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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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第25話 金剛賞

一頭先を行くユキノチセに後続が詰めかけてまいりました。

ユキノチセが先に四角を回り、遅れて他十四頭がそれを追う形で四角へ!

最後の直線!

ユキノチセが加速、再度後続を突き放す!

果たしてこの差はどうなのか!

後続必死にユキノチセを追う!

ニヒキショウキ、クレナイブンチン、内と外から猛追!

ここから長い坂に入ります!

さすがにユキノチセは一杯か!

ユキノチセ急失速!

ニヒキショウキ、クレナイブンチンがぐんぐんと差を詰める!

さらに大外からヤナギレックウ、ユキノラヨチが上がって来る!

ユキノチセ、坂を上り切り、鞍上柿崎が再度手綱をしごく!

ニヒキショウキ、クレナイブンチンも坂を上り切った!

ヤナギレックウ、ユキノラヨチも脚色が良い!

まだ先頭はユキノチセ!

後続との差がじりじりと縮まっていく!

直線残りわずか!

ユキノチセ、しのげるか!

大外一気にユキノラヨチ!

ユキノチセが粘る!

ユキノチセが粘る!

ユキノチセ、今終着!

ユキノチセ見事一人旅!

――



「いやはや、無尽蔵の持久力だな。どうやったらあんな持久力が付くんだよ」


 そう言って一人の調教師が声をかけて来た。顔は非常に精悍で、鋭い眼光と細い眼鏡が威圧感を感じる。


杉目すぎめさんの『ショウキ』が強いと思ったから、ちょっと奇をてらってみたんですよ。杉目さんは絶対にああいう尖った調教はしないですからね」


「俺はお前と違って蒔田先生の教えをちゃんと守ってやってるんだよ。蒔田先生、今のを見たらひっくり返るぞ」


「俺だって、ちゃんと教えを守ってやってますよ。ただ、ちょっと自分の色を出しているってだけで」


 「ああ言えばこう言う」と杉目はぶつぶつと言いながら呆れ顔で高山を見ている。


 目の前の杉目調教師は蒔田厩舎の副調教師をしていた人物で、高山が研修に行った際、開業前の実地研修として蒔田厩舎に来ていた。一月に『柘榴ざくろ賞』を制しており、現在東国三位に付けている。


「去年六位でギリギリ上がれなかったみたいですけど、今年は行けそうじゃないですか」


「それを首位のお前が言ったら嫌味になるとは考えないのか? しかも俺はお前より三年早く開業してるんだぞ」


「会派の支援の厚さが違うからじゃないですか。調教技術では杉目さんの方が上ですよ。正面からじゃ敵わないから、こっちは搦め手から攻めてるんです」


 杉目と話をしていると、続々と競争を終えた竜が帰って来た。

 その中に『ユキノラヨチ』に乗った蒲生がいる。蒲生は完全に今回勝てると思っていたようで、少し虚ろな目になってしまっている。

 その雰囲気で何かを察したのだろう。杉目が蒲生に声をかけた。


「お前さん、磨けば良い腕をしてそうなのに、ずいぶんと粗削りのままなんだな。高山はそういう所、何も言わないのか?」


「実は、これでも年初から柿崎さんに毎日しごかれてるんです。ですけど、全然成果が出なくって……」


「年初からって、まだ四か月じゃねえか。そう簡単にその粗削りが治るわけねえだろ。焦るな焦るな。それと柿崎とお前では型が違うから、なるべく自分を見失うんじゃねえぞ。悩んだら盛岡の俺のとこに連絡して来い」


 陰鬱に「ありがとうございます」と礼を言い、蒲生は検量に向かった。


「見た感じ、もう一枚殻を破れればってとこなんだけどな。あの感じだと少しかかるかもしれねえな」


「杉目さん、そういうのわかるんですね。俺、正直全然わかんなくって。柿崎に言われて、主任に言われて、初めてそういうもんなんだって」


「俺はこう見えて元騎手だからな。うちの専属の田原も最初酷くてな。仁級時代に竜鍛える傍らで一から指導したんだよ。おかげで後輩のお前に見事に追いつかれちまったがな」


 若干バツの悪そうな顔をした高山を杉目は鼻で笑った。


「おし、この後呑みに行こうな。店の予約頼んだぞ。飲み代は割り勘な」


「え、先輩の驕りじゃないんですか?」


「そういう時だけ先輩って呼ぶんじゃねえ!」


 杉目がくるりと踵を返して高山に背を向けると、『ユキノチセ』と柿崎が検量室に戻って来た。


 ◇◇◇


 翌月、本来であれば優駿月間で盛り上がるはずの新聞が、全く別の事で盛り上がっていた。『竜障害』の開催が、新たに設立された瑞穂竜障害協会から発表されたのである。


 竜障害は八級の競争の延長にあるような競技で、土で固められたぐにゃぐにゃとした競技場を何周も回ってその順位を競う競技らしい。途中には土塁や竹柵などが作られ、それを上り下りし、柵を飛び越えという感じで何周もするのだとか。

 正式開催は二年後を予定しているが、騎手と調教師が必要な競技のため、現在競竜で活躍している現役の方に声をかけ移籍をしていただこうと思っていると、会長は述べたのだそうだ。


 さっそく石川調教師が厩舎にやってきてその話を始めた。


「ちょっと前に笑流会の安見から聞いたんだ。あいつ竜障害に行くんだって。専属騎手の多米も一緒にだ。他にも何人か名前を聞いたよ。一年は研修期間らしくてな。今年一杯で競竜は引退なんだそうだ」


「へえ。安見さんが。でもあの人、筆頭調教師ですよね? ずいぶんとまた思い切ったものですね。普通に重賞の決勝に残るんだから、そのまま呂級を目指せば良いのに。その方が笑流会も助かるでしょうにね」


「あそこの会派はもしかしたら競竜より竜障害に軸足を移しちまうのかもな。盛り上がり次第ではそういう選択肢も出てくるだろ」


 新聞を手に取って、該当の記事に目を落とす。

 一周は千百間(約二千メートル)、それを何周か行う耐久競争と書かれている。途中で必ず竜の交換をせねばならず、それも駆け引きの一つなのだとか。


「で、石川先生も行くんですか?」


「行くわけねぇだろ! この年になって厩舎解散してまで挑戦するような事じゃねぇよ」


 確かにと一旦は笑った高山であったが、何か心の奥に引っかかるものを感じていた。

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