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(16)秦人の襲来


 しかし、そのワヒ国にとっての平和な時代は長く続かなかった。

 この頃、西の大陸を統一した秦の始皇帝が没した。外征のための軍役や宮殿・長城など

の建設のための労役で各国から徴用した数百万の民は、始皇帝死後の混乱の中で、多くが

流民化し、陳勝・呉広の乱などの戦乱の中で西の大陸の周辺部へと移動してゆく。その民

は韓・趙・魏・楚・燕・斉などの出身に関係なく「秦人」とよばれ、アジアの各地に混乱

と戦乱を引き起こしてゆく。「秦」の名が周辺国に伝わり、シナ、チャイナ等の語源とな

った事は良く知られている。そしてこの西の大陸で激烈な戦いの中、最強の軍であった秦

人達が、山東半島や朝鮮半島を経て日本列島へと渡来してくる事になる。


 平和な日常を回復していたワヒ国に、ある年の秋突然見たことのないそと人の大軍が、

西の海と陸から来襲した。そと人たちはヤマタイや倭族よりも大きな体格の兵達で、黒い

旗を立て、黒光りする鎧兜を身に着けていた。数千のそと人の兵達が隊列を組んだ俊敏な

動きで北の浜から現れ、船から上陸した兵達と共に西の浜に集結し五千を超える隊列を整

えた。その中から三人の騎乗した使者が現れ、ワヒ国の砦の前で、そと人の言葉で声高に

呼ばわった。

「この地の長に話がある、出てこい!」

ワヒ国の長のニカが出向くと、そと人の使者はこう言った。

「我々は西の大陸を統一した秦の民だ。この島に秦王の威光を伝えるために渡来した。有

難く迎えよ!」

対して、ワヒ国の長のニカが応えた。

「そと人がこのワヒ国に来るには、それなりの礼儀がなくてはならぬ。ひとまず兵を引き

、国に帰って、秦王の親書をもって、正式な使者を送れ。そうすればそれなりの礼儀をも

って迎えるだろう」

 ワヒ国が、秦人の兵達を迎える事を拒否したことを確かめた使者は、

「それでは、この秦人の兵達が、お前たち土人に、礼儀とは何かを教えるだろう」

と言い放ち、静まり返る秦人の兵の隊列へと引き返して行った。


 そして、大きな鐘が鳴り響き秦人の兵の隊列が動き始めた。まず前面に弓隊が現れ号令

をかけ、そろった動きで大きな仕掛け弓に足を使って矢を装填し、一斉に矢を放った。

 空が黒くなるほど大量の矢が、村の砦の前に出てきたワヒ国の兵に向かって撃ち込まれ

た。盾をも貫く強烈な矢がワヒ国の兵を次々と倒していく。次に斧がついた長槍を高く掲

げた兵達が隊列を組み、ワヒ国の兵に近づき振りかざした長槍の斧を叩きつける。最後に

その後ろから鎧兜で武装した兵が飛び出し、ワヒ国の兵に長い刀で襲い掛かった。


 ワヒ国の兵は村の砦で勇敢に戦い、大きな弓から放たれる大石でそと人の軍に損害を与

えたが、そと人の軍はひるむことなく仲間の死体を乗り越えて突入し村の砦を数時間で陥

落させた。ワヒ国の兵士たちは皆殺しにされ、その死体は東の岡に建つ城の前に山のよう

に積み上げられた。これは大陸の戦いでは勝利した軍により通常のように行われる「京観」

という風習だったが、城に避難していたワヒ国の女子供達にとっては大きな衝撃だった。


 ワヒ国の村を守る砦を制圧した秦人達の軍は、東の岡に建つ城の大きな弓から打ち出さ

れる岩や石にひるむことなく、一斉に構えた大弓から雨のように火矢を撃ちかけ、燃え上

がる柵を乗り越え侵入し、ワヒ国の兵を倒していく。ワヒ国の長ニカは城にとどまり槍を

ふるって最後まで戦い殺された。女子供たちを中心としたワヒ国生き残りの人々は、そと

人の軍の追撃を逃れ、城を脱出し東の山々を目指して落ち延びていった。


 このワヒ国への来襲に先立って、秦人達はマツラ国に来襲していた。マツラ国の王は、

入り江を埋め尽くす秦人の兵を見て、戦いを避け国を譲り臣従する道を選んだ。マツラ国

の人々は、この黒い旗を掲げる新しいそと人達が秦人であり、西の大陸で恐ろしい強さを

発揮した秦の部族であることを知っていた。戦う事が無益だと判断したマツラ国の人々は

国を捨てて北へ逃げ延びるしかなかった。マツラ国はワヒ国に連絡する事も救援を求める

事も出来ないままに消滅していた。


 九州の西の地でワヒ国に侵攻した秦人達は、ワヒ国の地を占領しただけで事足りたわけ

ではなかった。この地の民は逃げ去り、無人と化していた。このままでは使役する民がい

ない。秦人達は自分たちで田畑を耕したり魚を獲るのは不得手だった。その次の年、秦人

達は使役できる民を求めて、南のクマ族の地を目指して進撃を始めた。

 クマ族の地に現れた秦人の兵の侵入を防ぐために、クマ族は四千人の兵を集め、荒々し

い模様の大盾を並べ弓を放ち槍を振るって激しく戦った。しかし、五千人の秦人の兵はよ

り大きな仕掛け弓から放たれる強力な矢を雨のようにクマ族の軍に浴びせ、黒い鎧兜で整

列した隊列が前進し、大きな斧の付いた長槍を振り下ろした。四千人のクマ族の軍は無残

に敗北した。

 敗北後、クマ族は秦人達を迎え入れ臣従する道を選んだ。クマ族は数百年前にそと人達

を受け入れ王として迎えていた。そのクマ族にとって、これ以上秦人達と戦って多くの犠

牲を払うよりも、秦人達を受け入れ臣従するという選択が賢明に思えた。クマ族の王だっ

た一族は新しく来た秦人達の王に国王の座を譲り、国を去った。

 秦人達はクマ族の決定に満足し、クマ族の人々を使役することで、その暮らしを豊かに

していった。秦人の支配を迎え入れた球磨国はその後、強大な勢力を有する事になってい

った。

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