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第14話

三瑚さんごさん、その呼び方はやめてくださいと」

 飯綱さまは例の不服のお顔で、女性に申し立てた。

「アラごめんなさい。いつまでもくせが抜けないの」

 女性はころころと笑いながら入って来られた。

 立ち上がった飯綱さまには流石に劣るが、すらりと背が高く、上品な小紋をお召しになっていて、断髪にした髪は優雅にカールさせてある。目元が涼しげな美しいお顔、今はいたずらな表情をなさっていた。見たところ、飯綱さまと同年代くらいだろうか。

「飯綱三瑚よ。顕ヲちゃんのことは、星四郎さんからよく聞いているわ」

「……姉です」

 マァ、お姉さま。

 言われてみれば、お顔が似ておられるかも知れない。

「それより。星四郎さん、あんな言い方関心しないわ。彼女、貴方のために一生懸命じゃないの。顕ヲちゃんだって、もうわかっているわよね?」

 ……さっきはつい、何も考えずお断りしそうになったけれど。

 今日の妖との遭遇、その後の退治しきれなかった状況を鑑みると、今の私は依頼を受けられる水準に達していないのは明らかだ。

「私が飯綱さまにかけてしまった術をほどくのに、御本人に頼るべきではないと……お頼りしますと口では申し上げても、結局本当にそうするつもりにはなっていなかったのです」

 何か言おうとした飯綱さまを、三瑚さまが目線で押しとどめた。

「でも、甘い考えだった。少しでも早く術から解放して差し上げなければならないのに、そんなことに拘るのは間違いでした」

 田島の奥様の昨日の言葉。

 何もかも一人で完璧にやるなんて無理、そうおっしゃっていた。当たり前のことではあるけれど、誰かに頼ること自体が、なんだか私にはすごく難しく思えたのだ。

 でも妖退治を生業にし経験豊富であったはずの父ですら、それをきっかけに命を落とした。なぜもっと、このことをちゃんと考えなかったのだろう。

「つまりは、思い上がっていたのだと思います。一人でできるし、やらねばならないと」

 ああもう、こんな歳になって自分がつまらぬ人間だと思い知るなんて、嫌になってしまう。

「顕ヲさん、私は早く術が解けたとしても、それが貴女が辛い思いをするのと引き換えだったとしたら、嬉しくはないですよ」

 飯綱さまはベッドの横に膝を付き、俯いた私の顔を覗き込むようになさった。

「勿論、貴女が命の危険にさらされるなど論外だ。こればかりは魅了の術にかかっていなくても同じだと断言できる」

 そうね。飯綱さまがそういう方だと、流石にもうわかっている。

「心配してくださって、ありがとうございます。それと相談しなかったこと、反省いたしました。……貴方さまの御厚意を金銭の形では受け入れられませんが、私が自分で稼げるように、御指導をお願いいたします」

 布団の上で正座になり、手をついて頭を下げた。

「……まあ、良いでしょう。そもそもね、術をかけて申し訳ないと思うのなら、顕ヲさんはもっと私を喜ばせてくれても良いと思いますよ」

 貴女ときたら、私を遠ざけるか、謝るか、一人で危ない場所に行くか、そんなことばかりなさろうとする……なんてことを、子供のように拗ねた口ぶりでおっしゃる。

 この立派な様子の殿方が、だんだんお可愛らしく思えてきた。

「……何をしたら、喜んでくださいます?」

 まずは、頭でっかちに自分で考えないで、尋ねてみるべきだったんだわ。

「顕ヲさんには、お腹を空かせたり、悲しい思いや怪我をしないでいて欲しい。そのために私が提案したことを、言下に断るのではなく、検討して嫌でなければ受け入れてください」

「要求少なっ……もご」

 言いかけた少年のお口を、三瑚さまが塞いだ。

「ね、顕ヲちゃん。このひとのこと、お爺ちゃんだとでも思って、世話を焼かせてあげて。じっさいわたくしたち、貴女が孫でもおかしくない年齢なのだもの」

 術遣いは不老長命。飯綱さまのお姉さまならば、三瑚さまもまた術遣いで、齢八十を超えてらっしゃるということか。

「お爺ちゃんとはとても思えませんけれど、おっしゃること、肝に銘じます。……飯綱さま、私、頼るとなったら本当にお頼りしますからね。あとでお嫌になっても取り消しは効きませんよ」

