「やり過ぎ注意」
静かな夜の峠道。人の気配はまだ遠い。俺は澪と並んで、トンネルの入口近くに腰を下ろしていた。頭上には月が浮かび、木々の隙間からわずかに光が差している。
「澪、最近ちょっとずつ仕事復帰してきてるね。調子はどう?」
「うん……まあ、ボチボチってとこかな。まだちょっと怖いけど、昨日は音響担当して...ちゃんと出来たよ」
「それはよかった。少しずつでいいから、無理しないでね」
俺がそう言うと、澪はほっとしたように頷いた。けれど、その柔らかな空気はすぐにかき消された。
「はいはいちゅうも〜く!本日の主役が通るぜ〜」
聞き覚えのある声が響く。現れたのは、ギザ歯を見せながらニヤつく悠真と、胸元にデカめのロザリオを光らせた玲亜..."ゆうれいコンビ"だ。
「今日の担当は俺たちだぜ。しっかり見とけよ」
「は〜いよろしく〜」
悠真が腕を組み、得意げに仁王立ちする。後ろで玲亜が気だるげに手を振った。
すると、それを見ていた剛志が口を尖らせて近づいて来た。
「なんや、お前らまた出しゃばる気ぃか。中堅のクセにいっつも目立ちたがりやな」
「うっせーな、雑魚が吠えてんじゃねぇ。まずは鏡でも見て自分の霊力レベル確認してこい」
「なっ……!雑魚ちゃうわ!ぶっ殺すぞ!」
「だから、もう死んでんだよバーカ」
漫才のようなやり取りだ。
「やめときや剛志君。この前も喧嘩売ってボロ負けしてるやん」
「ってか2人、毎回揉めてるやん」
和樹の呆れた声に、みのりも肩を落とす。案の定、剛志は悠真のポルターガイストで羽交い締めにされていた。
すぐ近くで、呆れ笑いをしていたしおんが、ひとつ咳払いして場を収めた。
「はいはい終了〜……ところで、そろそろ来るわよ」
しおんの言葉に全員の視線が一斉にトンネルの入り口に向けられた。反対側の入口から、スマホの明かりと笑い声が近づいてくる。
「よっしゃ、そろそろ出番だな。気合い入れて行くぜ」
「"ゆうれいコンビ"の恐ろしさ味あわせてあげる」
悠真は首を鳴らし、玲亜は不気味なオーラを放出しながらトンネルに向かって行く。そんな2人の肩にしおんがぽんと手を置いた。
「あなたたち、今回はちゃんと限度を守ってね。前みたいにむちゃくちゃしたら...分かってるわね?」
「分かってるって。ちょっとビビらせるだけだろ?」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。俺の"命"にかけて誓ってやるぜ」
「……それが信用できないのよね」
しおんは玲亜の方をちらりと見る。
「今回は、サポートもつけておくから。ちゃんと調整してね」
「はーい、はーい。お付きがつくんだってさ。芸能人みたいでいいじゃん」
そう言って玲亜が振り返る。しおんはニコリと笑う。そして俺の目の前に来て、静かな圧のある笑みでじっと見つめる。
「...え、俺が行くの?」
「大丈夫、他にも何人か付けるから。れんちゃん、2人に何かあったら...おねがいね」
「……わかったよ」
なんだか釈然としなかったが、俺はゆうれいコンビと一緒にトンネル内へと入っていった。
──
トンネル中央付近に来ると、少しチャラついた男4人組がスマホでBGMをかけながらノリノリでやって来た。
「ってか、ここヤバいって聞いてたけど、何も出ねえじゃん」
「写真とか撮っちゃお〜」
「じゃあ俺、動画回しま〜す」
「ヤバいの写ったら、拡散して、バズっちゃって、インフルエンサーになっちゃったりして」
虚勢を張っているのか、それとも余裕なのか、とりあえず会話の内容はチャラかった。そんなチャラついた4人のバカ笑いが、トンネル内に響いていた。
その時、玲亜の霊力がそっと辺り一帯を包んだ。次の瞬間、トンネル内に流れていたスマホの音楽が突然停止し、かわりに妙な着信音が鳴り始めた。
「……え? なにこの音?」
「お前の着信音ダサくね?」
「いやいや、こんな設定して無いし...」
4人がざわつき出す。照らしていたスマホのライトが点滅し、全員のスマホの画面はブラックアウトした。
「ふふ、いい反応だねぇ」
玲亜が口元を歪めて笑う。彼女の得意分野は、"電磁干渉"だとしおんが言っていた。スマホでエゴサが出来る羨ましい能力だ。
