目が覚めたら悪役令嬢だった
目が覚めたら悪役令嬢だった。
何を言っているかわからないだろうけれど、私もわからない。
一人ぼっちで寂しく寝て、普通に起きたはず。
でも、大好きな乙女ゲームの悪役令嬢の幼い頃の姿になっていた。
煌びやかなお部屋を見ても、やはりジスレーヌに転生したとしか思えない。
この身体はどうやらジスレーヌの記憶も探れるらしい。
ジスレーヌの記憶を探ると、どうやらジスレーヌは乙女ゲーム本編ではお出しされなかった設定だが、可哀想な女の子であったらしい。
母が産後即亡くなったことから、家族…父と兄から疎まれていた。
そして、それを見た使用人たちからも虐められるようになり挙句暴力も受けていた。
そんなジスレーヌは今日初めて会った婚約者である第一王子に「こんな醜女とは結婚しない」と叫ばれて、ショックを受け倒れ、頭を打ったらしい。
…それできっと、元いた〝ジスレーヌ〟は心を殺されてしまったのだろう。
もう、この身体に元のジスレーヌはいない。
可哀想に。
可哀想に。
可哀想に。
元のジスレーヌの魂は、どこに消えたのだろう。
輪廻の輪に乗って、今度こそ幸せな人生を送ってくれると良いのだが。
「〝ジスレーヌ〟がどうか、幸せになれますように」
いるかもわからない神に祈りを捧げておく。
さて、思考を切り替えよう。
「これから私がどうするか、だけど…」
まず、元の世界に戻る。
これは選択肢から外す。
元々いいことなんてなかった人生だった。
今更戻りたいとは思えない。
「じゃあ、悪役令嬢ルートを回避する?」
このまま悪役令嬢ルートに行くと、国外追放処分を受けて餓死がオチだったはず。
悪役令嬢ルートの回避は必須か。
「どうやって悪役令嬢ルートを回避する?」
…ヒロインに関わらない人生を送る。
これが一番だ。
ならばやるべきことは。
「家出計画を立てなくちゃ」
乙女ゲーム本編の、貴族学園への入学前に出奔しよう。
そのためにはお金が必要だ。
だがこの家では私はお金ももらえない。
だったら…自分で稼ぐしかない。
「さっそく実行に移そう」
私は金策に走った。
悪役令嬢ジスレーヌは、ゲームの中でもトップクラスのチートキャラでもある。
生まれ持った潜在魔力が非常に高いのだ。
そして、どんな魔術も使いこなす天才。
だから私は、その魔力を駆使して魔力石を作った。
この魔力石は魔力を結晶化したもので、非常に重宝される。
私はその魔力石を毎日大量に作り、こっそり監視の眼を潜り抜けて街の商人に売り捌いた。
監視は自分が私を一瞬でも見逃したことを知られるとやばいので告げ口はしない。
楽な仕事だ。
そんなことを十五歳になるまで続けていたら、家出に必要な資金…どころか、他国でも優雅に暮らせるだけの資金が貯まった。
もちろんそれまでの間、それ以外の努力もした。
教養は知識チートにジスレーヌの記憶が合わさって必要なものは身についていたからそれ以上はしなかったが、家族と婚約者に媚を売って仲良くなろうとはした。
だが家族も婚約者も私を疎ましく思うばかりで、仲良くはなれなかった。
だから今日、貴族学園に入学する前夜。
今から私はこの家から逃げ出す。
さようなら、お父様、お兄様、第一王子殿下。
私は私の好きに生きます。
それが消えてしまった、本物のジスレーヌにとっても良いことだと信じるから。
「ふぅ…今日もいい天気」
私はあの日、見事家から逃げ出すのに成功。
そのまま逃げ延び、祖国から随分と離れた遠くの国にたどり着いた。
女性の一人旅は危険も多かったが、膨大な魔力を使って常に結界を張り続けていたのでなんとかなった。
そしてたどり着いたこの国の首都に一軒家を建てて、そこそこ裕福な暮らしを実現した。
平民にしてはめちゃくちゃ金持ち、貴族にしては没落気味、くらいの裕福な生活。
それで満足だ。
そして今でも魔力石は毎日大量に作っては売り捌いている。
もちろん女の一人暮らしは大変だから、自分にも家にも結界は常時張っているが…それでもこれだけの魔力石を作れるのだからジスレーヌはすごい。
お金には困らない、安定した生活。
働かなくともお金が安定して入ってくるのだから、そしてそのお金である程度の贅沢ができるのだから…私は、暇を持て余していた。
そんなある日のことだった。
「きゃー!」
暇を持て余していた私は、近所を散歩するのが日課だ。
そこで…悲劇が起きた。
通り魔が発生したらしいのだ。
私は結界があるから安全なのだが…野次馬根性で見ると女の子が刺されて倒れていて、男の人がさらに女の子を刺そうとしてくる男をひたすら邪魔して抵抗していた。
他にも通り魔の被害者は複数人いる。
