第30話 砂王賞
「蒲生、どの竜に乗りたい? 柿崎はお前に乗りたい竜を選ばせてやってくれと言ってたよ」
「そしたら、俺は――」
蒲生の口から発せられた名とその理由に、高山は納得し大きく頷いた。
十二月、年の最後はどの級も大賞典月間となっている。八級の大賞典は長距離戦の『砂王賞』。どの級も、世代竜と古竜の王者がぶつかり合う競争として注目を浴びている。
高山厩舎からは『金剛賞』『橄欖賞』を勝った『チセ』と、『菊花杯』を勝った『レラ』、惜しい競争の続く『ラヨチ』の三頭が挑戦している。どれも予選、最終予選を勝ち上がり、決勝へと駒を進めた。
水曜日の夜八時、出走時刻が近づいてきている。
下見所では吉見が『レラ』を、糟谷が『チセ』を、伊佐治が『ラヨチ』を、それぞれ引き綱を引いて周回している。
『ユキノレラ』は最内枠の一枠一番、四番人気。
『ユキノチセ』はお隣一枠二番、堂々の一番人気。
『ユキノラヨチ』は七枠十四番、六番人気。
杉目は二頭出し。
『ニヒキショウキ』が二枠四番、三番人気。
『ニヒキオオフク』がその隣の三枠五番、二番人気。
係員の号令で周回が終わり、横一列に整列した騎手がそれぞれの竜に駆け寄って行く。最終的に蒲生が選んだのは『ラヨチ』であった。自分は柿崎さんと違って追った方が良い結果が出ると思うからと。柿崎は迷わず『チセ』を選択。『レラ』は石川厩舎から大野騎手を借りて乗ってもらう事になった。
柿崎、蒲生、大野、三頭並んで地下道を通って、砂の敷き詰められた競技場へと向かって行った。
発走者が小旗を振ると今年最後の重賞の発走曲が奏でられた。観客席に向けられている照明の一部が競技場へと向けられる。
――
今年最後の大一番、古竜長距離重賞『砂王賞』の発走時刻が近づいてまいりました。
天候は晴れ、砂状態は『良』
赤城おろしが吹く冷たい前橋に、今年は全十八頭の持久力自慢が集いました。
泣いても笑ってもこれが最後、最後は笑って終えたいところです。
枠入り順調に進んでいます。
体勢完了、今、発走しました!
ぽんと飛び出したのはユキノチセ。
エイユウダイゼンがすぐにそれを追いかけます。
全竜、正面観客席前を疾駆。
観客席から声援が送られます。
先頭から見て行きましょう。
先頭はユキノチセ、その外エイユウダイゼン。
ヤナギレックウ、ニヒキオオフク、クレナイブンチンと続きます。
ニヒキショウキ、サケワセダ、チクトウセイ、エイユウビゼンがその後ろ。
ロクモンコシヒモ、サケカトリ、キキョウハコダテ、ナナヒカリ。
オウトウキララ、ユキノレラ、ユキノラヨチ。
最後尾にジョウオオダテとクレナイカカン。
全十八頭、今ゆっくりと曲線を抜けて二角を回ろうという所。
先頭は依然ユキノチセとエイユウダイゼン。
三番手以下ともあまり差が無く、十八頭一団という印象を受けます。
現在向正面中間点を通過。
前半時計はほぼ平均。
ここまで大きな動き無く淡々と流れているという印象。
間もなく三角を過ぎ、曲線へと向かいます。
徐々に流れが速くなって行き、各竜の手綱の動きが激しくなってきました。
先頭ユキノチセ、早くも行った!
後続もそれに続く!
四角を回って最後の直線!
先頭ユキノチセ、後続を突き放しにかかる!
ニヒキオオフク、ヤナギレックウが追いすがる!
外からニヒキショウキとクレナイブンチン!
内からエイユウビゼンも上がって来る!
ここから前橋は長い坂に入ります!
