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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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第20話 忘年会

 十一月に月が替わり、流れて来る風が徐々にひんやりとしてきている。

 十一月はどの級も新竜重賞の季節。高山厩舎も『トノト』を『白浜賞』に挑戦させる予定となっている。


 『トノト』は薄雪会の竜にしては珍しく、『白浜賞』より前の新竜戦を勝った事が話題となっていた。ただ、高山としては早熟性がそこまで高くは無く、しかも本質的には中距離竜だと感じている。予選は圧勝であったが、最終予選は二着で辛うじて決勝に残ったという状態。決勝では直線で先頭集団に付いて行けず十六頭中の九着であった。



 翌月、一年最後の締めくくりは、大賞典である古竜長距離戦『砂王賞』。

 残念ながら『ラヨチ』はまだ条件戦に出走しており、挑戦できるのは『チセ』のみ。


 『チセ』は非常に良い竜ではあるのだが、できればもう少しだけ鍛えないと古竜の一線級には太刀打ちできないだろうと高山は感じている。

 予選は問題無く勝利、だが、最終予選は勝つには勝ったが四頭横一線の中での一着という感じ。

 決勝では最後の直線で、坂を苦にせず良く伸び、五着入線。


 こうして、大荒れであった八級二年目はひっそりと幕を閉じた。



 『砂王賞』の翌日、居酒屋『青だるま』で厩舎の忘年会が行われた。

 石川厩舎は二週前に早々と開催されているが、高山厩舎は『砂王賞』の結果でという事になっていた。


 この日の朝刊に、確定した八級の賞金順位が掲載されていた。高山厩舎は三か月の謹慎が響き、昨年よりは順位は上ではあるものの、ちょうど真ん中くらい。それよりも高山の目に止まったのは西国の順位。首位が内田、二位が内ケ島。同期の俊英はきっちりと二年での呂級昇級を果たしていた。


「先生、ここで聞くのも何なんですが、例の件は考えてくれましたか?」


 周囲が盛り上がっている中、倉賀野主任が話を繰り出してきた。何の話ですかと、豊島が話に入ってくる。


「いやあ、まだ決めかねてるんですよね。石川先生の言う事もわかるんだけど、今の状態でそこまで問題があるようには感じてないんですよ」


「でも、石川先生言ってましたよね。呂級に行ったら絶対に躓く事になるって。多くの有能な調教師がそれで呂級で足踏みしたんだって」


 二人の会話を聞いていた豊島は、高山が悩んでいる事に気付いていたようで、麦酒の瓶を向けて来た。


「もしかして、蒲生君の事ですか?」


 高山と倉賀野が無言で首を縦にする。


「俺もね、ここ前橋に来てから、ずっとその事は気になっていたんですよ。彼、伸び悩んでますよね」


「豊島さんからもそう見えるんだ。そっかあ。実はね、石川先生から、別の騎手と契約して蒲生を鍛えて貰えって言われたんですよ。今のままだと、どこかで限界を迎えちゃうって」


「俺もそう感じてました。何と言うか、仁級時代に比べて闘争心みたいなものが欠けている気がするんですよね」


 ここまでひそひそと話しており、大盛り上がりになっている他の厩務員たちには恐らく声は聞こえてはいないだろう。

 倉賀野がちらりと蒲生を見て吐息を漏らす。それを見て高山が首を横に振った。


「石川先生はね、あの岡部先生が呂級を二年で上がれなかったのは、専属一本でやってきたからだって言うんですよ。逆に香坂と契約した大須賀先生は二年昇級しているって」


「亡くなった服部騎手が呂級で絶不調になったのは有名な話ですもんね」


「内田も岡部先生から、最初から別の騎手と契約しておけって言われて長野騎手と契約したって言ってたんですよね。岡部先生が愛弟子にそう言うくらいなんだから、重要な事だってのはわかるんですが……」


 小さくため息を付き、高山はコップに残った麦酒を飲み干した。そこに豊島が瓶を傾ける。


「石川先生は誰って具体的な名前は挙げてきているんですか?」


「仁級で専属の厩舎が解散してからずっと、自由騎手で騎乗を貰って呂級まで行った騎手がいるんだって。呂級までは行ったものの、そこでぱったりと騎乗が貰えなくなって、で、来年八級に戻って来るんだって」


「その人に声をかけてみろって言ってるんですか?」


 高山と倉賀野が顔を見合わせ、二人で何やら恥ずかしそうな顔をする。


「先日、先生のとこに、その騎手から直接連絡がきたんですよ。自分と契約してくれないかって。俺は良い話だって言ったんですけど、先生悩んでるから、じゃあ石川先生に相談してみたらって言ったんです」


「なるほど、そういう経緯の話ですか。二人の感じからすると、蒲生君はこの事全然知らないんですよね」


 倉賀野が無言で頷く。

 高山が目の前の冷めた焼き鳥を手にして無言で一切れ口に入れた。そんな高山に豊島が串入れを渡す。


「最終的にどうするかは、もちろん先生の決断次第ですけど、俺も今のままだと、どこかで停滞を余儀なくされる気がしますね。そうなってから対応するか、今のうちに手を打っておくか、そういう話じゃないかって俺は思います」


「なるほどね。豊島さんまでそう言うって事は、恐らくは悩むような事じゃないって事なんだろうな。とりあえず、年明け早々に会ってみるかあ」


 呟くように言って、高山がじっと蒲生を見つめる。その高山の視線を感じたようで、蒲生は首を傾げた。だが、気にせず平林助手、新人の師岡ちゃんと楽しく騒ぎ始めた。


 最後に締めの挨拶をして忘年会は終了した。



 店を出た瞬間に赤城おろしが高山を襲い、自然と体を震わせた。夜空には斜めに三つ並んだ星が瞬いている。


”あそこに輝く三連星わかるか? あれは俺たちや。この三人で、伊級まで駆け上がろうな。ほんで、三人で一緒に伊級の重賞の舞台に上がろうやんか”


 競竜学校で最後の実習競争が行われた翌日の夜、寮の窓から内ケ島がそう言って夜空を指差した事をふいに思い出した。 

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