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第21話

 しばらくの間、田島の奥さまとご近所の噂や、お世話になっている飯綱さまのお屋敷での出来事だの、他愛無い雑談をした。

 私はこのところ家を空けがちで、顔を合わせても用件を話すのみだったように思う。元はしょっちゅう行き来しては、気が置けない会話をしていたのに。

 気楽な時間を過ごして、なんだかんだ張っていた気持ちも少しほぐれた。奥さまにも笑顔が戻ったのを確認して、暇乞いする。


 そして自分の店へ戻ってみると、出かけていたはずの田島のご主人がいらしていた。

「アラ、まあ田島さん。今奥さまとお話して来たところなんですよ」

「顕ヲちゃん。飯綱さんからそれを聞いたんで、待ってたんだ」

 ……どういうことかしら?

 うちの座敷のちゃぶ台で飯綱さまと田島のご主人が向かい合って座っているのは、なんだか不思議な光景だけども。

「いやなに……家内について、顕ヲちゃんに話しておきたいことがあって」

「……伺います」

 田島のご主人は奥さまより少し歳上で、ご結婚前から今と同じ場所で店をやっていると聞いていた。ごま塩頭に締まった体格の、穏やかな人柄の方だ。

「安心させに行ってくれたんだってね、助かるよ。聞いたと思うが、この所あれこれ気を揉んでいてね」

「とんでもない。私がご心配おかけしてしまっていたので」

「……それが、顕ヲちゃんのことだけでもなくて。あいつはあまり公にはしたくないみたいだが、近ごろ無尽むじんに入れ込んでいるようで」

「マァ無尽。何目的のものでございます?」

 無尽とは、一つの目的、例えば品物や金銭そのもの、祭祀などのために集団でお金を払込み、まとまった額を融通し合う、というような仕組みである。

 集めたお金を使う時はくじによる総取りであったり、銀行を使えない庶民層では一時借入れて以降は返済するものなど、無尽によって決まりは様々だ。

「それがどうも、賦活の術に関するもので……互助っていうのかね? 例えば身内のものに大怪我だのがあった時、無尽から費用を引き出して術者を呼ぶらしい」

「それは結構良いもののように思えますね?」

 賦活の術は使える術者が極めて限定される。天眼通よりもまだ少ないはずで、依頼にかかる費用は文字通り桁違い、とても庶民の手の届くものではないときく。

「うちの娘のこともあったからね、あいつの不安な気持ちもわかるんだ。ただどうもその無尽の親というのが……果たして信用していいのかどうか。俺は詐欺なんじゃないかと」

 田島のご主人は、奥さまの参加している無尽については、始める時に承諾して以来ざっくりとしか聞いていなかった。試み自体は悪いものではないし、勿論何か事故などに遭えば役立ち、何もなくとも妻の不安が和らぐのならば良いと許可したのだそうだ。

「ところが最初の頃は決まった日付ごとに金を納めるだけだったんだが、最近は集会に出かけていくようになった。何やら術者の偉い先生が来て、ありがたいお話を聞かせてくれるとか……どうだい、妙に胡散臭くなって来ただろう?」

「確かに……」

 それだけ聞くと、詐欺の手口みたいだわ。

「今のところ、初めに決まった額以外は払っちゃいないようだから様子見している。だがもし顕ヲちゃんを勧誘するようなら、知らせてほしい」

「そういうことでございますか。承知いたしました。何事もなければ良いのですけど……」


 田島のご主人にその後、術込めをした商品を店に置いていただく件をお願いしてみた。

 元々私の店では田島下駄店から仕入れをして、下駄に足音を抑える術を込めたものだとか、底に滑り防止の術を込めた草履などを売っていた。これらのものを田島下駄店の方で普通の商品と並べ、価格は術の分上乗せしてもらうという寸法だ。

 届け出書類の作成をこちらで代行するという点も、田島のご主人には喜ばれた。先に話がまとまった赤井さまの場合は、お店に人を雇っておられるから代行はあってもなくても良いとの反応だったが、個人経営ではそのあたりの負担が重く感じるのだろう。


