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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
呂級編

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第2話 吉良調教師

 ――何年か前、紅葉会が稲妻牧場に対抗するため、山桜会、尼子会、桜嵐会を取り込んで、楓牧場系という会派連合を組んだ。その動きに対抗するように、紅花会が火焔会、赤根会、樹氷会を取り込んで紅藍牧場系という会派連合を組織した。


 双竜会の足利会長と清流会の長尾会長は、会長の就任時期が近く、歳も近い事から非常に仲が良く、何かと手を組んで行動を起こしている。そんな双竜会と清流会が主体となって、合従の流れに対抗するため、雪柳会、薄雪会、日章会を取り込んで牧場連合系という会派連合を組織した。


 牧場連合系を組んだ時、調印式が行われ、その中で毎年筆頭調教師を呼んで連絡会をやろうという事に決まった。初回は双竜会の本拠地である毛野郡の小山。二回目は清流会の本拠地である越後郡の直江津。その後、雪柳会の駿府、薄雪会の小田原、日章会の一関と持ち回り、そこからは次の会場も会議の議題の一つとなっている。


 ただ、双竜会と清流会は伊級調教師を多数抱える大会派。それに比べ雪柳会は筆頭調教師の吉良こそ呂級調教師だが、それ以外はほぼ泣かず飛ばず。薄雪会、日章会に至っては筆頭調教師が八級という体たらく。同じ系列でも格差のようなものがあるのは否めない。


 昨年、高山もその連絡会に会長の成田、筆頭秘書の遠山と共に出席した。

 双竜会の筆頭調教師は伊東雄祐、清流会の筆頭調教師は藤田和邦。最近では海外に精力的に遠征している二人。当然の事ながらその二人が調教師の顔として発言。

 それでも雪柳会の吉良調教師は呂級で、それなりに発言の機会はあった。だが、高山にしろ、日章会の大谷にしろ、まだ八級で、さらに筆頭調教師を代わったばかりというのもあり、全く発言の機会が無かった。


 晩餐会の前に、吉良は初参加で気後れしている高山と大谷を呼び、三人で伊東、藤田に挨拶に行った。

 藤田も伊東も高山の事は知ってくれていた。話によると、高山、内田、内ケ島の三人は伊級でもかなり話題になっているのだそうだ。岡部たち『五伯楽』に匹敵するかもしれないという噂で。

 だが、大谷はなんだか場違いなところに来てしまったという顔をし続けていた。吉良は非常に人格者で、そんな状況を察して大谷を二人に紹介した。


「この大谷先生は、久留米時代の岡部先生を支援していた先生なんですよ。紅花会の先生方が騎乗させなかった服部騎手に初勝利を挙げさせたのは、実はこの大谷先生なんですから」


 服部騎手の名前が出ると、伊東も藤田も少し影のある笑みを浮かべた。高山もブリタニス遠征での悲劇は中継映像で見ている。そこから五人の調教師は、なんとなく打ち解け合って、晩餐会では長年の戦友であるかのように話をした――



 杉目が紹介した相談相手に丁度良い調教師というのは、その雪柳会の吉良調教師であった。

 改めて挨拶がしたいからと連絡を入れ、『甘芭蕉饅頭』を何箱か購入し、高速鉄道に乗って皇都競竜場へと向かった。


「なるほどねえ。事情は痛いほどわかるな。だって僕もそうだったもの。僕も八級時代に同じような事があってね。ほんとに困っちゃってさ。で、とある人物にやんわりと話を聞きに行ったんだよ」


「もしかして、伊東先生?」


「まさか。さすがにそんな事を聞きに大津まで行く勇気は無かったよ。君だったら行けるかい?」


 まさかの名前を出されて、吉良は思わず珈琲を噴き出さんばかりに笑い出した。高山も威厳たっぷりの伊東の姿を思い出し、ぷるぷると首を横に振った。


「岡部先生だよ。当時防府競竜場にいてね、筆頭調教師ではないけど、斯波さんって弟子もいてさ。紅花会も毎年のように会派順位を上げていたからね。あやかりたいと思って、思い切って聞きに行ってみたんだよ」


「岡部先生は何か言ってました?」


「自分じゃなく戸川先生を見習えって。自分を見出してくれたのは戸川先生なんだからって。最初は照れてそんな事を言ったと思ったんだよね。だけど、後でそれが答えを出すもの凄い糸口になったんだ」


 そこで話を止めた吉良の態度を、高山は少し話を整理してみろと受け取った。珈琲を口にし、その香りを鼻腔に入れると何やら雲が晴れていくようなものを感じる。


「そっか。実績のある人の手法を見習えって言いたかったのか」


「僕もそう受け取った。まずは自分の手駒をよく見て、そこにいる人材を育てる。それで知見、手法を得て実績ができれば、自然と良い人材がやって来る。戸川先生の所に櫛橋先生が来たようにね」


「なるほどねえ。戸川先生がいきなり新人の岡部先生に『サケセキラン』を委ねたって話、報道でよく聞きますもんね。その後、櫛橋先生には『サケサイヒョウ」を委ねたって」


 少し晴れやかな高山の表情を見て、吉良も何かを掴んだと見たようで、爽やかな笑みを浮かべ小さく頷いた。


「恐らくはね。竜と一緒だと思うんだ。器を見極め、適切に良い所を伸ばす事が重要なんだって。でも、どうしても自然には伸びないところがある。そこは経験で伸ばしてやらないといけない。戸川先生はきっとそれを知ってらしたんだと思うんだよ」


「でも、それってもの凄く怖い事ですよね。何かあったら、何でお前が直接見なかったんだって会派から叱責されちゃうじゃないですか」


「筆頭調教師になったら、そんな機会はほとんど無くなるよ。どこの会派も筆頭調教師って会派の取締役だからね。怒られるとしたら会長か相談役からだけ。筆頭調教師になった時点で我々は会派の経営を担う事になったんだよ」


 つまりは以前相談役が言った事、『会派をよろしくお願いします』という一言に尽きるのだろう。


「重責ですね。期待が大きすぎて押しつぶされそうです」


「わかるわかる。僕もそうだったよ。でもすぐ慣れるよ。そうだなあ。伊級に行ったらさ、副調教師ってのをみんな置くじゃない。で、伊級の厩舎出身の人って多くが副調教師じゃない。まずはそれを見越してやってみたらどうかな」


 そう言って吉良はにこりと微笑んだ。

 その笑顔のあまりの爽やかさに、高山の方が思わず赤面してしまった。


「あの、今度幕府来た時にうちに寄ってください。一緒に呑みに行きましょうよ」


 高山が右手を差し出すと、吉良は爽やかな笑顔でその手を取った。

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