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(1)わの村

 マサという少年が小魚が群れる透明な海中から、息をつめ片手で水をかき、光がきらめ

く海面へと上がっていく。海面の上に出て大きく息を吐きだし、新鮮な空気を肺いっぱい

に吸い込んだ。青い海面の向こうに緑の山と白い砂浜が見える。マサはその砂浜に大好き

なイミという娘の姿を捜しあてた。マサは長い突き棒を上にあげてイミに合図を送る。

それに気付いたイミも笑顔で手を振った。


 ここは現在「九州」と呼ばれている大きな島の北にある海岸のひとつだ。マサたちのい

るわの村は、緑の濃い山々に囲まれ入り崎と上がり崎の二つの岬の間にある浜辺にある。

沖には鯛島と栗島という小さな島が見える。わの村は、親族ごとの十四の集落からなり、

各集落には、家族ごとに幾つもの竪穴式住居がある。住居は掘り込んだ穴の上に板を敷き

、柱と梁を組んで枝や藁で覆っている。集落の真ん中には、石で囲った火を使う場所があ

る。


 わ村の男たちは海に丸木舟で漕ぎ出し、なわ網や突き棒で魚を取る。山では罠をしかけ、

弓矢や石槍でシカ、イノシシ、ウサギ、キジ、カモ等を狩る。そして女たちは浜辺で貝や

海藻を採り、野原で木の実(クリ、クルミ、ドングリ)や山菜(ワラビ、ゼンマイ)果実

(山ぶどう、木苺)、根菜(ユリ根、山芋)を育て収穫していた。


 マサという少年は十四歳になっていた。この時代では獣や魚を獲るのに充分な年齢だ。

マサは、毎日海に出て素潜りで突き棒をふるって魚を獲っている。マサの周りには、見え

るところだけでも十艘近い丸木舟が浮かび、男たちが素潜りをしている。マサの父親のハ

サも、どこかで魚を捕っている筈だ。海は広く、魚はすばやく逃げる。魚を突き棒で仕留

めるにはかなりの工夫と経験が必要とされている。マサの父親は突き棒の達人といわれて

いる。いつも村で一番多く魚を捕るのはマサの父親だった。マサも父親から突き棒で魚を

捕るコツを学んでいた。多い時には一日で十匹以上の魚を突くこともあり、もう一人前だ

と村人から認められている。


 夕刻になり海に潜っていた男たちは浜辺へと戻っていく。浜辺では女たちが並んで出迎

える。獲った魚は、各集落ごとにまとめられ、村人みんなに公平に配分された。マサはイ

ミの姿を見つけ笑顔を見せ、茅葺の家へ戻っていく。女たちの歌声が響く。


  大漁だよ、大漁だよ、海の女神様ありがとう、たくさんの魚をありがとう

  大漁だよ、大漁だよ、達者な男達ありがとう、今日も無事でありがとう


 集落の真ん中の焚火の周りにはいくつもの甕が並んでいる。女たちが甕のなかから魚や

芋や野菜が入った煮物を、各家の器に取り分ける。各家で夕餉が始まる。

大人たちは酒を酌み交わしている。幼い弟や妹たちは、藁を敷いた家の中で、はやくも眠

りについていた。マサも心地よい疲れのなかでウトウトとしていた。


 マサの父親のハサは酒を飲みながら、今日はイノシシより大きな魚を捕り逃した。モリ

は当たったんだが逃げられた。あれは村のみんなに分けられるほど大きかったと残念がる。

マサの母親のキリは、「そんな事より、マサも一人前になった。早く結婚させないと」と、

マサの好きなイミという娘の話をする。明日にでもイミの家に挨拶に行きたいという。

マサはそれを聞いて顔を赤くして喜んだ。


 外では、大人たちの酒宴が続いている。村の古老がいつもの長い昔話を始める。

「昔々、わ人たちは遠い西の国にいた。寒い冬が続いてみんな食べ物もなく凍えていた。

悪い龍がたびたび現れて竜巻を起こし、海の水が天に吸い上げられ、海は干上がっていっ

た。わ人たちは魚が捕れなくなって困っていた。わ人たちが遠くなった浜辺へと出かけた

時、海の女神さまが現われて、わ人たちに干上がった海を歩いて渡り東の地に向かうよう

に勧めた」


「わ人たちは海の女神さまの言葉に従い、東へと向かうことになった。長い長い旅が始ま

った。わ人たちの行く手には、サラルたちが待ち受けていろいろな悪さをして、わ人たち

の歩みを止めようとした。わ人たちはそれを何とか追い払い、東の国へ進んでいった。長

い旅のおわりにわ人たちがたどり着いた東の国は、果実の多い森が広がり、暖かい海に色

とりどりの魚が群れていた。わ人たちは海の女神さまに感謝し、その東の国で暮らし始め

た」


「しかし、長い年月が過ぎ、わ人たちがもとの西の国や長い旅を忘れかけた頃に異変が起

こった。突然、西の大きな火山が大爆発を始めた。炎を上げる火の川が麓を埋め尽くし、

森は焼け果て、大量の灰が空一面に吹き上がり太陽は姿を消した。灰は地上に絶え降り積

もり、森や草原の獣はいなくなり海も白く濁り魚はいなくなった。わ人たちは灰に埋もれ

何処に進むことも出来なくなった。しかも山から火を噴く恐ろしい龍が現れ、わ人たちに

襲いかかった。わ人たちは濁った海の中に逃げ込むしかなかった。陸に戻れなくなったわ

人たちは溺れて海の底へ沈んでいった」


「深い海の底に沈んでいったわ人たちは、そこで思いがけない世界を見る。深い海の底は

青い空の下、暖かい風が吹き、緑の草原に花が咲く楽園だった。そこは海の女神の国だっ

た。海の女神の国の人達は優しくわ人たちを迎え、見た事もないご馳走を出してくれた。

助けられたわ人たちは、海の女神の国で幸せに暮らすことになった。あっという間に一年

が経ち、わ人たちは、海の上の国に戻って様子が見たいと、海の女神にお願いした。海の

女神はこれを許し、すぐにわ人たちを海の上の浜辺に戻してくれたが、その土地はやはり

灰に埋もれ住めるところではなかった。わ人達が困っている様子を見て、海の女神は今度

は海岸に沿って北へ向かって進み、ずっと北にある大きな湖を囲んだ土地に行って、国を

つくるように勧めた。わ人たちは海の女神の言葉通りに東の国を離れ、海岸沿いに北へ向

かって旅をはじめた」


「わ人たちは新しい海岸で貝を拾い魚を獲りつつ北へ北へと旅を続けた。長い旅の後、わ

人たちは海の女神様の言葉通りの土地にたどり着いた。そこは向う岸が見えない程大きな

湖を囲む地で、豊かな森にはシカやイノシシが群れる楽園だった。わ人たちはここが旅の

目的地の北の国だったことを理解し、その地で幸せに暮らし始めた。それがこのわの村の

ある国だ。この島はいまでこそ海に囲まれていて、周りの陸地とは海で隔てられているが、

昔は西や北の地と続いていた。湖では大きなナマズが獲れた。湖のナマズは・・・」


 村の古老のいつもの昔話を最後まで聞いている者は少なく、話の終わるころには村のほ

とんどのものは眠りについていた。

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