みんな滅多刺しにされて息も絶え絶え。
…今日は、もう家にも私にも結界を張った。
今日の分の魔力石も作って売った。
だから今余っている魔力は、使っても問題ない。
明日にはどうせ、また回復するだろう。
であれば。
「エリアヒール!!!」
全体回復魔術を使って、被害者たちを救済する。
幸い、全員怪我が回復して無事意識も戻った。
女の子も無事。
男の人は…あ、よかった。
犯人からちょうど武器を奪ったところだった。
そこで私は、犯人に拘束魔術を使った。
これで安心。
そこに街の治安維持部隊が駆けつけた。
「皆様!ご無事ですか!?」
「はい!そこの女性のおかげでみんな無事です!」
…なんだか、目立ってしまった。
歓声と拍手が巻き起こる。
私は治安維持部隊に事の詳細を話して、犯人を引き渡した。
そこで私は治安維持部隊からは解放されたが、次は彼らの番らしい。
「助けてくださってありがとうございます!」
「ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
先程助けた女の子と男の人に捕まって、お礼と言われてレストランでご飯をご馳走になっている。
女の子と男の人は身綺麗で高そうな服に身を包んでいるため、お金は問題なさそうだ。
ということでお言葉に甘えて、思いっきり美味しい料理をお腹いっぱい食べる。
ちなみに彼らは、メアリーちゃんとジキルさんというらしい。
歳の離れた兄妹だとか。
「あの、ジスレーヌさん。お礼をしておいてアレなのですが…もう一個、頼まれごとを引き受けていただけませんか」
「え?できる事であればお引き受けしますが」
「い、いいんですか!?」
「内容によりますけど」
「実は母が病に伏せっていて…なんとかなりませんか」
なるほど。
余程の病気じゃなければ、私のヒールで大抵は治る。
「いいですよ」
「ありがとうございます!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
ということで、料理をお腹いっぱい食べてから彼らの家に向かった。
非常に大きな邸宅に連れて来られた…。
余程名のある貴族なのだろう。
そして彼らの母の部屋に通される。
ヒールを使う。
結果魔力をごっそり持って行かれてこちらが疲労困憊となり動けなくなってしまったものの、治療完了。
完璧に元気になった彼らの母に、お礼を言われる。
彼らもまた大喜びした。
そして疲労困憊の私は、一日だけこの家に泊めてもらうこととなった。
それ以降、この家とは家族ぐるみの付き合いをすることとなった。
そして知ったが、どうやら彼らの父は王弟である公爵様だったらしい。
とんでもないことになった。
その後も穏やかな日々は続く。
ジキルさんとメアリーちゃんとも大分打ち解けて、日々使い魔を使って手紙のやり取りをしたり三人でお出かけするほど仲良くなった。
時々二人の両親も誘って、五人で遊ぶこともある。
そんな中で、ジキルさんとメアリーちゃんと今日もお出かけしていたのだが。
とうとう、見つかってしまった。
「ジスレーヌ!」
「…第一王子殿下、お父様、お兄様」
「何故貴様は男と歩いている!お前は俺の女だろう!」
「家出して男と密会か!いいご身分だな、親不孝者!」
「ほら行くぞ!とっとと帰ってこい!」
「………」
まあたしかに正式にこの男との婚約破棄も、家族との絶縁もしていない。
家出人状態だ。
「ですが、皆様私を冷遇していましたよね?戻りたくないんですが」
「なにをわがままを…」
「ちょっと待った。その話、俺も混ぜてくれるかい?」
「貴様は…間男の分際でなにを!」
「いやぁ、俺これでもこの国の王弟の息子だからさ、話くらい聞いてくれよ」
「!?」
そこまで言われてようやく思い当たり、ジキルさんが誰だか思い出したらしい。
彼らは途端におとなしくなった。
「な、何故…ジキル殿が…」
「ジスレーヌが命を助けてくれた恩人だからさ」
「ジスレーヌが…?」
「そう。だからさ、ジスレーヌのことは何があっても守りたいわけだ。…第一王子殿下、どうかジスレーヌと正式に別れてやってくれ。ジスレーヌが貴方を嫌がっているのは、わかっているだろう?」
「………」
悔しそうに顔を歪ませる第一王子殿下。
なにがそんなに悔しいのか。
〝ジスレーヌ〟を傷つけて、その魂を殺したのは貴方の方なのに。
「もちろん、賠償が必要なら俺が私財で払う。確か今、そちらの国は財政難だろう。貰えるものは貰った方が得策じゃないか?」
「それはっ…」
あら、気付かないうちにそんなことになっていたのか。
早く逃げて正解だったな。
でもゲームの設定でも財政難だったっけ?
