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「霊力テスト」


澪の騒動から数日が経った、立畑峠には少しだけ静けさが訪れていた。なんでも"怪奇現象"が多発する心霊スポットから、"命の危険"がある心霊スポットに昇級しているらしい。

恐らく、澪に殺されかけた浮気カップルから噂が広まったのだろう。といっても、全く人が来ないわけではない。逆に噂を耳にしてやって来た若者達は肝の据わっていて、他の霊たちも手を焼いている。


澪は、あの日から"特別な場所"とやらにしおんが連れて行ってから戻って来ていない。

俺はトンネル近くの木の陰に腰を下ろして、夜の風に髪をなびかせながら、ぼんやり空を見ていた。


「今日はもう誰も来ないかもな」

誰かがぼやく声が聞こえる。すぐ別の霊が「いや、金曜だしまだ来るんじゃない?」と返していて、なんかそういう世間話みたいなのが妙に人間っぽくて笑ってしまう。

そんな会話を聞いていると、しおんが闇の中からふっと現れた。


「れんちゃん、大丈夫?」

しおんは少し心配そうに、俺のほうを見た。

「うん……澪も落ち着いたって聞いたし、よかったよ」

「とりあえずはね。もう少し状態が回復したら、こっちに帰って来れると思うわ」

「もしなにか手伝える事があったら…」

言い切る前に、しおんは俺の口の口元に人差し指を置いて微笑んだ。


「ありがとう。でも今れんちゃんに出来る事は、干渉しない事ね」

そう言うと、しおんは自分の胸に手を当てて目を閉じた。


「今、澪は自分の感情をコントロールする事に集中しているの。だから、下手に誰かが干渉してしまうと気持ちがブレてしまうかもしれない。だから…帰ってきたら明るく迎えてあげて」

そう言いながらしおんは微笑みかけてきた。俺は頷いて微笑み返した。


「──楽しそうに話してる所悪いけど、もうすぐお客さんが来るよ」

すぐ後ろから、どこか気の抜けたような声がして、俺は振り返った。

ヒビが入った眼鏡に七三分けのスーツ姿。社畜オーラが抜けきらない中年霊が、そこに立っていた。

「主任さん…お客さんですか?」

「さっき、ここから少し下った所に1台の車が止まってね、なかなか元気そうな子たちが降りてはしゃいでいたよ。多分ここまで上がって来るだろうね」


主任さん──この人は“主任”って呼ばれてるけど、実際に生きてた頃の職場でも主任だったらしい。今もその癖が抜けないらしく、しおんとはまた違う、妙に現場慣れした立ち回りをしてる。

俺が死んでここに来る前に、立畑峠に訪れていたヤンキー集団に、取り憑いて数日間"出張"していたらしい。


「主任さん、この前取り憑いていたヤンキー達って、結局どうなったんですか?」

俺が尋ねると、主任はにこやかに少し眉を顰めた。

「彼等ね…そこら辺にタバコ捨てたり、祠蹴ったり、バイク吹かしたりで、ちょっとやり過ぎだったから一人ずつ憑いて死なない程度に壊して来たよ。夢の中で刃物持って追い掛け回したりとか、色々な演出で。2~3人は精神的に病んだんじゃないかな」

笑顔でサラッと言うけど、それって完全に呪いじゃん。主任は、霊力の中でも"精神系"を特化させている、いわゆる"取り憑く専門"らしい。物理干渉や発声とかは苦手だけど、人の心に入り込むのは一級品。実際、"そっち"に関してはしおんよりも優れている。


