第24話 桜花杯
各竜が差を詰め、一団となって四角に向かいます。
四角回って直線に入りました!
先頭はロクモンマエダテ!
タケノコウモクも伸びて来る!
ジョウキャハンはまだ後方!
ここから盛岡名物の急坂に入ります!
ジョウキャハンが一気に上がって来た!
ジョウキャハン剛脚!
ぐんぐん坂を上り外を上がって来る!
ロクモンマエダテ、タケノコウモクが坂を上り切って急加速!
ジョウハンゴウ、この差はどうか!
内から一気にユキノトノト!
ロクモンマエダテ、タケノコウモク先頭で猛然と叩き合い!
ジョウハンゴウが追いすがる!
残りわずか!
ロクモンマエダテか!
タケノコウモクか!
二頭並んで終着!
白浜賞勝ち竜ジョウハンゴウ、届かず!
――
「すみません。位置取りが後ろ過ぎました……」
「ここは俺たちの地元じゃないか! いつも走ってるんだからわかるだろ! 何やってるんだよ!」
「ほんとに申し訳ありませんでした……」
そんな八木の怒声が隣から聞こえて来た。
チラリと隣を確認した高山に、柿崎が鼻を鳴らす。
「八木先生、荒れてますね。まあ仕方ないですかね。断然一番人気、それも遠征で『白浜賞』勝った竜なんですから」
「勝負は時の運なんだから、あんなに怒らなくてもねえ」
「二月連続で勝てると思ってた重賞を落としたから、苛々が溜まってるんじゃないですかね」
再度ちらりと様子を見ると、八木はガックリと肩を落として、竜の首筋を撫でていた。
◇◇◇
翌日、前橋に帰る前に、挨拶をしておこうと八木厩舎を訪ねた。
「こんな事、他所の会派の人に言うような事じゃ無いんだけどさ、うちの牧場はどうかしてるよ。いやね、短距離志向は悪くないと思うんだよ。でも、いくらなんでも早熟性が強すぎなんだよ」
主任の出してくれた珈琲に口を付ける前に、いきなり八木が愚痴を零した。
両の拳をぎゅっと握りしめ、今にも暴発しそうな怒りをぐっと内に閉じ込めた。
「あれじゃあ古竜戦は戦えないよ。『白浜賞』と『桜花杯』に稲妻牧場の竜が殺到しちゃって、『優駿杯』からはもう成長は下降気味。『桜花杯』が終わちまったら、その年の成績が垣間見えちまうんだよ」
「うちは真逆なので、それはそれで俺も牧場に苦情は言いましたけど。稲妻さんの方もそんな風なんですね」
「パデューク系は素晴らしいよ。それは俺も認める。だけど、それ一本ってのはな。雷雲会も新しい会長の下で建て直しに四苦八苦しているようだけど、これじゃあしばらく低迷が続いちまうかもなあ」
珈琲をひと啜りし、気持ちを落ち着けた八木は後方に張られた『緑地に四つ盛り白花』の会旗を見て、小さく首を横に振った。
「低迷って。俺は稲妻さんはそこまで変わってない気がするんですけどね。ただ単に紅花会が大躍進を遂げたというだけで。せいぜい武田先生の引退が響いてるくらいで」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、うちの系列、何年か前に久留米で逮捕者が出てるんだよね。どうも、何か勘違いしてる奴が変な事をしてるんじゃないかって気がしてしまってね」
「まさか何か変な噂でも聞いているんですか?」
すると八木は少し身を乗り出して、小声で「実はそのまさかなんだ」と言い出した。
「高山君、先日『エイユウカイソン』って竜が輸送中に盗難にあったって話を聞かなかったかい?」
「ああ、聞きました。多賀城港から前橋に輸送する途中で盗難に遭ったって。条件戦をかなり強い勝ち方した竜でしたから、『桜花杯』でも人気になるんじゃないかって噂されてた竜だったんですよね」
「実はね、似たような事が三年前にも起きてるんだよ。それで組織的な犯行だったりしないのかって噂されてるらしいんだ」
そこまで話すと、八木は背もたれにもたれかかった。
「で、なんでその件を八木さんが心配してるんです? まさか、それを稲妻さんがやってると思ってるんですか?」
「俺だって思いたくはないよ。だけどさ、その結果『桜花杯』は一番人気から四番人気まで稲妻の竜で占めたわけじゃんか。結果も一着から三着まで稲妻の竜で。もしあの竜が出ていたらって思うとね」
「邪魔者を排除したと?」
八木は極めて深刻そうな顔でうなづいた。高山の表情も口元が若干引きつっている。
「まさか、そんな。そう考えるような根拠でもあるんですか?」
「三年前に盗難に遭った竜は山吹会の竜だったんだけど、その竜も『白浜賞』で人気になりそうな竜だったんだよ。新竜戦勝って、短期放牧しようとしたらいきなり」
たしかに二件の共通点を考えれば、八木の杞憂もわからないでもない。そう考えたら筋が通ってしまう気がしてしまう。
「高山君も輸送の際は十分気を付けるように輸送の会社に言った方が良いよ。特に短距離戦に出る竜の時にね」
「ああ、先日の『ペンケ』ですけど、結局あれで引退になりました。早急に繫殖入りさせたいんですって。俺は『真珠賞』終わってからって言ったんですけどね。それじゃあ種付けに間に合わんって。まだ公表してないですから記者に漏らしたらダメですよ」
「そっか。俺も気にしてたのはあの竜の事だったから、引退するんなら大丈夫かな。一応、早急に発表だけはしておいた方が良いと思うよ」
飲んでいた珈琲を静かに机に置くと、八木はじっくりと高山の顔を観察し始めた。
「来月『金剛賞』勝てれば昇級もかなりまで決まるね。どうなの? その辺は?」
「勝負は時の運ですから、何とも言い難いですけど、駒は揃ってると思っています」
「そっか。じゃあ来年は幕府か。健闘を祈ってるよ」
そう言って八木は右手を差し出した。
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