私が国を出たのがバタフライ効果を齎したのかな。
「今なら大金を払うぞ」
「…わ、わかっ、た、婚約は白紙にする。その代わり………」
「ああ、金は必ず払う。約束する」
ということで、一旦ジキルさんの家に行って書類を作って婚約の白紙化を正式に行った。
そしてその場で大金が第一王子殿下に渡された。
第一王子殿下は何故かショックを受けた様子のまま、トボトボと帰っていった。
だが父と兄はまだ居座る。
娘を政略結婚に使うから返せと言い募る父と兄に、ジキルさんは言った。
「お父君と兄君。どうかジスレーヌを俺にください」
「え」
「ジスレーヌ、優しい君が好きだ。結婚して欲しい」
「えっ…!?」
急にプロポーズされてビビる。
だが、私もここまでしてくれたジキルさんに報いるべきじゃなかろうか。
さっきお金まで出してくれたし。
それに…私もジキルさんを憎からず思っているし。
「…はい、喜んで」
「ジスレーヌ!愛してる!」
「ふふ、お兄様ったら。お義姉様、改めてこれからよろしくね!」
「はい!」
「いや、我々はまだ認めてないぞ!」
「そうだそうだ!」
父と兄にジキルさんは微笑む。
「結納金、たっぷり積みますよ」
「え」
「今この場でお渡ししましょうか?」
「…ぜひ娘をよろしくお願いします!」
「妹をこれから、よろしくお願いします!」
ということで、婚約のための書類も作って私はジキルさんの正式な婚約者となった。
父と兄はルンルンで帰っていった。
その後伝え聞いた話によると。
第一王子殿下はジキルさんからもらったお金を、国のお金としてきちんと運用して国を立て直したらしい。
その手腕は素晴らしいと思う。
それだけのお金を私財で払ったジキルさんはもっとすごいけど。
でも第一王子殿下はそれだけ素晴らしい功績を成したのに、元婚約者を今も忘れられないという理由で新たな婚約は断り続けているのだとか。
今更何を言っているんだか。
ツンデレを発動していただけで心から恋してた、とか本当に最悪すぎる。
父と兄は結納金を散財しまくっているらしい。
そんなにお金を湯水のごとく使って大丈夫なのだろうか?
まあもう私には関係ないけど。
そして私は…今まさに、ジキルさんとの結婚式を迎えようとしている。
バージンロードは、父や兄ではなくメアリーちゃんと歩かせてもらうことになっている。
「ドキドキするな、ジスレーヌ」
「はい、とっても緊張します…」
「大丈夫だ、俺もだからな!」
「ふふ、はい」
いつもの調子のジキルさんに笑う。
「やっと笑ったな。せっかくの式だ、楽しもう!」
「はい!」
「…愛してる、一生大切にするからな」
「私も、大好きです!」
…ジスレーヌ。
どうか私の歩むこの人生が、貴女にとって慰めになりますように。
ジスレーヌの魂は輪廻の輪に乗って、次の新しい人生では平凡な幸せを得られます。
父と兄はもらった結納金で散財しすぎて贅沢を覚えてこのあと破滅します、ドンマイ。
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