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第11話

 結局、普段お世話になっている田島の奥様に嘘をつくのも気が引けて、おおむね洗いざらい、事実を説明した。

「なんだかとっても奇妙な話に思えるわ。その方のなさりようは、術遣いの方の間では普通のことなの?」

 ぜんぜん普通ではない。

「イエ、かかってしまった魅了の術が強く影響しているのだと思うのですが」

「ね、本当に大丈夫? 顕ヲちゃんがあんまり困るようなら、うちの亭主に何か言うよう頼みましょうか?」

「ありがとうございます。でも大丈夫です、飯綱いづなさまが信頼できる方なのは、短いお付き合いですがわかってきましたので」

 仮に本当に困っていたとしても、田島のご主人にそんなことをお願いするのは心苦しい。

「何かあったらいつでも頼ってくれていいのよ。おかしなきっかけだけど、これでお隣になったのだもの」

 うちと田島下駄店の間を私が借りた(家賃は飯綱さまが立て替えている)のだから、そうよね。

「ありがとうございます。とはいえなるべく早く、ものの見分を終えてお返ししたいところですけどもね……」


 田島の奥様が本題は隣家のことではないというので、整頓された座敷にはじめてお招きしてお茶をお出しする。

「いつもぴったり閉めていて、若い娘さんだしお店と生活をちゃんと分けたいのかと思っていたのよ」

「単に座敷が荒れ果てていただけなのです……」

「ふふ、でも信頼できる方ができたなら良かった。何もかも一人で完璧にやるなんて、無理だもの」

 一人で完璧に、か。

 特にそれを目指そうと思ったのではないものの、高等女学校を出た後に実家を出て術を深く学ぶと決めた時、父が亡くなった時、母が亡くなった時。

 おそらく、我が国の女性たちが生活のために、あるいは当然すべきものとして結婚を検討するような機会に、私はそれをしてこなかった。

 何故なのか、これまで深くは考えて来なかったけれど……

「さて……今日の用事を話さなきゃ。顕ヲちゃん、この間の妖退治、やってみてどうだった?」

「得意な仕事ではないと思って敬遠していたのですが、なんとかなったのでホッとしております」

 何より報酬を弾んでいただけたのがありがたい。

「あのね、八百常さんから話を聞いて、自分のところも来て欲しいって方が他にもいらっしゃるみたいなの。紹介してもいいかしら」

 ウグッ……そうそう次のお話なんて来ないだろうと思っていたのだけど。

 先日の件は、八百常さんのお話を聞く限り、近付かなければ害のなさそうなものだったのでお引き受けした。そして反撃するだけの間を与えずにことを済ませた。

 今度も同じやり方が通用するかはわからない。しかしあと一回だけ、もし上手くこなせれば、天眼通を依頼する費用が作れる……

「……まずお話だけ伺っても?」


 紹介を受けた先は、八百常さんのお客さまだとかで、さほど離れていないところにお住まいだった。

 訪ねて行くとかなり大きなお宅で、料理屋だの不動産業だの、色々と手広く商売をされている方だという。最近手に入れた賃貸用の建物に、どうやら何かの妖が棲みついており、それを退治して欲しいとの依頼だ。

 何故私に? と尋ねてみたら、初めて退治を頼むので、仕入れで懇意にしている八百常さんの薦めに従ったのだとか。

 ご縁がありがたい……

 とはいえ、紹介されたという立場上、この依頼をしくじると一気に評判を失うのは目に見えている。

 自分の命は勿論大事だが、仕事を失敗するのもいただけない。

 まずは聞き取りと下見が必要であろう。もし下見の結果、私の手には負えない相手と判断した場合、妖退治を事業としている会社などへ改めて依頼するのを条件とさせてもらった。


「もうねぇ、あんな薄ッ気味悪いものを見たのは初めてですよ」

 依頼主の方の経営する不動産屋で、街中の事務所を任されているという中年の男性は、詳しく事情を話してくれた。

 その男性が問題の建物……南狭間ビルヂングに状態を確認しに訪れたのは一昨日のこと。立地の割に安く売りに出ていたのを、今回の依頼主である不動産屋の主人が買い取ったので、見分するよう指示を受けてのことだったそうだ。

「なぁんだか、イヤーな雰囲気の場所なんですよ、昼日中なのに妙に薄暗く感じるし。まあだから安いのかって。でも詳しく見てみなけりゃ賃料も決められませんし」

 四階建てで階ごとに一室ずつ、それぞれ事務所や店舗として貸し出すような造りになっていて、男性は下から様子を確認していった。

「嫌々ながらも上がっていったが、三階までは特に何もなかった。それが四階」

 階段を登り、折り返しの踊り場を超えたあたりで、ひどい悪臭、獣臭のようなものが鼻についた。

 それだけならば、野犬でも入り込んで死んだのかと考えるところだ。しかし階段を登りきるかどうかのところで、目の前に見えてきた扉の硝子の向こうに、明らかに人ではない形をした影が見える。

