第22話 目標
「あの……断るという選択肢は?」
「相談役から直々のお達しです。会長の俺にはどうする事もできません。今日相談役がいらしてますから、不満でしたら後で直接おっしゃってください」
成田と高山が無言で見つめ合う。
どちらも顔は作り笑顔。そんな二人から遠山と大道寺は顔を背けている。
「まあ、その話は一先ず置いておいて、話を元に戻されてもらうんですけど、梁田さんってその後どうなったんですか? 警察に逮捕されたところまでは知ってますけど」
「そうやって話題を反らそうとしてもダメですよ。相談役からうんと言うまで説得しろって言われてるんですから」
成田の発言に高山が少し不愉快そうな顔をしたのを遠山は見逃さなかった。成田の腕に手を当て自制を促す。
「まだ警察の捜査の途中なので、全てはわかっていませんけど、その件の何が知りたいんです? 買収していた範囲とかですか? それとも金の出所ですか?」
「一番知りたいのは動機ですかね。うちの足を引っ張ってもあの人に何か得があったように思えないんですよ。もしかしたら、あの人の独断じゃなく、何か背後に大きな組織があるんじゃないかって気がしているんです」
「まだ全貌がわかっておらず、ちょっと答え難いですが、本人は、高山先生に筆頭調教師の座を奪われそうになって焦っていたと供述しているらしいです」
ようはまだよくわかっていないという事なのだろう。
だが、今しがた遠山は『金の出所』という言い方をした。それは梁田が買収に使っていたお金が、どこか別の所から出ていた可能性があるという事になる。
「先生、その件がもっと知りたいのでしたら、ぜひ筆頭調教師になる事をお勧めします。筆頭調教師は会派の役員ですから、我々も極秘の話がしやすくなりますから」
「わかりました。わかりましたよ。やりますよ」
高山が観念すると、成田と遠山はニコニコ顔で手をパチンと合わせた。
◇◇◇
邪気払いの翌週、高山は小田原にある薄雪会の本社へと向かった。その数日前に『ペンケ』が予選を圧勝しており、かなり『金盃』制覇に期待がかかっている状態での訪問であった。
受付にて来社を告げると、案内されたのは会長室では無く相談役の執務室。まずは相談役が二人だけで話がしたいという事なのだろう。
扉を開けると、北条登紀相談役が絨毯の上に畳を敷き、茶道の用意をして待っていたのだった。
「『金盃』で忙しいでしょうに、筆頭就任の挨拶に小田原まで来てもらっちゃって悪いわねえ」
「いえ。今週は競争がありませんから、ちょうど良かったですよ。『ペンケ』も順調そのものですしね」
「そう。それは重畳」
忙しなく茶筅を動かしていた北条が、ぴたりと手を止め、雫を落として茶碗を高山に差し出した。
その所作一つ一つは実に優雅。とても八十歳を過ぎたとは思えない艶やかさを感じる。
「聞きましたよ。あの竜、ペヨーテで買ったんですってね。私が貰うと言ったら断られてしまったんですよ。ペヨーテまでの旅費と宿泊費、おまけに飲み代まで出してやったというに。酷いと思いません?」
「そうだったんですね。なるほど、財布を持たせてもらったから、会長たち、やたらと呑もうって言ってきてたんですね。ところで、去年相談役の竜が預けられませんでしたけど、竜主はやめてしまわれるんですか?」
「まさかあ。呂級を買うためにお金を貯めているだけですよ」
すると北条は急に頭を下げた。高山は驚き、慌ててお茶碗を置いて頭を上げるように求めた。
「同期の二人と一緒に呂級に上げてあげたかったのですけど、あんな事になってしまって。本当にごめんなさいね」
「そんな事。気にしないでくださいよ。そもそも、去年は駒がちゃんと揃ってませんでしたから。別に一年遅れたからどうのって話じゃないですよ。最終目標を考えれば、ちょっと位置取りが後ろになったという程度の話です」
にっこり微笑み茶菓子を口にする高山の姿に、北条も頬をほころばせる。
「最終目標ってどこに置いているの? 伊級昇級? それとももっと上かしら」
「目標自体はいくつもあるんです。もちろん直近は伊級昇級です。ですけど、実は土肥で研修してた時から抱いている、とてつもなく大きな最終目標があるんですよね」
子供のように目を輝かせる高山を、北条は孫にでも接するような慈愛に満ちた顔で見つめる。
「どんなものか聞かせていただく事はできるかしら?」
「笑わないでくださいよ。『岡部師の竜を重賞の決勝で負かす事』です! 同期の内田の調教を見てわかりました。あの人は確かに『競竜の神』と呼ばれるにふさわしい人です。だから、あの人の竜を負かしたいんですよ」
北条は真顔で高山を見つめ、静かに何度も頷いた。
「そうですか。あの方の竜をねえ。確かにそれはとてつもなく大きな目標ね。私も『雛祭り騒乱』の時に知己を得ましたけど、確かにあの方は天才です。それも調教以外にも多方面に才が発揮できる類の天才ですよ」
「研修の時に何度も内田から話は聞きました。止級輸送の話なんかも。しかも、昨年はついに世界制覇です。一日毎に遠い存在になってしまっている。俺はあの人に追い付き、嘴爪差で良いから差したいんです」
壁にかけられた大きな薄雪会の会旗に北条は視線を移した。会派名の元となっている白い九枚花をじっと見つめる。
「そのためには、私たちの支えが大変重要になってくるでしょうね。その昔、梁田隆助先生を、義父である賢氏会長と亡き夫が全力で支えたように」
北条は再度高山に視線を戻し、大きく頷いた。
「私の目が黒いうちは、誰にも文句は言わせません。どんな事でも良い、会派に要望を出してください。あの子には、会長としてその全てに応えるようにと言い含めておきます。薄雪会をどうかお見捨て無きよう、よろしくお願いします」
そう言って北条は、両手の指を膝前で合わせ頭を下げた。
「こちらこそ。壮大な夢の実現のため、御助力をよろしくお願いします」
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