第17話 活動停止
「高山厩舎には三か月の活動停止を命じます。被害者であるという事は調べでわかってはおります。ですが高山厩舎の厩務員による不正行為という事に違いはありません。残念ながらそういう規定ですので」
梁田助行調教師が逮捕され、厩舎解散が告げられた翌日、高山厩舎に執行会本部から職員がやってきてそう告げた。
大きな茶封筒を手にした職員が、それを高山に渡す。封筒には『瑞穂競竜執行会』の文字が刻印されている。
封をしている紐をほどき、中を見ると書類が何枚か入っている。
一番上には執行会からの送り状。
二枚目は競竜の規約の複写。
三枚目が処分の通達。
それ以外に事務手続きの案内と、労働組合からの書面、再発防止の書類の書き方の案内等も封入されている。それを執行会の職員は一枚一枚丁寧に説明していった。
「以前にも同じような事件がありまして、その際にそういう裁定が下されたようで、それに倣って今回もこのような裁定になったと聞いています。正直、私もちょっと納得はいっていませんけどね」
「執行会の中でも納得いかないという声があるという事が知れただけで十分ですよ。うちも覚悟の上で公表したんですから」
「休業処分といっても、調教、出走、竜の飼育といった事ができないというだけで、給与は発生いたしますし、人事的な事は問題無く行えます。ですので、慰労や研修の期間とお考えいただければと思います」
そう言って執行会の職員は頭を下げた。
翌日厩務員たちが厩舎に集められ、ここまでの出来事の説明が倉賀野の口からなされた。
すでに厩務員たちも話は聞いており、やっぱり休業処分は事実だったんだという程度で驚きは無い。厩務員たちが知りたいのは今後どうなるのかの詳細。
厩舎は三か月の活動停止が言い渡されている。再始動は八月からと告げられた。
小山田、渋谷、葛貫の三名は逮捕されており、労働組合と協議し、解雇及び追放処分が決まっている。ただし、高山の証言から渋谷、葛貫の二人は極めて軽い処分で終わると思われる。
ただ、厩舎側は三人減となる。この三カ月間で三名の厩務員を雇い、教育を施さないといけない。
そこまで説明されたところで、蒲生が恐る恐るという感じで手を挙げた。
「あの、俺はどうなるんですか? 俺もやっぱり三か月間は調教とかも停止なんでしょか?」
「平林は厩務員扱いだから停止だけど、蒲生は大丈夫みたいだよ。まあ、騎手と厩舎は契約関係であって、同一ではないからね。休業期間中は石川先生に頼もうと思ってるよ。騎乗感覚が鈍られても困るしね」
「何だかそれはそれで、少し寂しいものがありますね……」
自分だけ関係者扱いされていない事に蒲生は少し寂しそうな顔をした。だが高山はそんな蒲生を鼻で笑った。
「いやいや、俺も普通に厩舎には出てくるよ。この三か月、反省文書いたり、厩務員補充したり、再開に向けてやらなきゃいけない事は盛りだくさんなんだよ。労組にも行かなきゃいけないし、警察にも行かなきゃいけないし」
「じゃあ、うちら厩務員は全員三か月間は休養なんですか?」
平林がそうたずねると、高山はあからさまに作った笑い声を発した。
「んなわけあるかよ。各々溜まっている休みはここでちゃんと消化しておいてもらうけど、それ以外にちょっとやって貰いたい事があるんだ。それについては後で呼び出して説明するよ。それと平林は毎日調整室で騎乗訓練な」
「ま、毎日ですか!?」
「これまでは言わなかったけど、いくらなんでも騎乗姿勢が悪すぎるよ。蒲生に指導に付いてもらうから、良い機会だと思って騎乗姿勢を矯正してくれ。じゃないと、今のままだといずれ腰か膝を痛めちゃうと思う」
そこまで言うと、高山は厩務員の顔を一人一人見渡していった。
「高く跳ぶには助走が必要っていうからね。この三か月はその助走だと考えよう! そして来年、一気に跳躍して呂級へ昇級しよう!」
高山が右拳を握りしめると、厩務員たちは力強く「はい!」と答えた。
◇◇◇
高山が厩務員にやってもらおうと思っていた事、それは按摩の研究であった。
按摩については、高山も石川厩舎、蒔田厩舎で学んだ基本しか知らない。
だが、研修時代に、同期の内田が岡部厩舎ではこういう按摩をしていたと言って騎手候補の国司を指導していたのを見ている。何が違うのかは内田も口では無く「ここがこう」みたいな感じで抽象的に言っており、よくわからなかった。だが、どうやら岡部厩舎の秘訣が按摩にあるらしいという事はわかっている。
厩舎を開業してから、高山も按摩について石川に聞いてみたり、自分で調べたりしているのだが、残念ながらよくわからなかった。そこでこの三カ月間、筆頭厩務員の豊島を中心にして、厩務員たちで按摩について徹底的に研究してもらう事にしたのだった。
「最終的に研究の経緯と結果を書面で出してください」
倉賀野がそう告げると、厩務員たちは一斉に高山の顔をじろりと睨んだ。高山がさっと厩務員たちから顔を背ける。
「おいおい、先生を責めるんじゃないよ。先生だって、俺たちの給料のために毎日頭を悩ましてくれてるんだから。お前たちだって重賞勝ちたいだろ? 呂級に行きたいだろ? なんなら伊級にだって行きたいだろ?」
未来の給料のためと言われてしまえば、皆ぐうの音も出なかった。そんな中、豊島が手を挙げた。
「それはわかったんだけど、予算はいくらくらい使えるの? だって研究なんだよね。まさか予算無しってわけじゃないよね?」
「豊島さんが必要と考えたら、先生に申請してくださいよ。もちろん先生だって予算無しだなんて思ってないですよ。ね、先生?」
急にそんな風に話を振られ、高山の笑顔が引きつった。その表情で、どうやら予算無しのつもりだったのだと厩務員たちは察した。刺すような視線が高山に向けられる
「……必要なら、用意しますよ。会派からお借りして」
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