「バン! なんつって! そいつはあっちから扉を叩きやがったんです。もうそっからは無我夢中、階段駆け降りて逃げ帰って来たてえ寸法で」

「成程……やはり現地も下見させていただいて、準備万端で赴くべきでございますね。鍵をお借りできますか?」

「いいけど、あんた一人で本当に良いんですかい? なんだか昔に封印された大妖が逃げ出したとか記事になってるし、危ないんじゃあ?」

 そんな事件があったのか。

「流石にそこまでの存在がいたとしたら、前回無事でお帰りになれたとは思えませんから、別のものだとは思いますが……記事というのは最近ですか?」

 男性は奥の机から新聞をとって戻って来た。

「今日の朝刊ですよ、読んでご覧なさい」


 某県の山地に、数十年前に大妖を封印した大岩があった。

 地元の人々は、これを守り大妖が解き放たれぬよう見張って来たが、なんと最近、大岩が砕けていることが発覚した。

 しかも岩の具合を見るに砕けてから一年や二年ではきかぬ様子、勿論封じられていた大妖はとうに逃げ去っており、監視の役目を負っていた者が追及を受けた。

 この地元の監視役は毎日大岩を確認するため山へ入っていたが、おそらく大妖によって目眩しにかけられており、数年に渡り全く異常がないと報告し続けたようだ……

「この科学の世、今どき妖なんてと思ってましたが、案外そこらにいるもんなんですねぇ。くわばらくわばら……」

 男性は事務所の蒸し暑さを忘れたように、自分の腕を擦っている。

 私も避けていたからこそ関わらないでいられだけで、本当はこのような情報も得ておくべきなのかもしれないわね……


 午前いっぱい留守にしてしまったので、午後は下見の準備をしつつ店を開けることにした。

 不動産屋さんのあと直接現地へ赴くことも考えたが、下見のつもりとはいえ手ぶらで行っていきなり襲いかかられてはたまらないし、依頼主さんからはそれほど急がなくても良いと言ってもらえたのだ。

 何人か訪れたお客さまを対応し、合間に明日持ってゆくための人形を縫っている。

 そう、相変わらず私の妖退治といえば、例の手で掴んで人形に押し込める方法しかない。

 ……言い訳を聞いて欲しい。

 本来、妖退治……調伏そのものに使える術はそう種類が多くはない。

 単に妖といっても、あたりを漂う良くない気が凝縮したというだけの低級なものから、人語を解し自らも術を操る大妖まで様々だ。

 これらの存在を元から消し去る、時を置いて再度まとまり復活することすら阻む、そこまでできる術は、誰もが習得できるわけではない。適性が求められるのだ。

 私はあいにくその方面の才能は持ち合わせず、調伏向けの術は学んでも使えるようにならなかった。

 その場合、調伏とさほど変わらない結果をもたらすとして代替で取られる手段のうち一つが、妖を人形などに封じるというものだ。

 封じてしまえば、それを適切に処分するのも容易になる。人形ごと燃すなり、さらに何らかの術をかけて式として使い続けるなどなど。

 そういうわけで、私は自分のできる方法で工夫して退治をするべく、先日のものより大きめの人形を縫っている。

「うーん、この大きさでどのくらいまで耐えるのか……試さないとわからないのが困りものね」

 込めようとした対象が強いものであった場合、人形の方が負けて封じきれない事態もあり得るのだ。しかし本当言うと、単に大きくするより効果の高い方法はある。

 例えば、今は家にあった木綿の古布、端切れを縫い合わせて作っているが、素材を正絹にするだけで、もっとずっと小さい人形で済むはずなのだ。

 すなわち、この手の術の要として使う道具類は素材ではっきりと差が出る。

 ざっくりといえば、布であれば絹や革など命ある生き物由来の材料の方が魔術的な適性が高い。あるいは草木の中ならば生育期間の長いもの、一年草よりも長い樹齢の木の方が適する。金属ならば貴金属、石ならば珠玉の類、といった具合だ。

 しかしながら、新しい材料を用立てるのは下見を終えてからで良いだろう。

「新しい売り物の試作ですか?」

 商品棚代わりの箪笥の向こうから、飯綱さまがこちらを覗き込んでいた。

 新しい妖退治の依頼のこと、お教えすれば飯綱さまは絶対に助手として来てくださるだろうけれど、しかしナァ……

「エエト、はい。そんなようなものです」

「ほう? ……そうですか」

 アッ、誤魔化してしまった。

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