第29話 黄玉賞
まもなく四角に差し掛かります。
早くも逃げていたサイゴッペが捕まった!
四角回って最後の直線に入りました!
各竜一斉に鞭が飛ぶ!
クレナイキンチャク先頭!
外からニヒキフクウズラ!
サイゴッペは一杯か!
大外一気にユキノトノト!
ここから盛岡名物急坂に差し掛かります!
後続が一気に差を縮める!
各竜一団!
どの竜が先に抜け出すか!
クレナイキンチャクがいち早く猛加速!
ニヒキフクウズラが猛追!
ニヒキフクウズラ、クレナイキンチャクを捉えた!
二頭激しい競り合い!
大外一気にユキノトノト!
残りわずか!
ユキノトノトが前二頭に競りかけて行く!
三頭が叩き合う!
クレナイキンチャクも内で粘る!
三頭並んで終着!
ここからではどの竜が抜けたかはわかりません!
まさに大混戦!
――
「うちのは絶対王者のはずだったんだがなあ。それだけ今年の世代竜の質が高いって事か」
まだ掲示板は一着から三着まで写真判定となっているのに、早くも杉目のぼやきが飛び出した。
「『優駿杯』を勝った『サイゴッペ』が掲示板に載って無いですからね。何とも言えないですけどね」
「走りを見てて思ったが、あれは完全に『重の鬼』って感じだな。砂に指を食い込ませて走ってやがった。今日だって雨降ってたらわかんなかったぞ」
「しかし、改めて見ても、どれが勝ったかよくわかりませんね」
二人の視線の先に中継の画面があり、そこに終着時で止められた映像が映し出されている。だが、内の『ニヒキフクウズラ』、中の『クレナイキンチャク』、外の『ユキノトノト』が同時に終着板に到達したようにしか見えない。
「『キンチャク』に粘られてるか、俺のが差してるか、お前の『トノト』が届いてるか。そんなとこかな」
「後ろから来てるからうちのが有利……と言いたいところですけど、うぅむ」
「あんまり微妙だと同着ってのもあるぞ。だが、三頭同着ってのは聞いた事が無いけどな」
杉目と高山が二人並んでそんな話をしていると、検量室に続々と竜たちが帰って来た。
写真判定の三頭が轡を並べて帰って来る。どうやら騎手の三人も自分が勝っているという自信は無いらしい。お互い身振り手振りを交え、ああだこうだと言い合っている。
柿崎が竜から降りるなり首を傾げた。
「先生はどう見てますか?」
「正直、映像を見た限りでは届いて無いように感じてる。柿崎はどうなんだ?」
「感触は、正直あまり良く無いですね。もう一尺(約三十センチメートル)、いやいや、もう一寸(約三センチメートル)終着板が先だったら」
どうやら田原騎手も同様の手応えらしく、高山たちと似たような事を、杉目と言い合っている。そこからすると、今回は『クレナイキンチャク』の粘り勝ちといったところかと高山は感じていた。
ところが、柿崎と田原が検量を終えて戻って来る時に、係員が出てきて黒板の三着に『クレナイキンチャク』の八を記載し、また戻って行った。
観客席から歓声が上がる。
「おいおいおい! 届いてたぞ。これは、ちょっとどっちかわからなくなったぞ!」
「戻ったって事は同着なんですかね! 実は今回、妻と娘が観光で付いて来てるんですよ。いやあ、そうなってくると勝ちたいですねえ!」
「気持ちはわかるが、俺にも兄弟子としての意地ってもんがあるからな」
高山と杉目、それまでのどこか諦めの顔ではなく、笑顔で中継画面に視線を移している。田原と柿崎も笑顔を向け合って、俺が勝った、いいや俺だと言い合っている。
そこからすぐに係員が出てきた。
一着に三、二着に十一を記載。一着、二着、三着は全てハナ差。
「うおお、残ってた! 田原、よくやった! でかした!」
「うわぁ、届いて無かったのかあ。くっそぅ。これは大宿に戻ったら妻にからかわれるな」
着順を見て、高山と杉目は対照的な反応であった。
「おい高山、嫁さん来てるんだろ? 家族を連れて来い。今日の夕飯は奢ってやるよ! 俺も今から家に電話するからさ」
「はいはい。御馳走様です。くっそっ。やけ食いしてやる……」
「あはは。好きなだけ食え。あはは」
上機嫌でパンパンの背を叩く杉目を見て、田原は自分を指差した。
「わかったわかった。お前と柿崎も来いよ。呂級昇級の前祝いをしようじゃんか!」
田原と柿崎は頭上でお互いの手をパチンと合わせて喜んだ。
◇◇◇
正直、検量室では冗談だと思っていた。だが杉目はちゃんと焼肉屋に予約を入れてくれていて、牛肉や羊肉を焼き、麦酒を呑み、大盛り上がりとなった。厩舎の祝賀も兼ねていると言って、厩務員たちも大勢参加。
普段はほとんど酒を呑まない妻の静花も、杉目の妻と麦酒を呑み、顔を真っ赤にしている。娘の綾芽は少し食の細いところがあり、少しお肉を食べると、時間が遅かった事もあり静花の隣で寝てしまった。
飲み会がお開きになると、杉目の方は上機嫌で田原、柿崎と肩を組み、家族と別れて二次会に向かってしまった。
残された杉目の奥さんに静花がお礼を述べている。
静花は少し気後れする性格で、今回も誘った時には強固に拒まれてしまった。俺の仕事を手伝うと思ってと言って、渋々付いて来てもらったような状況だった。
杉目の奥さんとは今日が初対面なのだが、それがまるで姉妹のように打ち解けている。静花にしては珍しいなと高山は感じていた。
わざわざ杉目は宿泊している大宿から近い店を予約してくれており、高山は熟睡している綾芽を抱っこして大宿に向けて歩き出した。
「静ちゃん。来年は幕府だよ。そろそろ引っ越しの準備始めないとね」
「うん。もう少しづつ始めているよ。綾ちゃんが大きくなってきたから、今度は少し広い部屋を借りないとだね」
「そうだね。幼稚園変わっちゃうけど、綾は上手くやっていけるかな?」
高山が綾芽の顔を確認すると、ちょうど口元から涎が高山の服に垂れた。
「それなりに社交性はあるみたいよ。そういうところは私より友君に似たのかもね」
ぐっすり夢の中の綾芽の顔を見て、静花がクスクスと笑う。その顔はまだ酒に当てられて赤い。
「今日の競争、惜しかったね。もうちょっとだったのにね。もしかして、私が見に来ちゃったからかな?」
「何言ってんだよ。本当は三着かもって思ってたんだよ。静ちゃんが応援してくれたから、着順が一個上がったんだよ。むしろありがとうってお礼を言わないと」
静花はさらに顔を赤くし、高山に寄り添って歩いた。
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