飛ばしてしまった。


 それがどういう事なのかは、牧場に行ってすぐにわかった。

 事前に遠山が到着時間を知らせていたにも関わらず、場長の大石は別の用事で出迎えにも来なかった。さらに応接室では無く会議室で待つように言われ、茶の一つも出ない。

 やっと現れた大石だったが、挨拶もそこそこに「今日は何の御用ですかな?」と不機嫌そうに言うのだった。


 大石は成田の母方の叔父にあたる人物。当然、歳も父と子ほど離れている。とは言え、その態度は自会派の会長に対する態度とは到底思えない。しかも成田の方がぺこぺこと頭を下げている。


「つまりこういう事か。牧場の生産方針を根本から見直したいと。先々代豊氏様、先代登紀様の大方針を、何もわからないお前が変えたいと、そう言うんだな?」


「いや、これは相談役にもちゃんと相談した結果で……」


「俺は聞いてないな、そんな話。どう聞いても、俺たちのやる事が気に入らないから口を挟ませろと言われているようにしか取れないぞ」


 俯いて黙ってしまった成田を見て、高山は多くを察した。恐らく成田は薄雪会の北条一族からまだ信任されていないのだろう。それを何とかするため、会長として何か実績をあげたい、その第一歩としてこの北国の牧場にやって来たのだろう。


「あの、場長。実はお恥ずかしながら俺、牧場ってどんな感じなのか見た事が無くて、案内をお願いできませんでしょうか?」


「なんと! 薄雪会の未来を担う高山先生だというに牧場見学は初でしたか。そうでしたか。じゃあ、こんなくだらない話をグダグダしている場合ではありませんな。早速見てもらいましょう」


 そう言って大石は席を立って高山の手を引いた。大石が成田から顔を背けたのを見て、高山は付いて来るように遠山に目で合図した。


「この仔が今年高山厩舎へ送る竜です。今年の一番仔をという相談役からのお達しでしたからね。どうですか! 良い竜でしょう!」


 そう言って牧童が曳いて来たのは一頭の黒毛竜。薄雪牧場の特徴である脚が長く全体的に線の細い竜である。

 首筋を撫でて落ち着かせてから脚の筋肉を揉んでみる。厩舎の他の竜に比べ少し肉質が軟らかいように感じる。しかも骨の節が太い。鍛えればかなり良い竜に育つだろう事が容易に想像できる。


「これは良い竜ですね! これなら確実に重賞でも良い勝負ができると思います」


「おお、そうですか。うちもね、この仔には生まれた時から期待していたんですよ。ゆくゆくはうちの種竜にってね。高山先生が重賞を取らせてくれたら、うちも種付け料で潤うというものですよ」


「でも……もしかしたらその時のこの仔の管理調教師は俺じゃないかもしれませんね」


 その一言でそれまでにこやかだった大石の顔からすっと笑みが消えた。「どう言う意味ですか?」と少し引きつった笑顔でたずねる。


「この仔、今年の新竜なんですよね。それにしては肉付きが悪すぎる。触ってすぐにわかりました。恐らくはこの仔が本格化するのは早くて四年後。もしかしたらもっと先かも。できれば俺はもっと早めに呂級に上がりたいって思ってるんですよね」


 大石は返す言葉がなかなか見つからなかった。今の発言を悪く取れば、「お前らの生産方針のせいで呂級に上がれない」という事になる。


「八級にはパデューク系っていう化け物種牡竜の仔たちがいる。だから短距離を捨てるっていう生産方針は間違ってないと俺も思うんです。だけど、どういうわけか、どの竜も晩成竜なんですよね。何でなんですか?」


「亡き豊氏会長の方針なんですよ。『菊花杯』から活躍できるような体力のある竜を作っていこうという。それを我々は守り続けているんです」


「豊氏会長だって、そこまで竜に詳しかったわけじゃないでしょうから、きっと当時の筆頭調教師、梁田やなだ先生の助言を受けていたはずですよね。でも、伊級に行ったような優秀な先生が果たしてそんな助言するのかなあ」


 高山の呟きに、大石だけじゃなく成田と遠山も同時に「え?」と声をあげた。


「それは高山先生なら違う助言をするって意味ですか? それとも梁田先生は本当は違う助言をしたって意味ですか?」


 成田の疑問に高山は回答せず、腕を組んで悩み始めた。

 しばらく悩んで、何か閃くものがあったらしく、右手の人差し指をピンと立てた。


「『菊花杯』だけは他所よそにはやらん、そういった気概を持ってやってくれ。そんな風に言ったんじゃないですかね。できれば息の長い活躍が期待できる竜をと付け加えた」


「……亡くなった親父の代の話なので調べようがありませんが、もしそうだとしたら話は全然違ってきますね。それなら、ただ単に重賞を勝てる良い竜を作ってくれって言ってるだけになりますよね」


「大昔の話だから、俺にはわかりませんけどね。俺だったらそう助言するかなってだけの話です」


 大石にも何か思う所があったらしい。急にキラキラした目で高山の手を取った。


「明日、日高に行きましょう! 今、古河牧場は来年の新竜の競りが大詰めです。そこで将来竈竜(かまどりゅう)になりそうな牝竜を探してみてください」

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