第16話 真犯人
「なんだ急にやってきて藪から棒に。いったい何の話だ?」
あくまで何を言っているのかわからないという感じで、いつものような小馬鹿にした顔を梁田調教師は向けてきた。そんな梁田に高山は蔑んだような視線を送り続ける。
徐々に梁田はその視線に苛つき始めた。
「だから! 何の話だと聞いてるんだよ!」
梁田は応接机をパンと叩いた。
「小山田は全てを喋りましたよ。あなたも調教師として勉強もしたし、研修も受けたでしょう。やってはいけない事はそこで学んだはずだ。それとも、あまりにも昔の事すぎて忘れてしまいましたか?」
「その小山田とかいう厩務員が何だというのだ? 俺がまるで何か違反行為でも犯したかのような言いぶりだが、いったい何の事なんだ?」
「とぼけたって無駄ですよ。すでに小山田は全てを白状しているんですから。小山田は小心者でしてね。あなたから振り込まれたお金は手つかずのまま残しているんだそうです」
まるでギリギリという歯噛みの音が届きそうなほどに、梁田は歯を食いしばって高山を睨みつけている。
「何の事かわからんな。そこまで言うなら、ちゃんと証拠を提示してもらわないと。それができないなら名誉棄損で訴えるぞ」
「馴染みの記者にお願いし、その記者の友人経由で金を振り込む。考えましたよね。仮に事件が露見して、金が振り込まれた口座を調べられても、それがあなたと繋がっているとはパッと見ではわからない」
「そんなものは、お前の勝手な妄想じゃないか。その小山田とかいうのに、お前がそう言わせたんだろう?」
あくまで自分だと認めない梁田に、高山はため息を漏らした。
「小山田はあれで意外と用心深い男なんですよ。あいつから、間違えたく無いから薬品の名前を書いてくれと言われた覚えはありませんか?」
最初は何を言ってるんだというとぼけた顔をしていた梁田だったが、突然何かを思い出したようで、焦燥しきった顔に変わった。
「その紙、あいつまだちゃんと取っておいてありましたよ。事が発覚した際に尻尾切りされないようにってね。筆跡鑑定にかければ誰が書いたものかはわかるんじゃないでしょうかね。いい加減観念したらどうですか?」
その一言で梁田は俯き、肩を震わせてしまった。
「……なあ、高山。俺たちは同じ会派の調教師じゃないか。これが大っぴらになれば、会派にとっても悪い影響が出る事になるぞ。俺の厩舎は解散、お前の厩舎だって活動停止だ。巻き添えになる厩務員たちが可哀そうだとは思わないか? ここは穏便に事を収めようじゃないか、なあ」
「そう言って高島調教師も丸め込んだんですか? 石川先生に聞いたんですよ。かつて高島良正という将来を嘱望された調教師がいたが、突然バタバタと厩務員が辞めてしまい、厩舎が解散になったという不可思議な出来事があったって」
高島の名が出ると、梁田の顔がまたも怒りで歪んだ。
「俺が厩務員をする前の話だからよくは知らなかったんですが、筆頭秘書の遠山さんに極秘調査を依頼したんです。そうしたら、当時課長だった喜連川部長が事件を揉み消したと白状したそうですよ」
「お前、いつから俺の事をそういう目で見てやがったんだ?」
「厩務員時代からですよ。石川先生はあなたとそりが合わず、よく愚痴を言ってましたからね。ある時、別の会派の厩務員と呑みに行く機会があったんです。その人が言ってたんですよ。薄雪会で厩務員なんてするもんじゃないぞって」
その事を思い出し、高山は久々にその厩務員を呑みに誘った。
話を聞くと、高山の予想通り、その人物は元々高島厩舎の厩務員だった。その時、厩舎で何があったのか、その人物は詳しく証言してくれた。
その時も今回同様、とある厩務員が梁田に買収され、期待の竜に利尿剤を飲ませて調子を悪くさせていた。今回の高山同様に、高島もおかしいという事に気付いたらしい。ただ、誰がやっているかはわかったし、何をしているかもつきとめたのだが、なかなか証拠が見つからない。
その間も竜たちの調子は悪いまま。徐々に厩舎内の雰囲気が悪くなっていった。
最終的に高島は当該の厩務員を呼びつけ白状させ、梁田の元へ向かった。ところが、帰って来た高島はその件を無かった事にしてしまった。
それに不満を持った厩務員の一部が最初に厩舎を辞めた。厩務員を新たに補充したのだが、梁田の買収を受けた厩務員が悉くいびり出してしまい、このままでは厩舎運営がままならないと感じた高島は、ついに厩舎解散を決断したのだった。
高山が呑みに誘った人物は、なんとか厩舎を立て直そうとする高島に従い、解散まで残っていた厩務員だった。そんな最悪の状況でも高島を支え続けた厩務員だった。
「梁田が憎い、俺の人生を台無しにしやがった、そう言ってその厩務員はやけ酒を呑んでいましたよ」
どうも人情話は梁田には全く刺さらなかったようで、ふんと鼻を鳴らしただけであった。
「で、お前はどうするんだ? その高島とかいうのと同じように、このまま厩務員たちの迷惑にならないように穏便に済ませるのか、それとも、俺と一緒に処分を受けて関係の無い厩務員たちを失業させるのか」
「うちの厩舎は全員覚悟を決めましたよ。ここで一旦休みを入れて、一緒に呂級を目指してくれるそうです」
「じゃあ俺の厩舎の厩務員はどうなるんだ! あいつらにだって家族がいて、子供だっているんだぞ! お前はちっぽけな正義感であいつら全員を不幸に叩き落そうってのか!」
梁田の啖呵に高山は激怒し、椅子から思い切り立ち上がった。つかつかと梁田に近寄り、左手でその胸倉を掴んでねじり上げた。襟が捻じれ、首が絞まり、自然と梁田の体が椅子から離れる。
「お前の厩務員を不幸に突き落とすのは俺じゃねえ! お前だ! 勘違いしてるんじゃねえ! 何を人に罪を擦り付けようとしてやがんだ! ふざけんな! 小さな正義感だと? じゃあお前はなんなんだよ!」
徐々に呼吸が苦しくなり、梁田の顔がみるみる赤く染まっていく。
その高山の怒声に驚いた隣の厩舎の大須賀忠龍調教師が駆けつけてきて、高山を必死に落ち着かせた。
何があったのかと問いかける大須賀を無視し、高山はなおも梁田の胸倉を掴み続けた。
「いい加減にしないか! 何があったかは知らんが、傷害罪に問われたら厩務員が路頭に迷う事になるぞ!」
大須賀のその一言で高山は冷静さを取り戻し、梁田の胸倉から手を離した。
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