水中花
映像的ね。
海面ちかくまで浮きあがれば
つぎは顔を出して月を見たくなるってものさ
海の底と比べなんてするもんじゃないと
あんたは嗤うだろうけれど
深く 深くと
いちばん底に手をつくまでのばすより
高く 高くと
その果てなき空に手を掲げるのは
なんだか誇らしい気分でもある
決して届きはしないだろうといつ絶望が
その裏で蠢くのだとしても
つかんだ想いを手放すまいとするふりで
握り潰していた
はなびらの如き指をほどけ
飛沫をざばぁんとあげて
水中花がつぼみをひらくように
てのひらを水上に咲かせるんだ
顔をつき出して 唇で大気にキスをしよう
酸素を これまでと違った器官で吸いこめば
胸のなかに詰めたぶんだけ膨れあがる
水圧の戒めが解かれた いま
弾けてしまいそうな風船みたいになってるけど
いっそのこと ずたずたに千切れて
この海面を漂えたらと願ったら
それもまぁ悪くないかもしれない
海の底で錆た錨のように沈みつつも
鎖のさきで浮かぶ船がこそ
じぶんの魂の在処なのにと知りながら
朽ち果てるのを待っているより
この肺が張り裂けてしまうおうと そのまえに
せめていちどだけでも月をおがんでみたい
せめてひとつだけでも星に触れてみたい
だからは手を掲げるんだ
ひじをまっすぐにして 高く高くさ
まだその高さは不充分で
月にも星にも まるで届きはしないけれど
背筋から 指さきまで ぴんとまっすぐにしたんだ
だけど 月か星へと届かせようだなんて
身の丈をこえるまで まっすぐにしたぼくは
膨れた肺が張り裂けてしまうまえに
反り返って張り詰めきっていた背筋が
ついにばりりと裂けてしまって
へし折れるまで掲げてやろうとした手を
難破船が遺した板切れのように
ひじからまっすぐなまま
海面に浮かせて斃れる
月にも星にも触れることは叶わずに
ひらいたゆびが結ばれて
その輝きをつかむこともなかったけれど
もう手放すまいと
握り潰すこともなかったわけだから
むごたらしい最期をむかえたとしたって
やっぱりこれでよかったんだと思う
音声執筆で、マイクに思いつくまま話したメモを、推敲とゆうか再構成しました。