姉の遺体は、玄関から入ってすぐ左手にある畳の客間に安置された。
姉の遺体は、玄関から入ってすぐ左手にある畳の客間に安置された。そして遺体の前には、姉の、眩しそうに少し目を細めながら笑っている写真が置かれている。
私は、客間の入り口の柱に立ちながらもたれかかって、姉の笑顔を静かに見つめていた。
姉の笑顔の後ろ側には、真っ白の家が写っている。雪に覆われて、太陽の光を乱反射している我が家。その清潔な感じのする白さと、姉の静かな笑顔がよく合っていた。
確か、一ヶ月前くらい前に東京に大雪が降ったときの写真だ。この写真では姉の姿しか写っていないけど、本当は姉の隣には母がいて、父がその二人を撮ったものだった。私はその場にいなかった。二階の私の部屋の窓を五センチくらい開けて、姉と母と父が楽しそうに雪掻きする光景を、こっそりと見ていた。まるで、私のいるこの部屋と、三人のいる白くて清らかな世界がつながっていなくて、私には絶対に、その白い世界にはいけないような気がした。
姉の姿が、五センチの隙間から突然消えた。その途端、父と母は今まで楽しそうに雪掻きをしていたのが嘘のように、黙り込みながら仕事を遂行するだけの人になってしまった。その時、ドアがガタンと閉じて、タンタンと階段を上ってくる音が聞こえたのだ。
私は、姉が私を雪掻きに誘いに来たんだ、と思った。そして、もしかしたら、私にもあの白い世界に行けるのかもしれないとも思った。やけに心臓の音が私の耳に響いた。
足音は、私の部屋の前で止まった。
だけど、そのまま暫く、沈黙が続いた。姉は、ためらっていたのだ。
なんで!
私は、その沈黙の理由を考えずにはいられなかった。
トントントン。
私の部屋の戸が静かにノックされた。何となく不自然なリズムでされるノック。
私は、その私を気遣うように仕組まれたノックによって、私の存在が余計にみじめにされたような気がした。
「慶ちゃん……。一緒に雪掻きしない? 行こうよ。気分転換したほうがいいよ」
「うるさい! 私のことなんか、ほっといてよ!」
私の口は、茶色いドアに向かって叫んでいた。
「でも……」
「お姉ちゃんに、私の気持ちなんて分かる訳ない。形だけの同情なんてしないでよ!」
「……分からないよ」
「え?」
私は、姉の声に驚いた。姉がこんなにも暗い響きの声を出すとは、考えた事もなかった。何だか、このドアの向こうに立っているのは姉以外の誰かであるような気すらした。
「慶ちゃんの気持ち、分からない……」
「……」
「だって、私自身の気持ちですら、私には分からないのだから……」
暫く、ドアを挟んで沈黙が続いた。
私はまだ、憎々しい目でドアを睨みつけていたのだけど、姉がどのような顔でこの沈黙をやり過ごしているのかは、もちろん見えなかった。
その時の私はただ、私の周りを取り囲む全てが憎くて、姉がどのような表情なのかなんて、考えようともしなかった……。