第27話 橄欖賞
発走からここまでユキノチセ、後続に影を踏ませない走り。
金剛賞同様、大きく引き離して一頭四角を回りました!
ユキノチセ、鞍上柿崎、金剛賞より気持ちよく逃げています!
後続が一気に差を詰める!
クレナイブンチンが猛追!
ヤナギレックウ、鞍上が必死に鞭を見せる!
ニヒキショウキも必死に先頭を追う!
ここから急坂に入ります!
ユキノチセ、ゆっくりと登坂!
その間に後続が一気に詰め寄って来た!
一気に差が縮まる!
坂を上り切ってユキノチセが再加速!
ニヒキショウキ、ヤナギレックウが猛追!
大外一気にユキノラヨチ!
ユキノチセは一杯か!
ニヒキショウキが捕らえたか!
ユキノチセ必死に粘る!
ニヒキショウキ並んだか!
ユキノチセか!
ニヒキショウキか!
今、二頭並んで終着!
ややユキノチセが体勢有利に見えましたがどうでしょうか。
――
「くそっ! 『金剛賞』で同じ事されているのに、なんで誰も鈴を付けに(=逃げを潰しに)行かねぇんだよ! どんな判断してんだよ!」
早くも一着にユキノチセの二番を表示している掲示板を見て、杉目調教師が悪態をついた。
六月の『真珠賞』、七月の『熱波賞』には縁が無く、二か月ぶりの重賞決勝の舞台だった高山。対して杉目は『熱波賞』を勝って順位を二位に押し上げてのここ。勝てば逆転もという状況だったので、悔しさは一入だったのだろう。
「ほんとですよね。うちのは今回四番人気だから、前回みたいにはいかないかなって思ってたんですけどね」
「道中が速かったから、どっかで潰れると高を括ってたんだろうが……それで前回潰れてないんだからさあ。最終予選で一緒になった二頭のヤネ(=騎手)は何をやってるんだよ」
「あれで柿崎も上手いんですよね。実は予選も最終予選も先行策で勝ってきたんですよ。だから脚質を変えたって思ったんじゃないですか」
つまりは作戦勝ち。杉目の憤りは頭の先から煙となって抜け去ってしまった。
「先日、蒔田先生から連絡が来たんだよ。兄弟子の意地を見せてくれよって言われたんだ。この後、絶対に先生から電話かかってるよ。いったい何を言われる事やら」
「俺もちょくちょく連絡貰いますけど、元気でやってるか?とか、困った事は無いか?とか、その程度しか言われませんけどね。まあ、研修行ってた時からあの先生はそんな感じでしたけど」
「それはお前だからだよ。俺の時と違って、先生、お前にはめちゃくちゃ優しかったもんな。ずいぶん俺の時と違うなって思ってたもん。別会派だからな。先生もかなり扱いには困ってたよ。同じ会派だったらってよく言ってたもんな」
「お前が同じ会派だったら」は高山も何度も蒔田調教師の口から直接聞いている。双竜会に移籍しないかと声をかけられた事すらある。やんわりと断りを入れたが。
竜たちが帰ってきて、にわかに検量室は騒がしくなった。
杉目も自分の竜と騎手の所へ向かい、高山も五着に終わった『ラヨチ』と蒲生のところへ向かった。
◇◇◇
翌日、高山は杉目調教師に挨拶に伺った。
応接椅子に座ると杉目はまず蒲生の話を始めた。やはり元騎手としてそこが最も気になるらしい。
「もう少し結果が見えるように何か工夫してやったらどうだ? 今のままだと心が折れまうかもしれんぞ」
「柿崎が全て任せてくれって言ってるんですよ。蒲生が必死にやってるのを見てるから、俺も何とかしてやりたいとは思ってるんですけど……」
「手の出し方がわからないってとこか。呑みには行ってるのか?」
高山が無言で首を横に振る。
「誘ってはいるのですが。結果が出た時に旨い酒を呑むんだって言い張ってて。柿崎も後少しだとは言うんですが……」
「もしかして、蒲生は研修時代に教官に逆らってたんじゃないか? やんちゃな奴に特有の拍のずれみたいなのがあるんだよ」
「ああ、そうらしいですね。稲妻系ばかり贔屓にする教官たちと衝突したって言ってました。……え? 競竜学校の教官が指導にかこつけて変な癖を付けたんですか?」
杉目はそれについて回答は避けた。あくまでそういう噂を良く聞くとだけ答えた。
「そっか、だから柿崎は、治せるし、治し方も知ってると大見得を切ったんですね。つまり騎手の間では有名な症状なんですね。いやあ、競竜学校許せんなあ」
「騎手の教官は元騎手だからな。どうしたら潰せるかも知ってやがるんだろうな。まあ、あくまで噂の範疇とされている事だけど」
「俺が指導しましたって、よくしたり顔で機関紙に出てますけど、騎手からしたら内心穏やかではいられないんでしょうね」
高山が憤りで小さく吐息を漏らす。すると杉目がパンと手を叩いた。
「そうだ。俺から誘ってみてやるよ。呑みに行こうって。俺が誘えば蒲生の奴も断れないだろ。一回瓦斯抜きしねえとな。パンって爆ぜちまうからさ。蒲生のやつは今どこにいるんだ?」
「多分、騎手仲間と食堂だと思います。すみませんね、うちの騎手に気を使っていただいて」
「良いって良いって。俺が単に若い騎手と酒が呑みたいってだけなんだからよ」
杉目は椅子から立ち上がり、主任厩務員に酒場の予約を入れるように指示。主任も慣れたもので、数か所の店を推挙。杉目はその中の一件を指定した。
気丈に振舞ってはいたがやはり蒲生は限界が近かったらしい。酒が入り杉目から色々と声をかけられると、泣き崩れてしまったのだった。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。




