95話 テロリスト襲撃
俺たちが関わった、ダンジョン内鉄道の脱線事故。
別に俺たちがやったわけじゃないのだが、あれがないとダンジョンの運営に支障が出るらしい。
総理から直々に協力要請がきた。
まぁ、協力するのはやぶさかではない。
アイテムBOXに物資を入れて運ぶだけで、金がもらえることだし。
ただ、アイテムBOXには10mのものしか入らない。
鉄道関係は20m前後の長さのものが多いみたいだし、そこら辺はなにか手を打たないとマズいだろう。
鉄道の復旧工事を行うにあたり、事前の打ち合わせのために責任者の役人が来ることになった。
やって来たのは、スーツを着た真面目そうな女性。
ソファーに座って打ち合わせを始めたのだが――。
俺の隙を狙って、明らかに殺意のこもった攻撃をしてきた。
どうやら俺を狙った暗殺者らしい。
もしくは、半殺しにして回収するつもりだったのか?
俺を狙ってきたやつは、もちろん返り討ちにして、床に転がした。
敵は女だったのだが、姫たちがいなければ色々と楽しめたのになぁ。
いや、特戦に回収されるとなると、そういうのがバレるか、ははは。
総理に連絡すると、彼は無関係らしい。
まぁ、総理直々の頼みで事業を色々と手伝っているし、俺の命を狙う理由がないからな。
彼直属の特戦が暗殺者を回収することになったのだが……。
この女が単独でやってきているとは、考えづらい。
ホテルにも、「戦闘になるかもしれない」との旨を伝えて、警戒をしてもらっている。
「ふう……なんか食うか」
腹が減っては戦ができぬ。
俺はアイテムBOXからカロリーバーを出してかじった。
「ダーリン、私にも」
「ほい」
姫にも同じものを渡す。
「さて、どうなるかな……」
「なにもなければいいのですが……」
カオルコの言うとおりだが、そうは問屋が卸してくれないのが、世の常。
何かが起こる――その確信があるわけではない。
それでも、3人の間に漂う空気は、明らかに緊張の色を帯びている。
ソファの端に座る姫が、足を組み替えた。
そのわずかな動作さえも、大きな音を立てたように感じられる。
目の前のテーブルに置かれた空のカップに目をやりながら、俺は深く息を吐いた。
もどかしいな……俺が心の中でつぶやいた瞬間、外から断続的な爆発音が聞こえてきた。
「マジで来たか!」
ホテルにテロリスト!
これが学校だったら、少年の妄想が現実に――などと、冗談を言っている場合ではない。
「鉄砲の音だぞ!」
多分、自動小銃かサブマシンガンだと思うが、姫からするとみんな鉄砲らしい。
「よっしゃ、特戦に加勢してくるか」
「ダーリン!」
「姫たちは、ここにいてくれ
「私たちも加勢を」
俺はカオルコの言葉を遮った。
「どうせ、やつらの狙いは俺だろうし。窓からの襲撃に備えてくれ」
「はい」
「それじゃ、行ってくるか」
「……」
姫がついてくると、駄々をこねるかと思ったのだが、大人しく従っている。
まぁ、俺なら大丈夫だと思っているのかもしれないが。
そっと、廊下に出る。
銃声は下の階らしい。
敵は俺たちが宿泊している正確な位置を掴んでいるのだろうか?
いつもはエレベーターを使っているが、降りていきなり鉢合わせしたりするとマズい。
今回は階段を使う。
階段を降りるたびに、銃声がデカくなる。
「あ~あ、ホテルの中が穴だらけじゃないか」
敵の目標が俺だとすると、ホテルに泊まっているだけで、迷惑がかかるのではなかろうか?
他の場所に住処を探したほうがいいだろうか?
