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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
呂級編

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第4話 育成

 二月に入り、毎年恒例の邪気払いの日がやってきた。


 一旦小田原の大宿に集合し、調教師だけで輸送車に乗って川崎大師へ行き豆まき。

その後、晩餐会のために大宿に戻る。その移動の車内では、石川を始め多くの先輩調教師から、なんで随員が師岡じゃないんだと苦情の嵐であった。石川に至っては、「お前は来なくても時雨ちゃんだけ連れて来い」と、実に失礼な事を言い出す始末。

 今年、唯一の呂級調教師という事で二人の随員を許可されていたのだが、当の師岡は昨年の出来事ですっかり懲りてしまっていて、遠慮しますと即答であった。そこで順番では昨年の予定であった伊佐治と、一番若い海老名を連れて来ている。



 大宿に戻ると、すぐに高山は会議室に連れていかれた。

 会議室にいたのは、成田会長、筆頭秘書の遠山、それ以外に競竜部の大道寺部長と、総務部の有竹部長。どうやら高山を呼んだのは大道寺らしい。


 会長挨拶、筆頭調教師挨拶、乾杯、その後に大道寺の挨拶を予定している。今回、大道寺は二点の報告を予定しているらしい。一点目は先日成田会長が言っていた競竜会設立の件。これは完全に本社側の話なので高山にはほとんど関係が無い。問題はもう一点の方。


「実は、今後の会派発展のために新規調教師の開業を促したいという話をしたいんです。八級以下の厩舎にいる良い人材を高山厩舎に送って、先生に研修をしていただこうと思うんですがいかがでしょうか? 承諾いただけないでしょうか」


「うちはまだ呂級に上がったばかりで、条件戦の収入しかないんですよ? そんな余分な人材、何人も抱えられませんよ。今いる人たちと揉められても困るし」


「では、こういうのはどうでしょうか。今、開業希望で手を挙げてくれている人が複数人います。まずは、そのうちの一人だけを先生のところに預けるという事では。その方と二人で研修方法を模索していただくんです。いかがですか?」


 大道寺に続いて、成田と遠山、有竹もお願いしますと頭を下げた。そこから察すると、調教師を増やして欲しいという思いで、本社が今まとまっているという事なのだろう。ここで拒否すれば成田の立場が悪化してしまうかもしれない。そう思うと承諾するしかなかった。



 こうして三月、一人の調教師見習いが高山厩舎にやって来る事になった。

 名前は多賀谷たがや政樹まさき。年齢は二九歳。背は少し低めで、顔は地味だが、かなり落ち着いた雰囲気をまとっている。これまで、西国八級、福原競竜場の原田光種厩舎で調教助手をやっていたらしい。


 原田は薄雪会でもかなり古株の調教師で、これまでも何度も重賞の決勝に残っているのだが、なかなか上位には進出できずにいる。年齢も年齢なので、そろそろ後継者をと考えていた頃に多賀谷が入ってきた。厩務員をやらせていたところ、よく竜の絵を描いている光景を目にした。これが実によく特徴を捉えている。

 そこで浜田は調教を少し教えてみた。これも多賀谷はすぐに理解。ならばと騎乗を教え、調教助手をやって貰っていたのだそうだ。


「実は浜田先生、僕の扱いに困っとったんですわ。僕、調教資格取ったんですけどね、めっちゃ時計管理が下手で。調教計画が狂う言うて、追い切り調教させてもらえへんかったんです」


 歓迎会の席で多賀谷はそんな暴露発言をかました。同時に高山と倉賀野が平林助手を見る。


「ほんで、先生ついに去年から別の調教助手雇ってもうて。僕は専ら調教計画の勉強ばっかしとったんです」


「じゃあ、それなりに調教計画は理解しているという判断で良いの?」


「どうなんでしょうね。僕はできれば高山先生の調教を学びたい思うてます。原田先生の調教は、理解すればするほど首を傾げる事が多くて」


 高山は麦酒の瓶を向けて、具体的な疑問点を聞いていった。多賀谷の抱いた疑問は調教内容でも多岐にわたっていて、その多くは高山からしたら勘違いや思い違いの類であった。


「なるほどね。言いたい事はわかった。もしかして原田先生って石川先生と同じ師匠だったりするのかなあ。石川先生も似たような勘違いしてたんだよね」


「ああ、石川先生は弟弟子らしいですよ。高山先生が開業したんを見て、かなり焦って後継者探し始めたらしいですから」


「そうなんだ。だけど、そうやって勘違い部分も継承されちゃうって考えると、教育って難しいんだなあ。それも考えていかないといけないんだね。何でそれを昇級初年度の俺にやらせるかねえ、まったく」


 そのぼやきを聞いていた倉賀野が思わずぷっと噴き出してしまった。


「先生、だんだん杉目先生に似てきましたね。そういうのも弟子同士で似るんですかね」


 周囲が一斉に笑い出す中、一人高山だけが心底嫌そうな顔をしていた。



 翌日から、調教を行いながら、倉賀野、多賀谷の三人で教育方針について会議を行う事になった。

 蒔田厩舎で研修を受けていた頃、「感覚でやるな」という事だけは口酸っぱく言われている。もちろん最後は感覚に頼る部分はある。だが、なるべく論理的に、系統立てて整理するようにという指導を受けている。あまり指導らしい指導をしなかった蒔田だったが、それだけは何度も言われた。困った時、迷った時、それが自分の軸になるからと。


 ある意味門外不出の帳面を、高山は久しぶりに開いた。これを見せてしまえば、恐らくは教育はそれで済んでしまうだろう。そんな風に考えながら倉賀野と多賀谷の顔を見た。

 だが、そういう手抜きで教育を終えても、何かあった時に困るのは多賀谷だ。同じ会派の調教師として、それだけは絶対にやってはいけない。


 帳面の最後に書かれた蒔田の文字に高山は大きく頷いた。

『竜と人、時間がかかるのは圧倒的に人の方』


「多賀谷。明日から『ヤマゲラ』という古竜をお前に任せる。俺の計画は白紙にする。一から全部、お前が育成計画を立てるんだ。俺からは極力口出ししないようにする。疑問があれば都度聞いて欲しい」

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