徐々に各竜の脚色が鈍る。
チクトウセイが外を力強く駆け上って行く!
ニヒキオオフク、ニヒキショウキ、ユキノチセを捕らえた!
ユキノチセはもう苦しいか!
チクトウセイが先頭に並びかける!
その後ろからユキノラヨチも上がって来た!
ニヒキオオフク、ニヒキショウキ、坂を上り切って再加速!
ユキノチセが息を吹き返した!
ユキノチセ、ニヒキオオフクに並びかけた!
三頭激しい叩き合い!
残りわずか!
外からユキノレラが突っ込んで来た!
大外からはユキノラヨチ!
ユキノレラ、ユキノラヨチ、二頭が一気に差を詰めて来る!
ユキノラヨチの伸びが良い!
ユキノラヨチ、完全に前を捕らえた!
ユキノラヨチ、一気に抜き去った!
ユキノラヨチ終着!
今年最後の大一番、勝ったのは伏兵ユキノラヨチ!
――
『ユキノラヨチ』と蒲生がゆっくり、ゆっくり競技場を駆けている。正面観客席に来ても防塵眼鏡を取らないところをみると、恐らくは号泣なのであろう。
「くそっ。『エイユウダイゼン』に絡まれなければ、もう少し最後に体力残せたのに。最後の最後で尽きちまった」
帰って来るなり、柿崎が悔しそうに糟谷に言った。すでに着順掲示板には一着の十四と、五着の二だけ表示している。二着から四着は写真判定となっている。
大野騎手は竜から降りると、吉見を見て苦笑い。
「テン乗り(=一回だけの騎乗)のわりには善戦できたという事にしてくれねぇかな。あの仔、クセが強すぎだわ。テン乗りで乗るような竜じゃ無ぇわ」
「まだ写真判定ですって。二着はありますよ」
「いやぁ、正直届いて無ぇ気がする」
柿崎も大野も、鞍を受け取り、高山に悔しそうな顔を向けてから検量へと向かっていく。
そのすぐ後に四着に『ユキノレラ』の一が書き込まれた。
それを見て、杉目が高山の肩にポンと手を置いた。
「仲良く掲示板を別けあったって感じかな。順位に納得はいかんがな。でも勝ったのが蒲生だから納得しておくよ」
「ギリギリ最終戦で仕上がった感じでしょうかね。良い末脚でしたよ」
「じゃあ、帰って来たから本人にそう言ってやれ」
そう言って杉目が中継映像に映る蒲生と『ユキノラヨチ』を指差した。
高山が鼻を鳴らす。
「今それを言ったら、あいつはそこで満足しちゃいますよ。今日言うのは『良くやった』だけです」
そう言って高山は帰って来た蒲生の元へ向かった。
――放送席、放送席、『ユキノラヨチ』蒲生騎手に来ていただきました。
『砂王賞』優勝おめでとうございます!
「ありがとうございます! なんとか呂級に上がる前に、あの仔に重賞を取らせてやる事ができました」
――素晴らしい末脚でしたね。まさに目が覚めるといった感じでした。
「本当はあれだけの良いものを以前から持ってはいたんです。俺がなかなか引き出してあげられなくて」
――厩舎三頭出しでしたが、他の二頭はいかがでしたか?
「俺は俺の竜の能力を引き出すだけです。詳細は先生に聞いてください」
――そういう事ですので、高山先生、優勝おめでとうございます!
「あ、ありがとうございます」
――三頭出しでしたが、その辺りはいかがでしたか?
「どれが勝ってもおかしくなかったと思っていますよ。長距離の薄雪会、それを存分に見せつける事ができたんじゃないでしょうか」
――来年は呂級ですが、意気込みのほどをお聞かせください。
「そうですねえ。『内大臣賞』と『皇都大賞典』だけは取りたいですかね」
――最後に、駆けつけた観客に向けて一言をお願いします。
「これからも薄雪会の応援、よろしくお願いします!」
――おめでとうございました。以上、高山調教師でした。
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