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【完結】競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
呂級編

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第9話 病院

 できれば手術の前にお見舞いに行って欲しいと成田から言われ、翌週に相談役の入院する小田原の病院へ向かう事になった。



 ――小田原の駅は東海道沿いにはあるのだが、かつての小田原宿からは少し離れた場所にある。


 小田原宿は東に酒匂川を抱えており、今と異なり昔は橋が架かっておらず、人力で渡していた。そのせいで、降水量の多い時期はなかなか川が渡れず、この小田原が宿場町として発展した。


 宿場町からは税収が期待できる。そこで、そこを押えようと、街道に沿って大きな城が築かれる事になった。元々、この小田原の中心街は少し北の足柄であり、相模郡の郡庁は今も足柄。だが、繁華街により近い所の方が便利だろうという事で、小田原市の市庁は街道と足柄の中間である荻窪に建てられている。


 ある時、火山の大噴火が発生。降り積もる火山灰により、東国の農業は壊滅的な被害を被った。西国の政府は支援を申し出たのだが、東国の軍事政権はこれを拒否。その結果、飢饉が発生し、多数の死者を出す事態に陥った。

 さらに東国政府は災害対策として大規模な増税を課し、再度飢饉を発生させてしまう。その結果、東国で大規模な一揆が発生。

 これを重く見た東国の首班は軍事政権の解散を宣言。国民主権による民主制が採用される事になった。


 それまで軍事政権の庁舎であった小田原城はそこで役割を終える事になった。その取り壊し計画が進んでいた小田原城を、観光資源になると言って一人の人物が購入している。その人物の名は高畠賢吉。


 高畠は元は小田原宿で札差ふださし業(=金貸し)を営んでいた人物。多くのやくざ者を抱え、小田原宿の顔役となっていた。

 そんな稼業だが、決して市民からの評判が悪かったわけでは無い。むしろ、利権で私腹を肥やし市民を苦しめる役人に抗う姿勢から、『世直し賢さん』と呼ばれ親しまれていた。


 軍事政権が倒れた後、汚職に対する罰が軽くなった関係で、役人たちはこそこそと税をくすねていた。小田原も例外では無く、財政状況は非常に悪化。役人たちは自分たちの悪事が露呈しないようにと、その都度、色々な公共の土地を売却。そのお金で穴埋めをしていた。高畠はそれを次々と購入し、まるで市の支配者のようになっていた。


 近代になって街道が整備され、鉄道が通される事になった際、高畠家は街道に駅を建てる事に反対した。代わりに自分たちの土地の一部を提供するから、そこに駅を作ってはどうかと。高畠家としては、当然、駅から東海道までの土地の価値が上がる事を見越しての提案であった。


 その後も高畠家は小田原一帯の名士として綿々と続いていたのだが、ある時、後継者が次々に流行病に倒れ、娘が一人いるだけという状況になってしまった。その娘の夫になったのが、北国出身で廻船の船頭をしていた北条賢氏。相談役である登紀の夫、北条豊氏の父である――

 


 旅行と勘違いしていて、病院のある小田原駅で降りた時には、綾芽は大はしゃぎであった。静花が花を購入した際に、お店の人が胸ポケットに花を挿してくれて大喜び。どこに行くのかイマイチ理解していないのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

 そんな綾芽を、粗相があってはいけないと、静花は病院に着くまで何度もお行儀良くしなさいと叱った。そのせいで綾芽が、だんだんつまらなそうな態度に変わっていく。


 病室の前まで来ても、口を尖らせたままでぶすっとした顔をしている綾芽を見て、高山は笑顔で抱っこした。


「綾、今からね、父さんの大事な人のところに行くんだ。ただね、ちょっと元気が無いかもしれないんだよ。でもね、きっと綾の姿を見たら元気になると思うから。だから元気に『婆ちゃん』って呼んであげてね」


 抱っこしたまま、ぷにぷにの頬をつんと指で突くと、綾芽は恥ずかしがって顔を背けてしまった。



 病室は一人部屋で、扉を開けるとすぐに寝床があり、そこに相談役は寝ていた。外の景色を見て、つまらなそうにぼうっとしている。

 誰が来たのやらと、面倒そうにゆっくりと顔を向け、高山だと気付くとぱっと表情を明るくした。


「おやおや! 高山先生、来てくださったんですか! 来るなら来ると言ってくだされば。あらあら、奥様もお嬢ちゃんまで。ささ、椅子に掛けてくださいな」


「ずいぶんとつまらなそうですね。一人部屋では張り合いがありませんか?」


「そうなのよ。頻繁に顔を見せに来てくれるのなんて長茂くらい。あとは思い出したかのように会派の重役がポツ、ポツ。ほんと、嫌になっちゃいますよ」


 そこで自分が少し拗ねた顔をしている事に気付き、相談役は笑顔を作り、花瓶に花を活けている静花に微笑んで礼を述べた。その後で綾芽の顔を見てにこりと微笑んだ。


「ずいぶんと可愛らしいお嬢ちゃんだこと。お名前はなんていうの?」


「……綾芽」


「そう、綾芽ちゃんっていうの。そこの引出しにね、お菓子がいっぱいあるから、食べれそうなお菓子全部持って行って良いわよ」


 それまで不貞腐れていた綾芽が、急に元気になり、高山の膝から飛び降りて引出しを開けに行く。それを相談役は慈悲深い顔で見つめた。


「失敗したわ。相談役に引く前に、どこかの会派のお嬢さんを長茂に娶らせていれば。こんな感じに毎回連れて来てもらえたのに。もうそういう会合に顔を出せなくなってしまったから、あの子の子を見るのなんていつになる事やら」


「会長だった時にそういう話は無かったのですか?」


「紅花会の先代の奥様からは、百合っていう孫娘はどうかって紹介されていたのですけどね。別の連合の会派の一門となると、後々何かと揉める元になりそうでね」


 そういう会派の駆け引きというのは、正直高山には良くわからなかった。成田は『誰か良い人』なんて言っていたが、一般の女性では駄目なのだろうという事だけは察した。


「ところで、厩舎の方はどうです? 伊級に上がれそうですか?」


「今年、相談役が良い竜を預けてくださいましたからね。あの『シマエナガ』は走りますよ!」


「そうなの! じゃあ来年の竜次第では、再来年には!」


 高山が無言で頬を緩ませた事で、相談役は満面の笑みで頷いた。


「『シマエナガ』の口取りに竜主がいないと締まりませんからね。ですから、早く元気になっていただかないと」


「そうよね。口取り式に行かないとよね。そのためにも、今度の手術頑張らないとよね」


 そこで相談役は高山から視線を反らし、静花に抱えられてお菓子を物色している綾芽を見た。


「その時には、綾芽ちゃんにも口取り式に出てもらいましょうかね」

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