第8話 入厩
止級は一つ階段を上り新たな舞台が幕を開けたと報道たちがしきりに報じている。
昨年、パルサとデカンが止級を通年化すると発表。一月から重賞も始まったらしく、六月のパルサで行われたジーベックステークスには、デカンのブッカ調教師とカウティリヤ調教師が参戦。勝ったのは地元のアル・ザハビー調教師の竜であったが、止級の国際重賞としては初の遠征となった。しかもカウティリヤの竜が三着に善戦。ブッカの竜も五着と掲示板に載った。
これまで課題とされていた輸送の問題は、もはや完全に排除されたと言って良い。あとは意欲だけ。
非常に残念な事に、高山が止級のコツに気付くのがいささか遅かった。高山厩舎の二頭は新竜戦には勝利したのだが、それ以上は少し厳しそうと判断。ある程度鍛えた状態で放牧する事となった。
倉賀野主任と安見助手に厩舎の事後を託し、高山は数人の厩務員を連れ、一足先に幕府へと戻る事にした。
戻ってすぐ、今年の新竜が輸送されてきた。
一頭は『トンベツ』という鹿毛の牡竜。もう一頭は『シマエナガ』という白毛の牝竜。『トンベツ』が成田会長の所有、『シマエナガ』は相談役の所有となっている。
「また白毛ですか……まさかとは思いますけど、毛色で買う竜を選んでいたりしないでしょうねえ」
『シマエナガ』を見て早々に豊島が悪態をついた。
「そう思いたいけどね。でも、止級も白肌だからって大金出して買ったとか聞いたからなあ。否定はできないよね」
「これ、二頭とも購入ですか?」
「以前ペヨーテに行って肌竜は買って来たんだけど、その年に生産した竜が届くのは三年後ですね。大石場長の話ではそのうちの一頭がかなり気配が良いって言ってましたよ。あ、その時に一緒に買った仔が来年来ますね」
高山は楽しみだと言うのだが、豊島の表情はそこまで嬉しそうではない。むしろ少しガッカリした感じ。
「はあ。じゃあ来年の新竜の一頭は世代戦には出れないんですね」
「世代戦はね。でも能力戦三に勝てれば古竜戦には出れるから。もし肉付きが良いようなら積極的にそういう選択肢を取っていくのも面白いかもですよね」
「もし成長途上の竜が古竜に勝てたら、競竜の歴史に残る大記録となりますよ」
豊島は皮肉交じりで言ったのだが、高山はやってみなければわからないと口元を緩ませた。そもそも世代竜というだけで大きく斤量を軽くして貰えるのだからと。
◇◇◇
暇なのか何なのか、成田がふらふらと一人で高山厩舎に遊びに来た。一応、新竜の評価が聞きたいというのが表向きの理由ではあった。
「今の所の感触ですけど、『トンベツ』は平凡ですね。長距離しかダメそうなので、春の内に一勝をあげられないと、ちょっと厳しいかもしれませんね。ですけど、『シマエナガ』は良いですよ!」
「そうなんですか! 聞いた話では、相談役の筆頭秘書だった伊勢さんがあの仔の話を聞きつけたんだそうで。そうしたら相談役が何が何でも買えって言い出して。そんな経緯なもんですから、かなり値が吊り上がったらしいです」
「怖いので値段は聞かないでおきます。ですけど、期待はしてくれて構わないと思いますよ。呂級のために資金を溜めているとは聞いてましたが、相談役も太っ腹ですね」
相談役の話になったとたん、成田の表情が曇った。その表情で以前相談役が検査入院すると言っていたのを思い出した。
「先生。相談役のお見舞いに行ってはもらえませんか? さっきの『シマエナガ』が良さそうという話を相談役に直接していただきたいと思うんです」
「それは、検査の結果が芳しくなかったって事ですか?」
「癌が見つかったそうです。今度除去手術をする予定なのですけど、ちょっとどこか気落ちしたままになってしまってまして」
肺に影があるという事で検査入院したのだが、その結果、癌だとわかったらしい。夫の豊氏も死因は肺癌だったのだそうで、どうやら寂しくなって呼びに来たらしいと周囲に語っているのだとか。
「相談役は先生の事を孫同然に思っていますからね。その先生が来てくれて、竜の活躍を見てくれと言ってくれれば、相談役も元気を取り戻すんじゃないかって思うんですよ」
「なるほど、そういう事ですか。相談役と交わした約束がありますから、それまでは何としてでも元気でいていただかないと。ああ、もしかしたら、うちの娘を連れて行ったら喜ぶかもしれませんね」
「あ、それは良いかもですね。私も頻繁に顔を見せに行ってるんですが、毎回言われるんですよ。『また手ぶらで来たのか』って。毎回茶菓子を持って行ってるんですよ。酷い言い草だと思いませんか?」
何となくその光景が目に浮かぶ。当然相談役の言う『手土産』は仕事上良い話の事だろう。まあ、わかっていて成田もこんな事を言っているのだろうが。
「そういう愚痴を言う前に、相談役の心配事を一つ取り除いてあげてはいかがですか?」
「何の話です?」
「後継者作りですよ。相談役が俺に言ってくれって会長に言ったんですよね? 後継者を作って欲しいって。それっていうのは、後継者を作れって会長に遠回しに言ってるんですよ。わかってるくせに」
よほど周囲から言われているようで、成田がすぐに口をへの字に曲げて嫌そうな顔を作った。
「そう思うなら誰か良い人を紹介してください」
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