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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
呂級編

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第1話 斯波調教師

「ほう、彼が岡部の言ってた高山か。言われなかったら絶対に気付かなかったと思うな。岡部と違って、何と言うか、雰囲気が無い」


「何ですか、それ。荒木さんから聞いたんですけど、競竜学校時代の彼を指して、内田より全然上だって、岡部先生ははっきり言ったそうですよ。俺は止級で伊級の先生たち相手に、彼がどう立ち回るのかが今から楽しみですよ」


「斯波、人の事より、お前はどうなんだ? 去年数万円の差で六位に甘んじやがって。戸川と言い、岡部と言い、杉と言い、お前と言い、なんのお家芸なんだよ」


 調教の観察台に集っている調教師たちがその一言で一斉に笑い出す。

 その前が自分の話題だったので、高山は若干居心地の悪さを感じていた。


「まあ、去年より駒が揃ってますから。今年は東国の大将として暴れてやりますよ」


「期待しとるよ。会派首位を守り通さにゃならんからな」


「三浦先生、なんでそんなに他人事なんですか。先生だって当事者なんですよ?」


 斯波の指摘に、再度周囲が一斉に笑い出した。そんな雰囲気の中、斯波は高山の隣に立ち、高山の肩をぽんと叩いた。


「どうだい、昇級してきて。薄雪会さんは君一人だから、何かと不自由してたりしないかい?」


「そうですね。でも双竜会の兄弟子がいますから。なんやかやと相談させてもらってます」


「そうか。先日、忘年会で内田と下間に言われたんだよ。君が呂級に上がったから、目をかけてやってくれって」


 系列でも無い紅花会、内田は同期だが、下間は知り合いというだけ、そんな二人が自分を気にかけてくれていた事が高山としては非常に驚きであった。


「そういう事でしたら、困った事があったら、遠慮なく相談させてもらいます」


 ぺこっと頭を下げ、高山は観察台を降りた。



 すでに竜、厩務員、騎手、調教助手は厩舎に戻ってきており、調教後の鎮静運動と按摩に入っていた。


 高山厩舎に預けられた竜は八頭。

 八歳の『ピッシリ』『タンチョウ』『ザンギ』。

 七歳の『イシカリ』『ヤマゲラ』『ルイベ』。

 六歳の『サロマ』『ハマナス』。

 八頭の中で、六歳の『ハマナス』が唯一の牝竜。


 呂級の世代戦は六歳なので、八頭中六頭が古竜という事になる。現状では『タンチョウ』が能力戦二級、『サロマ』『ハマナス』が未勝利、他は全て能力戦一級。


 その成績を見て倉賀野主任は絶句。平林助手は頭を抱えてしまった。蒲生と柿崎も「もうちょっと何とかならなかったのか」と言い合った。さすが筆頭厩務員の豊島は一番の年長なだけあり「非常に伸びしろがある」と言葉を選んだ。


 新たに経費で購入した電脳を開き、市販の表計算の機能を利用し竜の状態を記録していると、事務室の入口でコンコンという音がした。

 視線を電脳の液晶画面から少し上に上げる。すると、入口でにこやかな顔で杉目が手を振っていた。


 ぐっと両腕を天に伸ばし背筋を伸ばした後、椅子を立ってお茶を淹れに流し台へと向かった。


「ずいぶんと話題になってるじゃないか。高山先生。羨ましい限りだな」


「同期の紅花会の奴が、なんやかやと世話をやってくれているようですね。ありがたい事ですよ」


「さっき岡部先生も注目してるって、斯波の奴が言ってやがったな。大したもんだ。俺なんか周囲からそんな事、一言も言われた事無いぞ」


 相変わらずのぼやきをかまし、杉目は高山が淹れたお茶をずずと啜った。


「斯波さんとお知り合いなんですか?」


「同期だよ。あいつとはずいぶんと差が付いちまったよな。あいつ、研修時代も凄くてな。親戚が騎手候補だったんだけどさ、それも良い腕してやがってな。おかげで全く敵わなかったんだよ」


「へえ。でも、こうして呂級が二人出ているんですから、何気に豊作だった年なんでしょうね」


 『豊作』と言われた事が杉目には引っかかるものがあったらしい。片眉をひそめ小首を傾げる。


「斯波と俺以外まだ全員仁級だぞ? 豊作は違うんじゃねえか? いや、あの仁級の奴らが今後どれだけ上がって来るかにもよるんだろうけど」


「それを言ったら、うちらの期もよく豊作だったって言われますけど、俺、内田、内ケ島以外全員まだ仁級ですよ。まあ、去年の成績見るに、いずれ何人かは八級に上がれそうですけどね」


「それならやっぱり豊作だろ。俺の期はたぶん絶望的だ」


 二人でげらげらと笑い、その後、高山はふうと息を吹いた。急に真顔になり、さらに深刻そうな顔へと変わる。


「実は先日、昇級の祝いだといって、会長が食事に連れて行ってくれたんですよ。そこで一つ課題を出されてしまったんです。どうしたものかと悩んでましてね」


「そんな難しい課題なのか? 言える範囲で良いから言ってみろよ」


 成田会長の出した課題というのは、弟子を取れというものだった。成田会長のというよりは、北条相談役の出した課題らしい。

 かつて薄雪会に梁田隆助という伊級調教師がいたのだが、そこから先が細ってしまい、会派も勢いを失ってしまった。同じ轍を踏まないために、高山先生には積極的に弟子を増やしていってもらいたいと相談役が言っているのだそうだ。


「うちは伊級の先生方がおるからな、伊東先生にしても、蒔田先生や国重先生にしても、積極的に弟子を取って育ててくれてる。確かにお前がそれをやらなかったら、薄雪会は発展はしないっていう、お偉いさんたちの気持ちもわからんではないな」


「でも、急にそんな事を言われてもねえ。正直、何をしたらよいかすらわかりませんよ。教育ですよ? 調教ならわかりますけど」


「たしかに。俺も調教ならわかるわ。とはいえ、俺も弟子なんて取った事無いから助言のしようがないな。蒔田先生に相談してみたらどうだ?」


 実は高山もそれしかないかと思ってはいた。ただ、それを電話で聞くのもどうかと思うし、その為に常府まで行くのもどうかと思っていたのだ。それを言うと、杉目はそれならと一人の人物の名を挙げてくれた。

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