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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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26/35

第26話 優駿杯

まもなく四角に差し掛かり、各竜一団となってまいりました。

ここからが勝負所!

全竜大きく横に広がって最後の直線!

ポンと飛び出したのはサイゴッペ!

サイゴッペ伸びる!

内、タケノコウモク、外、クレナイキンチャクの脚色が良い!

だがまだ全竜一塊!

一斉に坂に差し掛かります!

濡れて脚抜きの良い坂を竜たちが駆け上がって行きます!

サイゴッペは苦しいか!

タケノコウモク、クレナイキンチャクが追いすがる!

長い坂を上り切り、残りわずか!

サイゴッペがもう一伸び!

大外一気にユキノトノト!

サイゴッペが粘る!

ユキノトノトが追う!

ユキノトノトが捕らえたか!

ユキノトノト並んだか!

サイゴッペも粘る!

二頭並んで終着!

ここからではどちらかはわかりません!

非常に微妙な勝負となりました!

――



 十七頭立て最低人気『サイゴッペ』の激走に、観客席は騒然となってしまっている。

 予選を三位で突破、最終予選も最低人気で三位突破。今回も堂々の最低人気だった『サイゴッペ』。五月中旬から非常に雨の日が多く、まるでその雨を吸って成長でもしているかのように調子を上げてきていた。

 恐らくは『重の鬼』。高山もそう感じていて、柿崎にあの竜が危ないかもしれないと忠告はしていた。だが、柿崎の顔は半信半疑という感じであった。


 全竜が検量室に戻って来た。未だに一位と二位は写真判定のまま。着差だけがハナと表示されている。


「もし『サイゴッペ』が勝ったら、『優駿杯』初の最低人気の竜の勝利」という声が記者たちから聞こえてきた。

 雨足がさらに強くなってきたらしく、観客席のお客様が室内に逃げ出している光景が検量室の映像に映る。


「安見先生。どっちに見えます?」


「うちと言いたいとこだけど、正直画面だけじゃよくわからんね。高山君はどう見えてるの?」


「うちと言いたいところですけど、体勢的に正直残られた気がしています」


 敗戦の可能性を口にする高山に、思わず安見の顔が綻ぶ。


「『優駿杯』は八級の華だからね。最後にそこでこんな結果が残せて、良い花道になったよ」


「聞きましたよ。竜障害に行くそうですね。『優駿杯』でこの結果が出せるなら、このまま呂級を目指した方が会派としても嬉しかったりしないんですか?」


「競竜師は挑戦の心を失ってはならん。これは俺の師が生前俺に口酸っぱく言ってた事だよ。これは逃げるんじゃない。新たな挑戦なんだよ」


 安見がそう言い切ったところで係員が現れ、着順掲示板に数字を書き記した。観客席からドッという大歓声が沸き起こる。


 高山が右手を差し出した。


「安見先生、『優駿杯』制覇おめでとうございます」


「ありがとう! なんとか優勝杯を本社に送る事ができてほっとしてるよ。高山君も昇級まだあと一歩だよね。さすがはその若さで薄雪会の筆頭調教師になるだけの事はある。大したもんだ」


 すると安見はパンと手を叩いた。


「そうだ! 明日、君の厩舎に伺わせてもらうよ。ちょっと頼みたい事があるんだ」


 ◇◇◇


 安見がやってきたのは、翌日でも夕方近くであった。どう考えても、この後一緒に呑みに行こうと言っているかのような時間である。


 やってきたのは安見と、安見を若くして丸顔にしたような男性。二人仲良く応接椅子に腰かけ、同時に出された茶をすすった。


「実はね、高山君。頼みたい事というのは、この息子の芳勝の事なんだ。君の所で鍛えて、ゆくゆくは調教師に仕立ててもらえないだろうか。話をしたら息子も乗り気でね」


「笑流会の調教師を、系列でもなんでも無い薄雪会の調教師の俺が育てるんですか? さすがに、それはちょっと筋が通らないんじゃないでしょうか?」


「筆頭調教師はもう別の奴に渡したから、俺自身は身軽なもんだよ。息子がどこの会派の調教師になろうと、最早知った事じゃない。もし会派から何か言われるようなら、竜障害に行く時に息子とは袂を別ったって言うだけだ」


 どうだと言わんばかりにしたり顔をする安見を、高山が呆れ顔で見る。


「新たな筆頭調教師からは何も言われなかったんですか? 嫌ですよ、俺と薄雪会が笑流会さんから恨まれるのは」


「そんな気概があるんだったら、会派順位最下位に落っこちてなんかいねえよ。良い竜を預けてくれないから辞めると調教師たちが抗議しても、へらへら笑ってるような会派だから、こんな事になっちまってるんだよ」


 安見の一言で、笑流会低迷の一端が何となく垣間見えてしまったような気がして、高山は何ともやるせない気持ちになってしまった。


「こんな事聞いて良いのかどうかわかりませんけど、笑流会さんはどこかの系列に入るっていう話は無いんですか?」


「とんと聞かねえな。系列に入るったって、系列の方から欲しいって思われないとな。そういう意味では赤根会さんは上手い事やったよな。孫娘を次期会長に嫁がせるなんてさ。うちにはそんな駒すらいやしねえ」


 そう言って安見が大笑いすると、息子の芳勝も大笑い。


「山吹会さんや渓谷会さんみたいに、今も独立を保ってる会派ってありますよね? そことの連携なんて話も無いんですか?」


「そこそこ長い事、筆頭調教師をやってたけど、そんな話、聞いた事ねえな。そもそも、少しでもそんなのが聞こえてたら、俺だって新天地を目指そうなんて思わなかったよ」


 すると急に安見が深々と頭を下げてきた。さらに芳勝も同じように頭を下げた。


「そういう事だから会派の事は気にしないで良い。開業する時の事も全て高山君に任せる。息子を、どうかよろしくおねがいします」


「わかりました。わかりましたよ。頭を上げてくださいよ」


「おお! じゃあ早速明日にでも転厩の手続き出すから。それとこの後、石川さん誘って呑みに行こう。今日は俺が奢るからさ」


 安見は良い笑顔で高山の腕をぽんと叩いた。

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