第28話 菊花杯
まもなく四角、ここからが勝負所!
人気のユキノレラはまだ後方三番手から四番手!
四角回って最後の直線に入りました!
先頭はニヒキオオフク!
ニヒキオオフク、ぐんぐんと加速!
エイユウビゼン、チクトウセイも脚色が良い!
ユキノレラはまだ後方!
前が塞がっているが果たしてどうか!
先頭はニヒキオオフク!
後続が距離を詰められない!
ここから急坂に入ります!
各竜ここで一気に差が詰まる!
ニヒキオオフク、力強い登坂!
坂を上り終え、ニヒキオオフクが再加速!
エイユウビゼン、鞍上の鞭が飛ぶ!
来た! 来た! 来た!
大外一気にユキノレラ!
ここまで我慢したと言わんばかりの凄い剛脚!
ユキノレラが追い込んで来る!
一頭異次元の末脚!
だが残りはわずか!
ニヒキオオフクを捕らえた!
ユキノレラ並んだ!
抜けた!
抜けた!
ユキノレラ終着!
ユキノレラ、見事、世代戦最後の一冠、菊花杯をもぎ取りました!
――
「嘘だろ……あそこから届くのかよ……」
杉目が呆然としてしまっている。
すでに東国八級は首位の高山と二位の杉目が独走状態。三位以下は大きく離れ、もはや、後はどちらが首位突破するかという状況になっている。
直線に入り『ユキノレラ』の前が塞がれたのを見た時は、杉目も「行ける!」とはしゃいでいたのだが、坂を上り切ってからは無言になってしまった。
「あの仔は、脚は切れるんですけど長く続かないんですよ。母系に『パデューク』の血が入っているので、その影響なんですかね」
「たしかに、あのスパッと切れる脚はそんな感じがするな。だけどあの感じからして中距離でもやれただろ。なんで『優駿杯』に出さなかったんだ?」
「成長が遅いんですよ。ひと夏越えてやっと本格化し始めたんです。『優駿杯』に出しても、あの頃では果たして予選が突破できたかどうか。放牧前からしたら今はまるで別の竜ですよ」
二人の見る画面に、観客席前でゆっくりと『レラ』を歩かせている柿崎が映し出された。
「『砂王賞』ではどっちがどっちに乗るんだ?」
「それなんですよね。まだちょっと悩んでて。杉目さん、お薦めはありますか?」
「それを俺に聞くのかよ。そんなもん本人に選ばせろ。その騎手それぞれの乗りやすさみたいなのがあるはずだから」
なるほどと頷く高山に、杉目は呆れ顔をする。そんな杉目を見て厩務員の師岡がクスクスと笑い出した。
「来月はどうするんだ? 出れる竜はいるのか?」
「『優駿杯』で『サイゴッペ』にやられちまった仔が。『白浜賞』は新竜がいないので出ませんけどね」
「そっか。じゃあうちと一緒だな。……『白浜賞』か。ちと、お前に話したい事がある。後でうちの厩舎に寄ってくれや」
わかりましたと返答はしたものの、急に真顔になった杉目に、高山は少し不安な気持ちを抱いた。
◇◇◇
翌日、仕事を一段落させ、高山は杉目厩舎へと向かった。
杉目は高山を見ると、すぐに昨日のあの真剣な表情をし、応接椅子ではなく奥の会議室を案内。
訝しがりながら杉目に続いて会議室に入る。すると杉目は主任厩務員に「しばらく人を近づけないようにしてくれ」と命じて扉を閉めた。
「どうしたんです? そんな深刻そうな顔して。何かあったんですか?」
「あくまで噂だ。かなり悪い類のな」
「昨日の感じからすると、『白浜賞』絡みですか?」
杉目は一旦驚いた顔をし、また真顔に戻ってこくっと頷いた。
「お前、『トモエシマント』って竜の話って聞いたか? 尼子会の繁沢って若い調教師のとこの」
「ああ、聞きました。牧場から船便で輸送してきて、盛岡の競竜場に到着した時には死んでたっていう話ですよね。恐らくは酷い船酔いだろうって。かなり海が荒れてたそうですからね」
「そっか。前橋ではそんな話になってるのか。盛岡ではちょっと違う話が広まってるんだよ」
小声で話す杉目に、高山は片眉をひそめ怪訝そうな顔をした。
「実はな、石巻港に着いた時すでに死んでたかもって運転手が言ってるらしいんだ。弱っていると思って急いで盛岡に来たって」
「うん、ですから酷い船酔いで――」
「だから! 船での輸送時になんかあったんじゃねえかって話だよ!」
東国の八級は、どこの会派も牧場から竜運車のまま苫小牧港で船に乗せられ石巻港まで海路で輸送される。理由としては、もちろん空輸の値段が高いというのもあるのだが、そもそも前橋も盛岡も空港から遠い。それに対し、海運は安価。しかも、苫小牧港は各牧場から近い上に、元々、北国の物流の玄関口で海運が盛ん。
現在、輸送は北国海洋開発という苫小牧の船会社が一手に引き受けている。各生産会派でも船を用意という話が出てはいるのだが、船の維持費、船員の人件費等を考えると、割に合わないという結論に至ってしまっている。しかも北国海洋開発は他にも貨物輸送をしているため輸送費が安く、船自体大型のため竜運車のまま輸送してもらえる。そのため、この会社に委ねるのが安上がりという判断になってしまっている。
「でも、あくまで噂ですよね?」
「生産監査会の事務員が念のため竜の遺伝子調査をしようとしたら、事務長の意向で焼却されちまったんだよ。なんだか怪しいと思わねえか? たしか去年は前橋の『エイユウカイソン』って竜が盗まれてるよな?」
「まさか、その『トモエシマント』も『白浜賞』で人気になりそうな竜だったとか?」
杉目は頷き、「そのまさかだ」と短く言った。
「仮にそれらが組織的な犯罪だとすると、事務長も一味? まさかね。それに八級の竜なんて盗んでどうしようっていうんでしょうね。食肉にしたって固くて不味いって話だし。あ……」
「どうした? なんか心当たりでもあるのか?」
「竜障害? いやあ、でもそんなの普通すぐバレるよなあ」
少し考え、杉目も思わず苦笑いして首を傾げた。
最終的に、この件は少し注視した方が良いだろうと言い合うだけで話は終わった。
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