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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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第2話 式典

 年末の『大栄冠』の決勝の翌週、高山は電車に乗って小田原駅から幕府に向かった。

 先週でその年の競争は全て終了。その表彰式が幕府にある瑞穂競竜執行会の本部にて行われる。その表彰式に参加するためである。


 場所は幕府駅からかなり南に行った品川駅というところ。

 駅の改札を出ると、本部までの道にずらりと執行会の職員が並んでいた。聞いた話によると、五年ほど前、この表彰式を取材しようとした記者が調教師と大乱闘になった事があるらしい。それに執行会の会長が激怒。そこから毎年こうして職員に記者を見張らせているのだとか。八級と呂級の先生だと職員の護衛まで付くらしく、改札口でそれらしき屈強そうな職員の姿を見かけた。


 だが、どうやら仁級の調教師にはそんな待遇は無いらしい。そうは言っても、『執行会』という腕章を付けた人にこうして並んでもらっている光景は、何となく花道を歩いているかのように感じ、少し気分の良いものがある。


 随分と縦に長い建物だ。

 執行会本部を前に高山は立ち止まって見上げている。そこにぽんと肩を叩く者がいた。


「よっ! 久しぶりやな、高山くん。東国首位なんやってな。さすがは同期の一番星や」


 振り返ると、三十代も後半に差し掛かろうという男性が立っていた。

 髪がかなり酷い癖毛でまるで鳥の巣のよう。だが目鼻立ちがはっきりしており、少し瑞穂人離れした顔をしている。これで背が高く四肢が長かったら外国人と間違えられるかもしれない。


「おお、内ケ島くん! 久しぶり! 土肥の研修の卒業式以来だね。君だって西国二位じゃんか。で、どうだったの、西国は?」


「俺は師匠が呂級なんやけど、仁級ってあないに柄の悪いとこなんやな。朝来たら買い置きの餌盗まれてるとか、しょっちゅうやったわ。もう二度と戻りたないな。君とこはどうやったん?」


「こっちも酷かったよ。調教に行く時、戸締りをちゃんとしておかないと『ご自由にお取りください』って言ってるようなもんだった。雨が降るとさ、絶対に傘が盗まれるんだよ。こっちだって濡れたくないから傘持って来てるのに」


 二度と戻りたくないと言って、二人は笑いながら本部の門をくぐった。


 高山、内ケ島、二人並んで執行会本部の受付に向かい、促されるままに昇降機で控室に向かう。すると、こちらに向かって大きく手を振る男がいた。その横には三人の男性が侍っている。一人はつるつるした頭髪から一発でわかる。下間調教師である。


「おい、西国首位の男が嬉しそうに手ぇ振ってやがるでぇ。良えよなあ。首位会派の肝入りは。黙ってても良え竜預けて貰えるんやもんなあ。俺たち弱小会派はそういうわけにはいかへんもんな」


 内ケ島がぼそっと高山にだけ聞こえるように言った。


「そうやっかむなよ。それを差し引いたって、あいつの腕前は大したもんだよ。さすがは岡部先生の門下生なだけの事はある。それに君の会派だって紅藍くれあい系じゃねえか。やっかみたいのはこっちの方だよ」


「そないいうけども、紅藍系いうたかて種竜都合して貰えるいうだけやん。肌竜はこっち持ちやぞ。竜の質の底が違ういうねん」


「君の憧れの岡部先生は、もっと酷い状況で結果出したんだぞ。今の君の状況で文句言ったら罰が当たるぞ」


 『岡部先生』を引き合いに出されては、内ケ島も愚痴の言いようが無かった。

 「もっと笑顔を見せろ」と言って高山が尻を叩くと、内ケ島は精一杯の笑顔を作った。


「ひさしぶりやね。さっき先輩に、同期の二人と会えるっちゃけどって言ったら、うらやましかって言われたとよ」


 にこにこ顔の内田が中年の男性二人に高山と内ケ島を紹介。逆に高山たちには下間が二人を紹介した。


 一人は一応紹介はされたものの高山もすでに名前だけは知っていた。東国八級首位の斯波しば詮人あきと調教師。盛岡競竜場所属で、昨年圧倒的な成績で首位を独走した人物である。高山たちの憧れである岡部調教師の一番弟子として知られている。


 もう一人は先日下間が言っていた紅花会のもう一人の昇級者である、久留米の神代くましろ調教師。この年齢にしてはかなり筋肉質で、その立派な口髭にどうしても目がいってしまう。その髭のせいか、はたまたがっちりした肩のせいか、笑っているのに若干の威圧感を感じる。


「ほう、そうなんや。彼が岡部が言うとった高山君なんか。内田もどえらい期に入ってもうたな。内ケ島も同じ期なんやもんな。岡部の期はもう神話みたいなもんやけど、お前らの期も伝説の期になるかもしれへんな」


 そう言って神代が豪快に笑い出した。


「三人が二年昇級なんでしょ。岡部先生の期は二年昇級は武田先生と二人だけでしたからね。もしかしたら内田たちも神話になるかもですね」


 神代に乗っかって斯波も笑い出した。内田と下間が一緒になって笑っているが、内ケ島と高山は完全に愛想笑いであった。



 六人で酒も飲まずに盛り上がっていると、そこに執行会の職員がやってきて、一人一人名前を呼んで点呼を取っていった。最初に呂級の五人が呼ばれ、次に斯波たち東国八級、次いで西国八級、その次が高山であった。そして内田たちが呼ばれ、最後に新人賞の調教師が呼ばれた。


 実は昨年も高山はこの場所に来ている。

 新人賞争いで首位だった高山は、並み居る大先輩たちに紛れて小さくなって過ごしていた。当然のように知り合いは誰もいない。同じ会派の人すらいない。同じ小田原の調教師はいたのだが、先輩たちへの挨拶回りで相手にしてもらえなかった。あまり思い出したくはない思い出である。


 係員の案内で順に会場入りしていく。全員が入場したところで記者たちがパシャパシャと写真を撮り始めた。その音を気にも留めずに、生産監査会の会長である、紅葉会の織田繁信会長が挨拶を行っている。


 会長の話が終わると、いよいよ表彰。まずは呂級から伊級への昇級者。次いで八級から呂級への昇級者。ここまでは淡々としたものである。

 だが、問題はここから。

 仁級と八級は東西に別れており、東西でそれぞれ二つ競竜場がある。そのどちらの所属になるかはこの場で発表になるのだ。


 「高山さん、前へお願いします」と係員が促す。

 織田会長が高山をちらりと見てから、賞状を両手で持って読み上げる。


「高山友和。優良な成績を収めた事をここに表す。重ねて、来期から前橋競竜場への所属変更を命じるものとする」

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