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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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第21話 邪気払い

 年が明け四日、瑞穂国内が正月休暇を終え始動し始める日に、一人の騎手が高山厩舎を訪れた。名は柿崎智家。いかにも騎手という感じで背が低く細身だが、服の間からのぞく筋肉は盛り上がっており、この一年、騎乗が貰えなくとも克己的に鍛えてきたであろう事が容易に想像できる。


「あの、どうしてうちに?」


「高山先生たちは、岡部先生たち『五伯楽』の再来と噂される先生ですからね。その先生に契約騎手がいないとなったら、それはその椅子は早い者勝ちって考えるってものでしょう」


 ニカッと向けられたその笑顔は、実に爽やかで屈託の無いものであった。


「でも、宍戸厩舎が解散になってから今日まで、その鞭一本でやってきたんですよね?」


「契約が貰えないから仕方無くですよ。変な妥協もしたく無かったですし。ここと決めた厩舎が見つかったら契約をと前々から思っていたんです」


「だけど、俺は専属を大切にしていきたいんですよ。仮に契約したとしても、あまり騎乗依頼は出せないかもしれませんよ?」


 その一言で柿崎はそれまでの笑顔の仮面を少しだけ外した。


「先生、俺は騎手として開業してから、毎年競竜学校の実習競走は見ています。先生は他の調教師候補とは明らかに腕が違う。そんな先生が専属騎手の未熟さで星を取りこぼすなんて事、あってはならないと俺は考えるんですよ」


「取りこぼしても、徐々に成長してくれれば、いずれはうちの厩舎の最大の武器になると俺は思ってます」


「徐々にじゃなく、俺が鍛えるって言ってるんですよ、先生。俺に任せてくれって。蒲生が伸び悩んでるのは先生だって気付いてるんでしょ。俺はその原因に心当たりがあるんです」


 言い終えた後で、柿崎はもう一度笑顔の仮面を付けた。


 高山は無言で頷き、執務机から一枚の紙を取り出し、柿崎に向けて差し出した。その書面には「騎乗契約書」の文字が躍っている。


「今年うちは八級を抜けようと思ってます。その為の駒は少ないながらも揃ったはず。まずは来月の『金盃』。そこで乗ってみてもらうから結果を見せてください。結果次第でこれに名前を書いてもらおうと思います」


 柿崎は一際良い笑顔を向け、右拳を左手に当て「御意!」と短く答えた。


 ◇◇◇


 一月が終わり厩舎で新年会を行うと、その数日後に会派本社から一通の通達が届いた。

『邪気払いのお知らせ』

 書面にはそう書かれている。


 決起会だったり、花見だったり、七夕だったり、月見だったり、忘年会だったりと、会派によって様々だとは聞いているのだが、どの会派も毎年調教師を集めて懇親会を開いている。薄雪会では毎年二月に節分の豆まきを行っている。


 一旦小田原の大宿に集合し、輸送車で川崎大師へ行き、そこで豆まきを行う。それが終わった後でまた小田原の大宿に戻って宴会となる。随員は一名で、豆まきは調教師だけが行うため、その間大宿で歓談している。


 高山は毎回随員に厩務員から一人を連れて行っている。初年度はまだ開業前だったので蒲生を連れて行った。二年目は倉賀野、八級初年度は豊島、そして昨年は平林。今年は伊佐治を連れて行くはずであった。

 ところがその前にご指名が来てしまった。


「随員なんて誰でも良いんだから、時雨ちゃんを連れて来い。その方が皆喜ぶんだから」


 石川先生の助平心の溢れた発言に、高山は開いた口が塞がらなかった。たまたまそこに師岡がやってきて、会派の宴会に行こうと石川が誘いをかけた。


「え! 飲み放題、食べ放題なんですか! 行きます! 行きたいです!」


「いや、周りは皆こういう助平なおっさんばかりだよ。やめた方が……」


「えぇぇ! でも、飲み放題なんですよね? 先生、連れて行ってくださいよ!」


 「誰が助平なおっさんだ!」という石川の抗議を無視し、師岡を説得したのだがあえなく失敗。結局師岡を連れて行く事になってしまったのだった。



 師岡は昨年まで大学生で、短期就労で来てくれていた。昨年末で大学を卒業し、今年から正式に高山厩舎で厩務員として働いてくれる事になった。


 生き物を扱う仕事だからと、普段は極力化粧はしないし、匂いの付くような香水などはしないようにしている。それでも目鼻立ちがすっきりしていて、かなりの美形ではある。それが薄化粧ながら化粧をし、いつもの動きやすい恰好では無く、ちゃんとした余所行きの恰好をして来た。そのせいで、大宿の受付で早くも話題となって、助平なおじさんたちに取り囲まれてしまっていた。もちろん、その中の一人は石川先生。


 助けて欲しそうな目で師岡がチラチラと高山の方を見て来ているが、俺は事前に止めたはずと、見て見ぬふりをしている。

 そもそも高山は妻子持ち。石川厩舎の厩務員だった時代に大学の後輩と結婚している。幼稚園年少の娘もいる。なので、師岡に対し特別な感情というものは一切抱いていない。高山は清楚な女性を好んでおり、そもそも師岡は好みな感じですら無い。


 受付を済ませ、ちやほやされている師岡を放置して、同じ八級の調教師と歓談していると、大宿の係員がやって来た。

 会長が別室でお待ちなのだそうで、案内されるがままに小会議室へと向かう事に。扉を開けると、そこには成田会長と筆頭秘書の遠山、それと競竜部の大道寺部長が座ってた。


 遠山から椅子に座るように促されたのだが、向こうは横に三人並んで、こちらは対面に一人。採用面接のようで何とも言えない緊張感を覚える。


「梁田の件は、大変ご迷惑をおかけいたしました。あれから色々とこちらでも調査を行い、色々と酷い実態が浮き彫りになりましたよ。表には出してませんけど、金銭授受も発覚していましてね。当該社員は警察に引き渡し、社内規定で解雇いたしました」


「まあ、そうでしょうね。うちの厩務員も買収されていたんですから、本社にも当然そういう事はしていたでしょうね」


 そこまで話すと大道寺は、次は会長の番だという感じで成田に目配せした。若干その時点で高山は悪い予感がしていた。


「それでですね、今日の懇親会で一つ大きな発表をしたいと思っているんです。高山先生、先生に梁田の代りにうちの筆頭調教師をお願いしたいんです。受けていただけますね?」

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