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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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第12話 唐橋記者

 まさかの五竜身差の圧勝という鮮烈の初陣を果たした『ペンケ』。厩舎棟だけじゃなく記者の間でも話題となっていた。

 たまたま今回は展開が向いただけ、そんな風に高山は周囲には言っている。だが記者相手ならまだしも、同業者にそんな事が通じるはずが無く。調教師から記者に情報が流れ、記者からの取材申請が大量に入るようになってしまった。



 はっきり言って高山は報道という類の人物が大嫌い。高校までは特に何とも思ってはいなかったのだが、とある事件をきっかけに極端な報道嫌いになっている。


 高校を卒業した高山は、大学に通いながら石川厩舎で厩務員の短期就労をしていた。厩務員の仕事で一番忙しいのは早朝。厩舎側もそこに人が欲しい。学生側としては、朝早くにお金を稼ぎ、その後授業に出て午後は遊びに行ける。そんな感じで需要はある。募集している厩舎はさほど多くは無いが、応募もかなりある。

 

 短期就労にも学校にも慣れた十二月、それは起きた。

 呂級の皇都競竜場で戸川調教師が取材中に刺殺されたのである。


 その中継映像は競竜の特番ではあったのだが、お昼休憩の時間であり、多くの厩務員が食堂に行っており、そこの大画面で目撃する事になった。

 報道陣が調教師を刺し殺した。

 前橋競竜場では連日その話題で持ち切りだった。当然そうなれば厩舎と記者の衝突というものが起きる。これまでであれば、そこまで問題にならなかったか、あるいは厩舎側が我慢していた事が、軋轢となって噴出。高山はその光景をもろに見続けてしまったのだった。


 当時、高山は厩舎の仕事はあくまで小遣い稼ぎと割り切って考えていた。何せ高山が通っていた大学は芸術学校。そこで彫刻を学び彫刻家か仏師になろうと考えていた。彫刻は非常に体力を必要する。体力作りの一環と考えて厩舎で働いていたのだった。

 ところが、たまたま卒業した先輩と呑みに行く機会があり、そこでも報道の愚痴を聞いてしまった。


「番組で使うから作ってくれって言うから作ってやったんだよ。だけどよぅ、奴ら代金を支払わねぇんだよ。番組で紹介してやったんだから、少なからず評判になっただろうって。まさか宣伝してやったってのに、金まで取る気なのか? だってよ!」


 芸術家は一人だ。だから報道には抗えない。お前にはまだ選択肢があるんだから、せめて報道に抗える職を選んだ方が良い。そう言って先輩は慟哭した。

 そんな先輩の憐れな姿を見て、高山は芸術の道を捨て、大学卒業後、正式に石川厩舎の厩務員となった。



 帳面を開き、目の前の書類の束を開き、調教計画を練っていると電話がかかってきた。

 電話は倉賀野主任が取ってくれて、取材申し込みとわかると問答無用で拒否。すると暫くしてまた電話が鳴る。これも取材申し込みで拒否。また暫くして電話が鳴る。今度はどうやら倉賀野の知り合いからの電話らしい。


「先生。珍しい人が取材申請してきてますよ。小田原時代によく取材に来てた競技新報の唐橋さん、あの人が申請してきてます。なんでも土産を持って来たんだそうで。どうします? これも断りますか?」


 受話器に手を当てて倉賀野が聞いてきた。


「いや、会うよ。わざわざ手土産持って来てくれたってのに追い返したら悪いからね。事務棟の面会室で待っててって伝えて」


 そう言って高山は開いていた帳面を重なるようにして閉じ、机の引出しにしまった。



「やあ、高山先生、ご無沙汰しておりました! 小田原ではお世話になりましたね」


 唐橋は面長の顔に満面の笑みを湛えて握手を求めてきた。年齢は三十代中盤。記者としてはかなり脂が乗った時期なのだろう。皺の入った上着がそれを思わせる。


「いやあ、先生に取材したいけど全面的に拒否されてしまってるって、高崎支局の奴らから俺のとこに泣きの連絡が入りましてね。相変わらず報道がお嫌いみたいですね」


「そりゃあそうでしょ。報道と関わったって、こっちは百害あって一利無しなんだから。そもそもこっちは情報を出したって一円も貰えないのに、そっちはそれを売って金を稼ぐんでしょ。不公平極まりないですよね」


 会って早々に報道批判。唐橋も思わず苦笑いである。


「ところで土産を持って来たって聞いたんですけど、聞き違いでした? どう見ても手ぶらに見えるんですが?」


「まあまあ。後でちゃんとお渡ししますから。その前に例の『ユキノペンケ』の件です。多くの報道が今一番知りたがっている事だと思いますが」


「『ペンケ』の何を知りたいんです? 唐橋さんは約束を守ってくれる人だと思ってるんで、企業秘密以外なら話しても良いですよ」


 『約束を守ってくれる人だと思ってる』は、『約束を守れ』と暗に念を押してきたという事。唐橋の作った笑顔が少しひきつる。


「あれ、生産牧場を調べたらペヨーテの牧場になってたんですよね。あんな良い竜をどうやって譲ってもらったんですか?」


「まだ新竜戦を勝っただけじゃないですか。確かに良い竜は良い竜ですけど、そこまで騒ぎ立てするほどですかねえ」


「とぼけても駄目ですよ。あの時の二着竜『ジョウハンゴウ』は、今年の『白浜賞』の最有力候補って言われてたんです。それにあんな勝ち方したんですから、注目するなという方が酷ってもんでしょう」


 その事については、実は高山は翌日の新聞で知った。正直失敗したと思っている。


「相手の竜が負けたのって、単に仕上がり途上だったのに侮って出して来たってだけでしょ。新聞にもそう書いてあったじゃないですか。俺から見ても『桜花杯』くらいからが本番って感じがしたし」


「なるほどね。俺も競争見た感じではそう見えたんですよね。でも、それと同じ事を『ペンケ』にも感じたんですよ。で、どうやって譲ってもらったんです? 噂では売れ残りだって聞きましたけど」


「噂じゃないですよ。本当に売れ残りなんです。肌竜を買いに行ったらおまけで付けてくれたんですよ。もちろんおまけと言ってもタダじゃないですけどね」


 何という太っ腹だと唐橋が笑う。にわかには信じ難いと思っているのだろう。だが事実だから仕方がない。


「あんな良い竜がいるのに、なんで購入会派は海外に買い付けに行かないんでしょうね」


「それはそうでしょ。海外竜は古竜戦まで重賞挑戦できないんだから。新竜戦、世代戦、古竜戦、そこに挑戦する竜の総数を考えたら、自然と優勝の難度ってものがわかるでしょう」


「ああ、そっか! 各世代の竜が一斉に集まる古竜戦は世代戦に比べて圧倒的に取りづらいんだ。それは盲点だったなあ」


 唐橋は聞きたい事は聞けたと判断したようで、取材をそこで切り上げた。鞄を取り出し、そこから一枚の写真を出した。


「これ、お土産です。海外の写真なんですがね、これの国内戦が今度始まるらしいんですよ」

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