「結構トントン拍子にお話が決まってきたじゃアありませんか。幸先良いですねえ」

 伝太さんが引き出しから取り出した、一振りすれば乾く術のかかった手拭いの枚数を数え終わり、それを飯綱さまが帳面に書き付ける。

 卸先を今後もっと増やしていくのに備えて、今日は店の在庫の帳簿作りをすることにしたのだ。

「今日のお二方はご縁のあるお店ですからね……全くはじめて訪ねるところでは、こうはいかないと思いますよ」

「魔術道具店が近隣にない場所をまわってみると良いでしょう。例えば、――」

 飯綱さまがいくつか地名を挙げてくださった。こういった情報は世知に疎い私にはとてもありがたい。

「もう明日からでも、お店巡りをなさるんですか?」

「そうですね、しばらく商品作りはしなくても良さそうだし……」

 またしても足の踏み場がなくなった座敷を見回す。土間の箪笥に仕舞っておいた商品を総ざらいしているので、座敷はたちまちいっぱいになってしまったのだ。

「顕ヲさん、そのこと……というか今後のことなのですが」

 飯綱さまが万年筆を置いて顔を上げた。

「この伝太を、助手として使ってはどうかと思うのです」

「エッ」

 伝太さんを?

「もし妖退治を続けるのなら、助手をつけるようにと、以前言いましたね。それも勿論ですが、商品の卸しを中心に据えるのなら、納品にしても仕入れにしても、人手があった方が良い」

「それは、そうだとは思いますが」

 当の伝太さんを見ると、目をきらきらと輝かせ、飯綱さまの隣で身を乗り出している。

「正直申し上げると、人ひとり雇えるほど、商いが軌道に乗るのはいつになるか」

「賃金は安くて構いません。その代わり、この子の術の指導を顕ヲさんにお願いしたいのです」

 その手があったかァ! と伝太さんが歓声をあげた。

「もともと伝太については、術の修行を今後どうしていくか、決めねばならない状況だったのです。こういうのはどうでしょう――」


 曰く。

 まずは伝太さんを伴い卸先の開拓を進める。納品や仕入れを行う以外は店にいるところは同じだが、これまで単に店番していた時間は術の指導にあてる。

 そして妖退治の依頼が入ったら、伝太さんを助手として出向く。伝太さんは私の苦手とする見鬼や追跡が得意だから、退治をするのに有利であるし、事前の下見で相手の危険度も判断できるだろう……


「すっごく良い案ですよ、旦那さま! やってみたいです、オレ」

「なんだか私にばかり都合の良い条件に思えますけれど、大丈夫でしょうか」

 私と伝太さんがほとんど同時に発した言葉に、飯綱さまは鷹揚に頷いた。

「勿論、妖退治については下見で危険を感じたら絶対に無理をしないだとか、守るべき一線はあります。前にも言った通り、初回は私も同行して色々お教えいたしますし」

 妖退治。

 術遣いとしての収入は、私程度の零細の物売りよりは勿論高い。危険を伴う商売だから当然ではあるが、二度自分でもやってみて、まとまった額の報酬が頂けるのはこれほど差が出るものかと思ったのだ。

 現にいつも借財の返済日が近づくとお金をかき集めるのに腐心していたのが、今月はすでに用意できている。この違いはとても大きい、精神的にも。

「それに、伝太は顕ヲさんと組んで仕事をするには、相性が良いと思うところもあるのです」

 ここで飯綱さまは何故か不服のお顔になった。

「顕ヲさんの使う鉄身の術……かなり有用と見ましたが、その実、荒事には使いこなせていないのではありませんか」

 ウッ。よくお分かりに。

「何故なのか当ててみましょうか。自分の力を高めたとて、相手の動きを追えねば打てど当たらず。また素早く動けても、周囲の把握がままならず立ち回りも容易でない……こんなところでは?」

「ご、ご慧眼、御見逸おみそれいたしました」

 こうも正確に言い当てられては、ぐうの音も出ない。私が今まで妖退治を苦手分野としてきたのは、妖そのものを消滅させる方法を持たないことも勿論だが、この確実性の無さが重大な事故につながるかも知れないのをわかっているからだ。

「そうか、つまり顕ヲさまは術で身体の動きを高めても、目が追いつかないんですね?」

「ええ、その通りです。なので使える場面がかなり限定されてしまって……相手を必ず正面に捉えるとか、動き回っていない時を狙うとか。それに早く動けるからといって、頭の回転がそれに追いつくわけではないですし」

 あくまでこれは鉄身の術で高めた動作に対しての話であって、普段の頭の回転が鈍いのではないですけどね、念のため。

「なーるほど。旦那さまの言う相性がいいって意味、わかりました。……どっかで実演します?」

 伝太さんはすぐにでも駆け出したそうに立ち上がった。

 ……実演?

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