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「職務紹介」

目が覚めたら、そこは山間の心霊スポットとして知られる古いトンネルの中だった。暗い湿気と、コンクリートに染み込んだ苔と泥の匂い。俺――神崎蓮は、訳もわからぬまま、少女の霊体に憑依していた。最初は悪い夢かと思ったが、目の前にふわりと浮かぶ幽霊の少女がそんな幻想を簡単に打ち壊してくれた。


「……れんちゃん…大丈夫?」


心配そうにのぞき込んでくるその少女、澪は静かな声でそう尋ねた。


「う、うん。まだ混乱してるけど……なんとか」


俺は曖昧にうなずいた。状況も体の正体もまるでわからない。ただ、目の前の澪は敵ではなさそうだった。


「今……ちょうど来たみたいだから……良かったら、見学してみますか?」


「来た?…見学??」


「うん……わたしたち、交代で"担当"してるんです。人を怖がらせるの……」


まるでアルバイトのシフトみたいに淡々と言う澪に首を傾げつつ、俺は導かれるままトンネルの奥へと歩いた。


崩れたガードレール、剥がれかけた注意看板、濡れた地面。そこには確かに"何か"が潜んでいる空気があった。


やがて、広めの空間に出る。暗がりの中、複数の霊たちが浮かんでいた。老若男女さまざまな姿。けれど彼らの目は真剣で、どこか張り詰めた雰囲気すら漂っていた。


「今回の担当は"ビジュアル"と"音響"、それから"誘導"の方々…後、監督役でしおんさんですね……」


澪は指を折って説明してくれた。


◆ビジュアル担当:目に見える形で直接驚かせる専門職。トンネルの入口に立つ黒髪の女、頭だけを覗かせて道の先から睨む子供、遠くの天井に貼りついている老人など。演技力や存在感が重要視され、出現の"間"やタイミングが命だという。


「目が合ったときに"ゾワッ"とさせるのが理想、って言ってました……」


◆音響担当:姿を見せずに音だけで恐怖を植え付ける役割。何もないはずの背後で聞こえる足音、耳元で吐息のように囁かれる声、コンクリの壁をノックする音など。共鳴や反響を巧みに使いこなすその技巧は、ちょっとした芸術の域らしい。


「見えない何かがいる……っていうのが、場が緊迫している時にそうゆうのが結構効くんです……」


◆誘導担当:人間を自発的に怖い位置へ導く役。冷気を流してスマホの電池を消耗させたり、"誰かがいた気配"を一定間隔で繰り返して疑心暗鬼にさせたり、一本道の暗がりへ誘い込むような微細な気配を操ったりと、チームのリーダー的な役割を担う事が多い。


「気配とか色々使って、人間を追い詰めていくんです……。結構頭使うお仕事で……」


「……ちゃんと役割分担されてるんだな……しおんさんの監督役ってのは?」


「今回のチームは"霊力"の弱い方達が結構いるので…そうゆう方のサポートや……いざとゆう時の…ね」


「"霊力"ねぇ…あの人、只者じゃない感じはしたけど、そうゆうポジションなんだ」


と感心した矢先、トンネルの入口からいくつかの光が差し込んできた。男三人組の若者が、スマホを片手にガヤガヤと歩いてくる。


「マジでここ、出るらしいぜ…… 」

「夜に来るとか俺らバカだろ」

「おまえ先頭行けって!」


「そろそろ開始……」


澪がぽつりと呟いた。


霊たちが素早く動き出す。トンネルの天井裏、灯りの届かないカーブの奥、立ったまま道をふさぐような位置に佇む霊もいる。各々の霊たちがそれぞれの役割に応じた配置に付く。


ビジュアル担当が、ゆっくりと光の端に現れる。


「おい……今なんかいたよな!?」

「いや、お前マジでそうゆうのいらないから!!」


次の瞬間、音響担当の"笑い声"が背後から響く。


「あは…は……あはははははははははははは」


「ひぃっ!!」

「マジでヤバいマジでヤバいマジでヤバいっ!!」


トンネルに反響し響き渡るその声に彼らは一気にパニックになっている。


誘導担当の気配が彼らを出口側の峠の奥へと続く道へと視線を誘導していく。スマホのライトが一斉に消え、トンネル出口側のライトが不規則に点滅する。彼らが光の射す方へ自然と視線向けた先には、ビジュアル担当が黒く長い髪を振り乱しながらものすごい勢いで這い寄ってくる。


「うわああああっ!!」


3人は転がるようにトンネルの外へ逃げていった。完璧な連携だった。


「……皆さん、上手ですね……」


澪が小さく呟いた。俺も同感だった。これはもう"幽霊の脅かし役割分担"どころか、ほとんどプロの舞台演出だ。


するとそのとき、ひと仕事を終えて談笑していた霊たちの中心から、しおんがふわりと歩み寄ってきた。スッとした立ち姿で、まっすぐこちらに視線を向けてくる。

澪がすぐに気づき、ぺこりと小さく頭を下げた。


「しおんさん……お疲れさまでした」


「私はみんなの霊力の流れをちょっと整えただけよ。さっきの“お客さん”たちは霊感が強めだったから、ほとんど出番はなかったけどね」

そう言いながら、しおんは現場の霊たちの様子を見渡し、満足そうに微笑んだ。


「……霊感の強い人って、それだけ霊が見えやすいから、怖がらせやすいってこと?」


「正解。れんちゃん、飲み込みが早いわね。さすが期待のルーキー。今後が楽しみだわ」


「えっ……ええと、それって……喜んでいい感じ……?」


しおんはくすっと笑って頷いたあと、少し真面目な顔になって続けた。

「私は立畑峠の一帯を統括しているの。だから強い霊力を持ったれんちゃんには期待しているの」


「……つまり、俺もここで人を怖がらせるって事?」


「そういうこと。もちろん今は"仮配属"だけど、適性を見ながら本配属を検討していくわ」

そう言ってから、しおんは澪に視線を移した。


「初見でここまで理解できるなら、実地研修もいけそうね。今後の様子を見て、また報告して」


「……はい」


静かに頷く澪の横で、しおんは改めてれんに向き直り、落ち着いた声で言った。

「ここにいる霊達にはそれぞれ霊力に応じた得意な分野があってね、今日見た三つだけじゃなく、"電波妨""感情同調""記憶撹乱""実体干渉"と他にも色々あって──最近は特殊な才能を持つ子も増えてきているわ。みんなそれぞれ得意な分野を伸ばしているの」


「しおんさんは何が得意なんですか?」


「私は…基本的な分野は大体出来るのだけど、やってて1番楽しいのは実体干渉ね。他人の身体を操るの」


「操るって…」

ぽかんとしているれんを見て澪はくすっと笑った。


「しおんさんは…特別…大体の霊達は1個の分野を特化させて…余力があれば後1〜2個ぐらいが限界です……でも…れんちゃんなら出来るかも」


「れんちゃん、あなたは自分が思ってるよりずっと強い存在なの、だから…ね?ふふふ…」


そう言ったしおんの顔はとても輝いていた。有能な部下が着任してきたら配属先の上司はきっとこんな顔になるのだろう。


──俺も……いや、"わたし"も。ちゃんとこの世界で役割を見つけられるだろうか。


そのとき、澪が優しく微笑んで言った。

「きっと大丈夫。れんちゃんは……すごい力、持ってるから」


「確かに、なんかチートではありそうだし頑張ってみるよ」


「……チート??」


「ううん、何でもないよ。これからよろしくね」


「よろしく」


「よろしくね」


3人の会話はトンネルの奥にほんのり響き、どこかあたたかく残った。

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