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「存在意義」

死んでからというもの、色々と急展開しすぎている。

ただの美容師だった俺。ある日、交通事故に遭って、気がついたら山奥の心霊スポットにいて、気付いたら女の子の姿になってて、しかも幽霊としての"業務"を与えられて…


……うん、改めて思い返してもカオスすぎる。

そして今この瞬間は、"死にたて"の3人組が目の前で俺と同じようなカオス体験を味わっている。


「あらぁ、この車……道、塞いじゃってるわね」

少し離れた木陰から様子を見ていたしおんが現れて、ぽつりとつぶやいた。

しおんの視線の先には、3人が乗っていたひしゃげた軽バンが道を半分塞ぐような形で転がっていた。次の瞬間、車はふわりと浮かび、そのまま真っ暗な谷底へ。


──ガシャン。


生い茂った木々がクッションになったのか、さほど大きな音は立たなかったが、鳥達が驚いて飛び立つ音がその衝撃を表した。

だが、当のしおんはと言えば……。


「これで通りやすくなったわ」

と、何でもないことのように肩をすくめていた。


「ちょ…今の…何なん?…俺の車……」

「めっちゃ落ちてったで」

「てか、浮いたよな!? 物理どこ行ったん!?」

目を丸くしている3人。関西ノリで会話してるが、剛志と和樹は表情が引きつっている。

みのりは何故か楽しそうだ。


おそらくポルターガイストの類いだろうが、あれ程の規模の物体を動かせるのは並外れた霊力を持つしおんだから出来る芸当だろう。


しおんはそんな3人の反応には目もくれず、淡々と話し始めた。

「さて、説明するわね。あなたたちはすでに"死亡済み"。ここはいわゆる"心霊スポット"で、あなた達にはこれからここに訪れる人達に恐怖を与える"仕事"をしてもらうわ。

基本業務は、人間を怖がらせること。視覚・嗅覚・聴覚・味覚・触覚──五感を効果的に刺激するため、それぞれが適材適所に配置され、チームを組んで動くの。」


それは驚くほど日常的で、でも異常な説明だった。

3人は間の抜けた表情でしおんの話を聞いていた。


「ふん、味覚て…料理でも振る舞うんかいな」

そう言って鼻で笑った剛志の笑みは、少し引き攣っていた。それを見たしおんはくすりと笑った。

「あら、味覚って意外と強力なのよ。何も食べてないのに無いのに苦味や酸味を感じると、その瞬間の恐怖がより一層"現実味"を帯びるの」

「そうかいな、ほんでその"仕事"とやらをしたら給料でももらえるんか?今更金貰ってもしゃあないで」

「いい質問ね。よく聞いておいてね、お給料は…………出ないわ」


「「「出ぇへんのかい!!」」」


キメ顔でボケたしおんへの3人の息のあったツッコミに、しおんは思わず吹き出した。

「ぷっ……あっはははっ…息ぴったり。ゴメンなさいね、お給料は出ないけど、今の私たちに一番大切な"存在意義"が貰えるの。貰えるとゆうよりは、"認められる"と言った方が正しいかしら」


「存在意義?」

「そう、ただ何もせず過ごしていたら存在が消滅しまうの」

「なんや、成仏出来るんやったらそれでええやんけ」

「成仏…とはまた違うわね。私も何度か霊が消滅する場に立ち会ったけれど、あれは…"二度目の死"よ。

もう感じないはずなのに、痛みに顔を歪め、苦しみ、もがきながら、少しずつ輪郭を溶かすように消えていくの…見送る方も辛かったわ」

しおんは過去に立ち会った消滅を思い返して、眉間にしわを寄せ、下唇をぎゅっと噛んでいた。

死んで幽霊になったら、今度は"仕事"で人間を怖がらせる。それはあくまでこじつけで、ここにいる霊たちが"生存"する為の唯一の手段なのだ。


一瞬だけ沈黙が流れ──


「……なるほど、だいたい分かったわ」と、唐突に頷いたのは、剛志。


「要するにやな、“人間ビビらせたらオッケー”ってことやろ? 上等やん。地元では喧嘩無敗、見ただけで震えられた俺やで? 幽霊になったら無敵やろ。"死してなお無双"のはじまりや!!」


……いや、そんな簡単な話じゃない。


「剛志君がやるならウチも行くで~。お化け屋敷で脅かすのやってみたかったし!」

「俺もやるわ! いっちょ派手に霊力ぶっぱして、トンネルごと崩したる!!」

みちるも和樹もやたらテンション高く、止まらない。


俺と澪は必死に止めた。

「いやいや、霊力ってそんな簡単に使えないから!」

「まずは基礎からだよ!? 勝手に動いたらダメですよ!」


だが、3人はまるで聞いていなかった。

そして最悪なタイミングで1台の車がトンネルの手前で停車した。


「キタキタキター!」

「俺らの華々しい悪霊デビューや!」

「ウチらのチームワーク見といてや!」


3人は制止を振り切り、そのまま鼻息荒くトンネルの中へ突っ込んで行った。


────


案の定だった…


「──あれ??気のせいか〜」


「剛志君、キメ顔で立ってたのに、カップル完全スルーやったで」

「ウチも"うらめしや〜"って頭に直接ささやいたのに、"風かな?"やって……」

剛志の圧は効かず、カップルは普通に談笑しながら通り過ぎていく。

みちるの念話は小さすぎて、ただの雑音。

和樹が力んで発したポルターガイストは、近くの葉っぱをわずかに揺らしただけ。


「ちょ、待って、これ……俺ら流石に雑魚すぎんか?」

「無力すぎるやろ!なんなんコレ!」

「生きてる時の方がよっぽど怖がられてたわ!」

全員パニック。自信満々だったのが一転して困惑の嵐。


でも、その騒ぎの中──俺は澪の異変に気づいた。


澪の顔が、ふいに凍りついたように固まっていた。先ほどまでの優しくて内気な雰囲気が一変、まるで別人のような冷たさ。

その視線の先には、トンネル出口付近のカップル。ふと、会話が聞こえてきた


「彼女には怪しまれてないの?」

「大丈夫だよ、あいつ鈍感だし。仕事って言って出てきたしな」

「ふふ、最低〜」

「お前もな〜」


あぁ、この2人、浮気中なんだ。

しかも悪びれた様子もなく、軽く笑いながら話している。


「…ゆ…さない……」

その瞬間、澪が“変わった”。

肌の色がくすみ、瞳は黒く沈み、唇の色が消える。

裂けた皮膚が現れ、ドロドロと崩れるような気配。

空気が一変し、辺りに重苦しい冷気が広がる。


「……許さない……許さない……ッ」

その声は、地の底から響くような怨嗟だった。


「澪、ストップ!!」

しおんの声が響く。先程までの落ち着いた声とは違い、焦りと緊張が混じっていた。

だが、澪にその声は届かなかった。


赤黒い霧が立ち込め、空間全体が歪む。壁に無数の手形が浮かび、ハウリングとも悲鳴とも取れるような奇声がトンネル内で反響し耳にひびく。トンネルは異界と化し、現実とは思えない光景が広がっていく。

カップルは一歩も動けなくなり、顔を青ざめさせていた。


……あれが、澪?


ついさっきまで、ちょっと人見知りでオドオドした先輩霊だったのに。その背中は、今は誰よりも孤独で、哀しくて──恐ろしかった。

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