第一章 接触
蝉の声がやけにうるさい7月、学校に転校生が来た。
なんの取り柄もない田舎にある生徒全員と顔見知りなほど小さな規模の高校。
なぜこんなところに転校してきたのか、見当もつかない。
転校生が教卓の前に来て、先生に促されて喋り始める。
名前、好きなもの、趣味、当たり障りもない自己紹介だ。
彼はやたらとまばたきをして、所々言葉を詰まらせる。
堂々と立っている割には、緊張しているのだろうか。
彼の揺れる瞳が私の方を見る。
私も緊張して話すとき、どこを見ていいのかわからず、よく近くの席の友達を見ちゃうな、と思った。
自己紹介を終えた彼の席を先生が決める。
そもそもの人の数が少ないこの学校のクラスは、まばらに席が空いている。
後ろの席に彼が座って、私は内心少し嫌だった。
彼の隣の席のやつは、こんな少人数のクラス内で居場所をなくして不登校になったやつだ。
転校してきたばかりで右も左もわからない彼の世話役は私になるだろう。
あの不登校を恨めしく思った。
だがそんなことを口に出すわけにもいかないし、彼に非はないので、私は世話役を引き受けるしかなかった。
一限目が始まるまで、まだ少し時間がある。
私は机の横にかけた自分のバッグから、カバーで表紙を見えないようにした小説を取り出して、栞を挟んだページを開く。
本はいい。読んでいる間は、まるで自分も物語の一部のように感じられて、現実を忘れられる。
彼の方に視線を向ける。
クラスメイトが彼に群がっている。
うるさいな。なんで私の後ろでがやがやと彼と話しているんだ。
私は小説を閉じてバッグにしまった。
先生が教室に入ると、群がっていたクラスメイトがそれぞれの席に戻っていく。
私は教科書と筆箱を机の上に出して、机を動かす。
この学校では、近くの席で机を動かしてチーム体型を作る。
どうやら彼の元いた場所でもそうだったようだ。何も言ってないのに、机を動かしている。
彼と向かい合う形になる。
私が教科書を開くと、彼も同じページを開く。
なるほど、彼は私を真似していたのか。
授業中も、定期的に感じる彼の視線が気になって仕方がない。
私は内心、恋愛小説は所詮作り物なんだなと、がっかりした。
私は気持ちを切り替えて、授業プリントに取り組む。
プリントの方に視線を落として問題を解く。
ちらりと彼の方を見ると、彼はこちらをずっと見ている。
まるで小さな子供が、通りすがりの人の顔を見つめるような、
それぐらい真っ直ぐに見つめていた。
「……かわいい」
不意に落ちたその言葉は、私の中にずぶりと入り込んだ。
──第一章 完。