「主任さんって…実は一番怖い霊なんじゃないですか?」

少し引き攣った笑顔で尋ねると、主任は「イヤイヤ、私は取り憑いてちょっと嫌がらせをするぐらいしか出来ないから」と手を横に振った。


謙虚の姿勢が中年サラリーマンそのものだった。すると、そんなやり取りを聞いていたしおんが、くすりと笑い、口を開いた。

「れんちゃん。良い機会だし、ちょっと霊力テストしてみよっか」


テスト、学のなかった俺からしたら、何とも嫌な響きだ。

「……テスト…もしかして筆記ですか?」

「そんな訳ないから安心して。適性検査を兼ねた実践テストよ。ちょうどお客さんが来たみたいだし」

笑いながらそう言うと、しおんは近くに転がっている石を指差した。


「まずは物理干渉。あの石、浮かせてみて」

「えぇ、いきなり開始?……ふぅ、よしっ」

呼吸を整えて、集中する。


──ふわっ。


地面に転がっていた石が、まるで風船みたいに浮かび上がる。くるくる回って、軽やかに宙を舞った。


「おぉぉーー!!」

いつの間にか湧いて出た霊たちの大歓声。続けて、しおんはトンネルに入ってきた人間を指さした。

「次は音ね。人間に聞こえるくらいで何か喋ってみて」


「……おーい! お前ら聞こえてるかー!」


トンネルの入口付近まで来ていた5人組の若者が、ビクッと反応した。

「おい、お前、今なんか言った?」

「言ってない!…でも私も聞こえた」

「嘘だろ…マジでここヤバいんじゃね?」


……おっけぇぇ、反応あり!

しかも全員に聞こえてるっぽい。周りの霊達からの拍手が聞こえる。


「最後は視認ね。姿を見せてみて」

しおんが言い、俺は力を込めた。


一瞬、視界が揺れる。


「──あ、あれ!?あそこ誰かいるっ!!」

一人の若者が、はっきり俺の姿を指差して叫んだ。


「え、子供!?いや、ないないないない、こんな所におかしいって!!」

「やばいって、絶対やばいって!!」

叫びながら逃げていく彼らを見送るなか、しおんがポツリと一言。


「……たぶん、私より霊力高いと思うわよ」


「は???」

あまりにサラッと言われて、俺は完全に固まった。主任が近づいてきて、腕を組んだままぼそっと言った。

「君……なにか特別な未練でもあったのかい?」


「……え?」

「いやごめん、辛い事を聞いたね。今のは忘れて。…でもさっき逃げて行った子達の反応を見た感じ、恐らく人として認識されてたよ。しかも全員から…普通は霊感のある子には見えるけど普通の子には見えないんだけどね」

俺は"あの夜"交通事故にあって死んでしまったが、これといった未練も怨みもない。


でも──


事故の直前にすれ違った、この少女の身体が何か関係しているのだろう。

今、この事を話しても余計皆を混乱させてしまう。まぁ、そのうち話すべき時が来たら話せばいいか。


「……なんか、結構凄いんじゃない?私」

その場の空気に任せておどけてみた。

「そのうち、ここの統括をれんちゃんに任せる時がくるかもしれないわね」

しおんさんが肩をすくめて言う。


──そんな空気の中。


木々の奥から、黒い影がいくつも現れた。俺の周りを囲んでいた霊達がそれに気付き、バラバラと身を引き始めた。現れた影から放たれる"圧"は明らかにそこら辺の霊達とは違った。


「……お前が、神崎れんか」

「何か、凄い霊力なんだって?」

複数の影の中から2つの影がすうと近付いて来て姿を現した。

人間離れしたギザ歯が特徴的な、黒髪を後ろで括ったキツい目つきの若い男と、黒髪ボブで口元のシルバーピアス、胸元に光るロザリオが幽霊としてはどうなのかと思わせる女。


──ほんの少し、緊張が走った。


「いやぁ、さっき見てたけど、凄いね。期待してるよ〜、れんちゃん」

「じゃんじゃんビビらせて、盛り上げてくれよ」


──え、歓迎ムード?


彼らの表情は意外にも穏やかで、まるで旧知の仲のように笑っていた。男は"悠真"女は"玲亜"と名乗った。2人で"ゆうれいコンビ"らしい、漫才師か何かかな。


「……ありがと」


自然と、笑みがこぼれた。

他にいた影達は様子見だったのか、また闇の中に消えていった。少し嫌な気配がした様に思えたが、あまり気にはならなかった。


「れんちゃん、さっきの何?めっちゃ凄いやん!」

「俺らも本気出したら、あれぐらい楽勝や!見とけや!」

「いや、この前全然やったやん…」

いつの間にか湧いて出た剛志達が、間に入って茶々を入れてきた。3人のやり取りが、場をより和やかにした。


「ふんっ、コイツらは全然期待出来ねぇな」

「あ?なんやこのギザ歯、ぶっ殺すぞ!」

「もう死んでんだよバーカ」

3人を鼻で笑った悠真を見て、剛志は早くも悠真と揉めていた。


揉めてる2人を仲裁しながら、こんな生活も悪くないと少しだけ思えた。

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