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競竜師・外伝  作者: 敷知遠江守
八級編

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第10話 笑流会

 現在、高山厩舎に所属する竜は十頭。


 月毛の七歳牡竜『キンバイ』

 栗毛の七歳牡竜『アペ』

 赤毛の六歳牡竜『カンゾウ』

 芦毛の六歳牝竜『エモ』

 鹿毛の六歳牝竜『イセポ』

 鹿毛の五歳牡竜『チセ』

 白毛の五歳牡竜『ワッカ』

 栗毛の五歳牝竜『ウバウリ』

 鹿毛の四歳牡竜『ペンケ』

 月毛の四歳牡竜『ラヨチ』


 このうち、『キンバイ』『カンゾウ』が怪我で放牧中。また『エモ』も産卵のため放牧している。


 先日ペヨーテに行った際に売れ残りといって付けてくれた新竜が『ペンケ』。

 瑞穂競竜は国内の生産保護のため、外国産竜は新竜戦と世代戦には登録できない事になっている。その為、売れ残りとはとても思えない良い竜なのだが、外国産竜なので残念ながら古竜重賞しか出られない。

 古竜と互角にやりあえるようになるのは、早くて翌年の秋くらいから。『ペンケ』には、そこでの活躍に期待するしかない。


 もう一頭の新竜『ラヨチ』もかなり期待ができそう。

 父は紅藍牧場の新種牡竜『サケニッコウ』。本来であれば引退年を考えると前年に初年度産駒が走るはずであった。漏れ聞いたところによると輸送失敗による強制引退で一時は生死も危うい状態だったらしく、一年様子を見たのだとか。

 『サケニッコウ』は世代二冠、それも中距離でありながら短距離の『桜花杯』を制した竜である。だが、『ラヨチ』は母方の血が出ているのか、体付きは長距離竜のそれ。ただし、所々に父の良いところが出ており、来年の『菊花杯』が非常に楽しみと厩務員が言い合っている。


 世代竜では『チセ』が重賞に挑戦できるようになった。

 元々体付きからも長距離以外は駄目そうだと感じていた。しかも肉付きの悪さからして晩成。そこで四歳の間は体重を絞るだけに止め、五歳になってから本格的に調教を開始。夏が近づくに連れ徐々に体にキレのようなものが出てきて、新竜戦、能力戦と連勝。

 高山厩舎最初の重賞挑戦はこの竜になりそうだと、かなり期待が高まっている。


 残念ながら他の古竜には特筆すべき竜がいない。完全に数合わせという感があり、全て未勝利戦は勝利しているものの、なかなか能力戦で歯が立たない。

 世代竜『ワッカ』『ウバウリ』も何とか未勝利戦は勝てたという状況。



「ほう。良い気配じゃないか。あれなら『菊花杯』はかなり期待できるんじゃないか?」


 『ラヨチ』の調教を行っていたところ、石川先生が嬉しそうに言ってきた。


「まだまだ途上ですよ。決勝まで残れたら御の字ってとこじゃないですか。でも来年は期待して良いと思いますけどね」


「そうかそうか。じゃあ、再来年には呂級だな」


「ちょっ! そんなわけないでしょ! 目の前のあれしか駒が無いんですから。まったく、石川先生は二言目にはそれなんだから」


 「すぐ無茶を言う」と不貞腐れ気味に文句を言うと、そのやり取りが聞こえたようで一人の調教師が笑い出した。


「いやあ、石川さんと高山君はいつも楽しそうで良いねえ。羨ましいよ。俺も何人か弟子を送り出したんだけどさ、なかなか八級に上がって来てくれないものなあ」


「何言ってんだ安見。俺はね、こいつにさっさと呂級に行って欲しいから、こうやって頻繁に尻を叩いてるんじゃないか。別にじゃれ合ってるわけじゃねえよ」


「そっかそっか。傍から見たら微笑ましい師弟関係にしか見えないけどね。まあ、何にしても期待ができる調教師がいるというのは良い事だよ」


 そう言って笑う安見調教師の笑顔に陰りがあった事が、高山は酷く気になった。



 その後、先に安見が調教の観察台を下り、石川の調教が終わったところで師弟仲良く観察台を下りた。


「さっきの安見先生って確か笑流会の先生でしたよね。笑流会で何かあったんですかね。何やら浮かない顔をしてましたけど」


「ああ。まあ、あれだ。あそこは日章会と赤根会に抜かされちまって、ついに会派順位が最下位になっちまったからな。あの人は筆頭調教師だから色々とな、本社とあるみたいだよ」


「そういえば笑流会さんって、以前の会派再編の時にどこにも属さなかったんでしたね。先日俺、古河牧場の競りを見てきたんですけど、あの感じだと購入会派はしんどいでしょうね」


 石川がちらりと高山を見て、小さく吐息を漏らす。


「ちょっと前に安見と呑みに行ったんだよ。その時にあいつ、さんざん愚痴ってたんだよ。昨年、仁級の愛子あやしで三人一気に廃業しちまったんだってよ」


「え!? 愛子で何か問題が起きたとかですか? 何年か前の久留米の紅花会の事件みたいな」


「安見もすぐにそれを思い出したみたいでな、もしかしてって思って、愛子に行ってみたらしいんだよ。でも、そうじゃ無かったらしくてな。三人揃って下から十位以内で純粋に心が折れちまったんだそうだ」


 勝負の世界だから上がいれば下もいる。それはやむを得ない事ではある。

 やむを得ないとは思いながらも、何ともやりきれない気持ちにさせられる話であった。


「じゃあ、さっき言ってた会派との色々って、どこかの系列に入ったらどうかとかそういう話ですか?」


「当然、その話もしたみたいだよ。けど、入れてください、はいどうぞってなわけにはいかん話だからなあ。その間にもそうやって廃業を選ぶ奴が出ちまうだろうし。筆頭調教師としては胃が痛い問題だろうな」


 石川は口にはしなかったが、戦略級調教師がいない現状では、どこかで何かしらの手を打たないと笑流会は解散という選択肢を迫られる事になってしまうだろう。


「安見先生も大変ですね……」


「お前なあ、他人事みたいに言ってやがるけど、うちの会派だってちょっと前まで解散第一号かもって言われたんだぞ。あのまま成田さんが会長を引き受けずに相談役が亡くなったらどうなっていた事か」


 ちょっと気を抜けばすぐにドツボにはまるのが勝負師の世界。そう石川は高山の背を叩いて忠告した。

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