「望むところです」

 言って、飯綱さまはやっと笑ってくださったのだった。


◇◇◇


 そのあと、飯綱さまが今夜は泊まってゆくよう勧めて下さり、今日の経緯を考えてもとても断れるものではなかったので、お言葉に甘えることにした。

「くれぐれも、妙な意図はありませんから、安心してお泊まりください」

 飯綱さまはずいぶんその点に拘っていらした。

 ……こんなに広いお屋敷で、しかも三瑚さまも、棟は違えど戸川夫妻や他の奉公人さん方もお住まいなのだし、おかしな風には流石に受け取らないのだけど。


 飯綱さまのお屋敷は、門を入って車寄せの奥の表側、母屋は洋館のつくり、脇に回ると日本建築の棟に繋がる豪邸であった。

 お夕飯は、お座敷の方が寛げるだろうと、そちらに用意してくださり、飯綱さまと三瑚さま、それからあの少年という顔ぶれでいただいた。

「そういえば、この子をきちんと紹介していませんでしたね」

 食後のお茶に口をつけたところで、思い出したように飯綱さまがおっしゃる。

「アッ、そうでございますね。天眼堂にお勤めなのはわかっておりますが……」

 少年は飯綱さまに促され、姿勢を正した。

「ええっと、オレは浜野伝太(でんた)といいます。天眼堂は浄晋尼じょうしんにさまに拾ってもらった御縁でお手伝いしてて……その流れでお屋敷にも置いてもらっていて」

 ……?

 浄晋尼さまに拾われた、と飯綱さまのお屋敷にお住まい、の間がうまくつながらないわね?

「あ、ああ! そうか顕ヲさん、ご存知でなく天眼堂に行かれたのですね」

 私の隣で飯綱さまが膝を打った。

「アラ! そうなのね?」

 いったい何のお話だろう。

「説明が遅れて大変失礼しました。浄晋尼は……天眼堂の主人あるじは、この三瑚さんなのですよ」

 エッ?!

 座卓の向こう、私の正面に座っていらっしゃる三瑚さまを見る。

 今様の洒落た断髪に上等のお召し物、いかにも良家のご婦人といった様子だが、確かによく思い出すと、今日の午前に天眼堂で遠目に見た尼装束の美しい方と面影が重なる。

「驚かれたでしょう。この人は、じっさい仏門とはまったく無関係なのです。あの尼装束も……不謹慎にもただの演出というわけで」

「マァ、人聞きの悪い。あれは営業努力というものよ。相談相手を尼さんと思うだけで、お客さまのお気持ちがより安らぐのですから」

 な、成程……

 この三瑚さまの優しく心地良いお声に、慈愛に満ちた微笑み。確かにここへ尼装束が加わるとその威力は凄まじかろう。

「浄晋尼さまにお話聞いてもらうだけで満足して、結局は過去視をご利用にならないお客、結構いますもんねえ。おんなじお代を頂けるんならこっちとしちゃ全く構やしないけど」

 少年……伝太さんがしみじみ言う。

「アッと……それでまあ、今日顕ヲさまが店に来て、お名前聞いてすぐわかりました。このところ旦那さまからさんざん聞かされてましたから」

 名乗った時に妙なお顔をしていたとは思ったのよね……それにしても飯綱さま、お家で一体どれだけ私のことをお話しなさっているのだろう。

「で、その足で妖退治だなんて言うもんだから、オレが天眼堂から電話したんです。旦那さまはすぐ行く、って言ってくれたんで、自分も顕ヲさまを追っかけることにして」

「その節は本当にありがとうございました。もし伝太さんが飯綱さまに連絡してくれていなければ、命はなかったかも知れないのですね……でもその短い時間で、飯綱さまはどうやってあのビルまでお越しになったのでしょう?」

 飯綱さまのお勤め先、魔術省からの距離を考えれば、車を使ってもとても間に合うとは思えない。

「そこはその、私にも移動に関する多少の術の心得がございまして……」

 飯綱さまはなぜかはっきりしない物言いでいらっしゃる。素早く移動する術というと、いくつか思い当たるけれど。

「……いずれお見せすることもあるかも知れません。そういう訳なので、私が顕ヲさんのお店を頻繁に訪れたとして、さほど負担ではないので安心してください」

 頻繁というか今のところ今日を除いて毎日よね……

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