次の瞬間、壁に吊り下がっている換気ファンがガタンッと音を立てた。
「うわっ!?」
「なになになに!?」
ポルターガイスト……これは悠真だ。得意分野は"実体干渉"だが、ポルターガイストも少し使えるらしい。
「おい、まだまだこれからだぜ?」
悠真が腕を大きく広げると、落ちていた木の枝や石が無数に地を這い、"ざり...ざりざり"と何かが這い寄って来るような音を作った。
そこで恐怖のピークが訪れたのか、一人が叫んだ。
「やばいって! なんかいるって!!」
その声がスタートの合図のように、全員が一斉にトンネルの来た道へ走り出した。どうやら4人のあの態度は、虚勢だったようだ。
枝や石、最低限の力で動かせる物で、大きな恐怖を演出する、悠真のポルターガイストは見事だった。これは剛志達の勉強になっただろう。
そう思っていた矢先───
「おいおい、もう終わりかよ」
「さっきまで余裕ぶってたのにー」
「まだ実体干渉使えてねぇから、もう少し遊んでくれよ」
そう言いながら、ゆうれいコンビは逃げて行く4人を追い掛けて行った。
「ちょっ...2人共、もう終わりでいいだろ?」
声を掛けたが見向きもせずに追いかけて行く2人を見て呆気にとられていた。
(まずいわ、れんちゃん!2人を止めて!)
!!!?
トンネルの外で様子を見ていたしおんからの念話だった。
(しおん?)
(れんちゃん、2人はここに来た人間を死に追いやった事があるの!このままだと、またやり過ぎてしまうわ。ここからだと私は間に合わない...お願い、2人を止めて!)
死...
途端に全身の毛が逆立った。
ゆうれいコンビはもう出口付近まで行っている。流石に幽霊でも瞬間移動は出来ない。
「一か八か...」
足元に霊力を集中させてふわりと宙に浮いた。
「そのまま浮遊してもスピードは出ないよな...」
浮遊をキープしたまま、自分を対象にポルターガイストを使うと身体が視えない何かに包まれる感覚がした。
深く深呼吸をして...
全力で出口に向かって自分を投げた。
ブォンッ!とゆう音と同時に、とてつもないスピードで出口に向かって飛んで行く。ジタバタしながら体制を立て直して、何とか地面と並行になる。
飛んで行くその姿は、サイヤ人みたいだった。
──
一方その頃トンネルの外では、逃げ帰って来た4人組が車に飛び乗ってエンジンを掛けようとしていた。
だが──掛からない。
「え、ちょ、エンジン掛からないんだけど!? なんで!?」
「おい、早くしろよ!!」
玲亜がじっと車を見つめている。……電磁干渉。スマホだけじゃない、車の電装系までコントロールしてる。
ようやくエンジンがかかったが、その頃には、ゆうれいコンビは車の真横まで来ていた。
「はい、射程圏内っと」
悠真がギザ歯を見せて笑う。その瞬間、車の中から運転手の叫び声が聞こえた。
「うわっ、な、なんだこれ!? 腕が……勝手に……ハンドルが!!」
実体干渉。悠真は対象に一定の距離まで近付くと発動出来るようだ。
「発動させちまえばこっちのもんだ。距離なんて関係ねえよ」
「脚が……ブレーキ効かねぇ、動く、勝手に動くって!!」
車がガードレールに向かって猛スピードで突っ込んでいく。
──
「止まれぇぇぇっ!!」
何とか追い付いた俺は、霊力を最大限に高め、手を前に突き出す。
車体の前に霊力の圧がかかる。タイヤが軋み、金属音を立てて車はググッと減速……そして、ガードレールギリギリでピタリと止まった。
「よかった、何とか間に合っ...!」
ほっとしたのも束の間、自分に使っていたポルターガイストを解く時間が無かった為、トンネルから飛び出した勢いそのままに転がりながら壁にぶつかった。
霊体なので痛くは無いが、気持ち的に痛かった。
直後、悠真が舌打ちする。
「チッ、余計なことしやがって……」
「……悠真、玲亜」
怒気を含んだ低い声が響く。2人が振り返ると、そこにはしおんが立っていた。その瞳は、これまで見たことがないほど冷たく光っていた。
「限度...超えてるわよね?」
誰も、口を開かなかった。風がざわりと鳴る中、妙に静まり返った空気が辺りを覆っていた。




