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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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第11話 新竜戦

「先生、どうかされたんですか? なにかこいつに問題でも発生しているんですか?」


 調教を終えた後、高山がじっと『チセ』の様子を見ていると、厩務員の小山田がそう言って声をかけてきた。


「そうじゃないよ。『チセ』には期待しているからね。じっくり観察して肉付きの悪い所が無いか見ているんだよ」


「ああ、そうだったんですね。俺はまたてっきり、俺たちがわからないような脚元の異変でも見つけたのかと」


「毎日見ている君らでわからないような異変が俺にわかるわけないじゃん。俺は調教前に脚元を触ってやっと異変に気付く程度だよ」


 だから君たちの意見を自分は尊重しているんだと高山が笑う。


「異変は気付かないけど肉付きの良し悪しはわかるんですよね。俺たちからしたら余程均衡が悪いんでなければ、そっちの方が気付きませんけど」


「調教場では毎回、他の竜との比較が色々とできるからね。だから『チセ』が期待できるってのは俺でもわかるんだよ。今の状態だったら、もしかしたら『菊花杯』は良い線いくと思うよ」


「おお! じゃあ給料の方も期待して良いという事ですね!」


 小山田が親指と人差し指で輪を作ると、渋谷という厩務員が大笑いした。


 ◇◇◇


 九月に入ってから、新竜戦が開始されている。

 早熟性が高めの短距離竜は積極的に出走してきており、毎週のように新聞は若き主役候補を紹介している。やはりというか、そのほとんどはパデューク系の産駒で占められており、管理している調教師もほとんどが稲妻系の会派ばかり。


 そんな状況の中、『ユキノペンケ』が新竜戦に出走する事になった。

 通常、薄雪会の竜は年明けからの始動が当たり前で、新竜世代、それも始まったばかりの九月の出走というのは極めて珍しい事であった。

 竜柱が発表になると、竜名の横に『外』という珍しい印が付けられ、それがさらに注目を集める事に。


 その竜柱を持って、下間が嬉しそうな顔でやってきた。

 出された渋いお茶をすすり、竜柱を指差し、ニコニコ顔で話題を繰り出してきた。


「どうしたの? 外国産の牡竜だなんて珍しい。薄雪会さんは外国に生産拠点でも作ったの?」


「違いますよ。肌竜を買いに行ったら売れ残りをおまけで付けてくれたんです。どうせなら牝竜を付けてくれれば良いのに」


「まあ、普通は外国産っていったら牝竜だよね。繁殖入り前に箔を付けようって感じで。牡竜じゃあ繁殖入りって言ってもねえ。仮に競争成績が優秀だったとしても、種牡竜としても良いかは未知数なわけだし」


 改めて下間が持ってきた竜柱を高山が手に取る。生産牧場の欄がカタカナで埋まっており、文字数が足らなくて名前が切れてしまっている。


「競争能力はかなり高いと思いますよ。向こうの説明では血統も悪くないって言ってましたね。もしこの竜が重賞を取るような事になったら、古河牧場はさぞ慌てるでしょうね」


「ああ、確かにね。購入会派は海外の牧場にも買い付けに行く事になるだろうからね。もしかしたらうちの会派も海外に拠点を作るなんて事になるかもね」


「良い竜は海外にもいるのに、何でどの会派も買い付けに行かなかったんでしょうね」


 下間が茶をずずとすすり、瞼を閉じて考え込む。そういう表情をすると、つるつるの頭も相まって坊さんにしか見えない。


「やっぱり、普通に考えて採算が合わないんじゃないかな。だってさ、竜の購入代以外に輸送費がかかるわけじゃん。それでろくに走らなかったら大損だよ」


「なるほどね。確かに今回の竜はおまけなので、肌竜と一緒に輸送してくれてますけど、幼竜単体だったら馬鹿高い輸送費がそのまま乗るんですもんね」


「しかもこれまで外国産竜が活躍したなんて事例がほとんど無いんだから、普通に考えたら採算が合わないって判断して選択肢から外すんじゃないかな。竜主さんたちはあれで一流の経営者でもあるからね」


 下間の言葉で高山は、明らかに飲みすぎの赤ら顔でペヨーテで大はしゃぎしていた成田の姿を思い出した。


「一流の経営者ねえ……」


 そう呟いて、高山は窓の外に視線を送った。


 ◇◇◇


 その二日後、『ユキノペンケ』の初陣がやってきた。


 筆頭厩務員の豊島が『ペンケ』を引いて下見所をゆっくり周回している。

 周囲はいかにも短距離竜という感じの腿の短い竜ばかり。その中にあって『ペンケ』の腿の長さは中距離竜のそれ。しかも脛が非常に長い。

 高山はこの竜を本質的には中距離竜だと感じている。短距離の新竜戦に出したのは、短距離は稲妻系の庭であり、ここでそれなりの結果が出せるようであれば、来年の秋に良い展望が見えそうだからというだけの理由。


 八級は最大で十六頭が同時出走するのだが、今回は十三頭立てとなっている。『ペンケ』は六枠九番、十二番人気。人気の上位は全て稲妻牧場産でパデューク系。


 一番人気は断トツで五枠六番『ジョウハンゴウ』。管理調教師は『白詰会の御曹司』大須賀忠龍。父は西国の伊級調教師、大須賀忠陽。高山の一つ上の期で現在八級二年目。


 高山の指示は『ジョウハンゴウ』の後ろで待機だったのだが、『ペンケ』は枠が開いた瞬間に勢い良く飛び出して行った。

 これで無理に控えるのは勿体無いと鞍上の蒲生は感じたようで、そのまま流すように走らせた。


 三角横の引き込み線から出走し曲線に合流。少し走るとすぐに四角が見えてくる。その時点では『ペンケ』はまだ三番手を疾走。

 蒲生からは『ジョウハンゴウ』は確認できないが、恐らくは竜群の中ほどであろう。


 四角を回り最後の直線に入ると突然『ペンケ』の横に『ジョウハンゴウ』が現れた。仕掛けを遅らせた『ペンケ』は、多くの竜に抜かれて竜群の中団まで下がってきていたのだった。

 直線を三分の一ほど過ぎたところで目の前に坂が現れる。

 元々『ペンケ』は力強さを重視しているペヨーテで生まれた竜。坂に入ると一頭、また一頭と抜き去っていく。気が付けば、もう前には二頭しかいないという状況であった。


 坂を上りきり直線は残り三分の一。

 そこで満を持して蒲生は鞭を振って『ペンケ』に見せた。『ペンケ』がそれに答えて急加速。前の二頭を抜き、先頭に躍り出る。

 恐らく外から『ジョウハンゴウ』が追ってきているはず。


 だが、結局どの竜の姿も見ないまま、『ペンケ』は先頭で終着板を駆け抜けた。

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