第15話 取り調べ
会議室に一人の厩務員が呼び出され、机の向こうで立っている。反対側には高山と倉賀野主任。
「渋谷。呼ばれた原因はわかってるよな。どういうつもりなのか教えてくれないか。理由如何では情状酌量も考えない事はない。だから、正直に全てを話して欲しいんだ」
高山にそう促されても、渋谷は黙って俯いたままであった。
渋谷は高山厩舎の中では二番目に若い厩務員である。
高山厩舎の厩務員は九人。年齢順に豊島、伊佐治、吉見、稲毛、小山田、中山、蒲田、渋谷、葛貫。全員男性で、高山厩舎開業時に小田原で採用されている。倉賀野、伊佐治、吉見、小山田、中山の五人は解散になった厩舎からの再就職。稲毛、蒲田は会社を辞めての転職。渋谷が大卒、葛貫が高卒。
「渋谷。頼むから全て話してくれ。黙っていたら俺も先生を説得できなくなってしまうんだ。このままだと、お前たちを公正競争違反で警察に突き出さなきゃいけなくなっちまうんだよ」
『公正競争違反』という単語に渋谷は酷く動揺した。それが殺人と同程度の重犯罪であるという事は小田原で研修を受けた時に学んでいる。自分たちの行為がそこまでの重犯罪だと突きつけられてしまったのだ。
「恐らくお前は、学生時代の感覚で仲間をチクれと言われている気がしてるんだろうが、そうじゃないぞ。もうお前は容疑者の一人になっちまってるんだ。だから言ってるんだよ。ちゃんと自分の弁護をしろってな」
その倉賀野の一言で渋谷は陥落した。
ちょうど同じ頃、葛貫は豊島に呼び出され、競竜場近くの喫茶店で事情聴取を受けていた。同じように公正競争違反をちらつかされ、こちらも事情を喋ってしまっている。喋った後で厩舎に連れて来られ、会議室でうなだれる渋谷の姿を見て絶望的な顔で吐息を漏らした。
そして五人が待つ会議室に、平林助手に連れられて、にこやかな顔で一人の厩務員がやってきた。
会議室で待っていた高山の耳には、土産の菓子がどうのという会話が聞こえてきていた。だが扉を開け、中の人たちを見て、全てを察したその厩務員は口を開けたまま、呆然と立ち尽くした。
平林がペコリと会釈をして扉を閉めて会議室を出て行く。
「これは、どういう事でしょうか? 何かあったんですか?」
「小山田さん。何があったのかは、この顔ぶれを見たらわかるんじゃないですか? まあ、立ってるのもなんですから座ってくださいよ」
高山が座るように促すと、小山田は震える手で椅子を引き腰かけた。
「なんであんな事をしたのか。それを喋ってもらえませんか?」
「あんな事というのは? 何の事でしょうか?」
「残念だけど渋谷と葛貫が全て喋ってしまってるんだ。とぼけても無駄だよ。それと事務棟にも既に連絡を入れているし、会派にももう連絡をしている。もちろん労組にも」
労組に報告をしているという事は、つまりは証拠が揃ってしまっているという事だろう。
小山田はごくりと生唾を飲み込んだ。
「小山田さん。全てを喋ってもらえませんかね。そもそもなんであんな事をしたんですか? 調教後の疲労回復作業をしないだけでなく、餌に利尿剤を混ぜるだなんて」
「……証拠でもあるんですか?」
「今朝、検尿をしてもらった。それ以外にも摂取水分の量、追い切りの時計、そういった諸々の数値が特定の人物が担当した後でみるみる悪化しているんだ。しかも聞けば、重要な時になるとわざわざ進んで担当したそうじゃないか」
歯を食いしばって何も言わず黙っている小山田に、倉賀野は「どういうつもりなんだ?」と声をかけた。それでも小山田は黙ったまま。
「この二人は、お前からやれと強要されたと言っている。それを俺に相談せずにやった時点で論外だがな。もう一度聞く。何でそんな事をしたんだ。竜が活躍すればお前にも給料という形で金が入る。それよりも妨害する事を選んだ理由を教えてくれないか」
「待遇が悪いから腹が立ったんです」
「残念ながら、そうじゃないって事も目撃証言によってわかってしまっているんだよ。だからお前の口から理由を聞かせて欲しいんだよ」
小山田はぷいと高山から顔を背けた。その態度に倉賀野と豊島がため息をついた。
倉賀野が机をパンと叩き、それに渋谷と葛貫がびくりとする。
「お前はもしかしたら大した事無いと思っているかもしれないがな、これは大事件なんだよ! 間違いなくこの件は報道に嗅ぎ付けられる。先生だけじゃない。厩務員全員が取り調べを受ける事になる。それがどういう事かわかってるのか!」
「……さっさと警察に突き出せば良いじゃないですか」
「ふざけんな! 俺たちが三年かけて築き上げてきたものを汚しておいて、何だ貴様のその態度は!」
今にも襲い掛からん勢いで激昂する倉賀野を豊島と高山が落ち着くようになだめる。その倉賀野の真っ赤な顔で、小山田も徐々に自責の念が湧いてきたようで肩を震わせた。
「恐らくはうちはこの騒ぎで、数か月の活動停止処分になるだろう。当然、その間、収益は無い。会派からの借金で給料を払う事になる。秋からの始動と言っても、厩務員の補充を考えればほぼ一からの始動といっても過言じゃないだろう」
厩務員たちは全く賞与の無い月が続く事になると高山は静かに説明した。
そして最後に一言、小山田に言葉をかけた。
「それで満足か?」
その一言が小山田の何かを握りつぶしてしまったようで、ぽろぽろと大粒の涙を零した。
◇◇◇
小山田への取り調べを終えた高山はとある厩舎に向かった。
場所は知っていたが、何気に高山がその厩舎を訪れるのは初めての事であった。
応接椅子に腰かけるように言われ、促されるままに腰かける。珈琲が出されたが、それには手を付けなかった。
「どうしたんだ? 珍しいじゃないか」
珈琲片手にそう声をかけた男に苛つき、高山は行儀悪く足を組み、肘置きに両肘を置いて、背もたれにもたれかかった。
「梁田さん。いや、梁田。どうしてあんな事をしたんだ?」
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