これで宿泊客に犠牲者でも出たら、申し訳なさすぎる。
ソロリソロリと銃声に近づいていく。
まさにその現場に到着した。
一応、撮影もしておくか。
なにかの証拠になるかもしれん。
耳をつんざく銃声と、聞き慣れない言語。
どう聞いても日本語ではないが――。
通路の角で立ち止まる。
俺はアイテムBOXから、剣と小さな鏡を召喚すると、通路に差し出した。
いきなり頭を出すと撃たれる可能性があるからな。
「う~ん」
全員は前に気を取られている。
人数は3人――後ろは警戒していないようだ。
装備は――どうみても、自衛隊ではない。
普通の服装に、防弾ジャケットなどを装備している。
まぁ、特戦の連中も、特区にいるときには私服のような格好をしているし。
俺は顔を出して、そいつらに話しかけた。
「おい! お前ら、日本人か?!」
「「「!!!」」」
突然の後ろからの呼びかけに、かなり驚いたようである。
いきなり振り返ると、俺に向かって白い線が飛んできた。
明らかに殺意である。
「おっと」
俺が咄嗟に頭を引っ込めると、通路の建材が弾け飛んだ。
バラバラとモルタルの破片が床に散らばる。
これで決まりだな。
自衛隊なら、いきなり民間人に向けて発砲したりしない。
俺は両手で剣を握ると、通路に差し出した。
このホテルの位置なら、かなり減衰するが魔法が使える。
カオルコも、新しい魔法の研究をしたりしているし。
威力が落ちても、相手は魔物じゃない。
感電でひるませるだけでもいい。
「おらぁ! ナムサンダー!」
閃光が一瞬、世界を切り裂くように輝いた。
その直後、通路全体がまばゆい光に包まれ、闇を押しのけるように明るく染まる。
続いて、天井で光っていた蛍光灯が連続で破裂して、辺りは薄暗みに包まれた。
その中を稲妻が縦横無尽に走り抜け、まるで生き物のように曲がりくねるが、真っ先に向かう先は敵が装備している金属の武器や装備。
「ぐあぁぁ!」「おおおおぅ!」「ぎゃぁぁ!」
敵が感電している叫び声が聞こえる。
俺が稲妻を使ったのは、相手が銃火器を装備しているためだが、鉄砲って電気を流すのか?
まぁ、相手が感電してくれたので、結果オーライってやつだろう。
薄暗い通路に、なにかが焦げるにおいが充満する。
意外と威力があって、俺も驚いた。
まぁ、デカい魔物が焦げるぐらいの威力だから、減衰したとしても結構なダメージがあるだろう。
煙が立ち込めたことで、火災報知器が作動したようだ。
けたたましい音が、館内に響く。
スプリンクラーは? ――作動していない。
温度は上がってないせいか?
俺はアイテムBOXからメイスを出すと、剣から持ち替えた。
狭い通路ではデカい剣は使い難いだろう。
武器を構えると、煙に紛れて通路に飛び出した。
そのままのスピードで通路の壁を駆け上り、足場を蹴ると、反対の壁まで飛ぶ。
垂直な面に着地すると、すぐさま反対の壁に飛んだ。
「おらぁ!」
俺は敵の1人に飛び蹴りをかました。
体重70kg近い物体が、かなりのスピードで衝突したんだ。
敵は、そのまま吹っ飛んでいった。
「&*^!」
すでに、俺の電撃で1人は行動不能になっていたが、残る1人が反撃を試みてきた。
敵意をむき出しにした小銃の銃床が俺に向かってくる。
その攻撃をメイスを使って外に弾き飛ばすと、武器を時計回りに回して、下から敵の顎を殴りつけた。
手加減できる状況ではなかったので、もしかして致命傷になったかもしれん。
もう1人は、床でブスブスと白い煙を上げていた。
焦げくささが、辺りに充満している。
その光景を見ても、俺の心には一切の感情が湧き上がらなかった。
恐怖も、悲しみも、後悔も、何も。
数年前の俺なら、こうした光景を目にしただけで震えが止まらなかっただろう。
不眠にも悩まされただろうが、今の俺にはただの「結果」としてしか映らない。
まるで石を蹴飛ばしたかのような無感動さ。
ダンジョンでの無数の戦いと殺戮の日々。
生きるために魔物を殺し、仲間のレンですら犠牲にしてしまった。
焼けた人間の姿を見ても、もはや俺の心には一滴の波紋すら広がらない。
むしろ、自分がこうなったことへの驚きすらも薄れている。
俺は、なにになってしまうのだろうか。
「ふう」
悩んでも仕方ない。
俺は煙の向こうに声をかけた。
「特戦の人いるかぁ!」
「そちらは?!」
「冒険者の丹羽だ! こちらは制圧した」
「了解! 辺りを警戒」「了解!」
モヤの向こうから声が聞こえてきた。
白い煙から黒い棒が突き出たと思ったら、銃口が飛び出す。
ちょっとビビるが、殺意はない。
続いて、防弾ジャケットを着た私服の特戦の面々が顔を出した。
以前に見た顔もいるから、これは間違いがないだろう。
「以前の戦闘のときと同じ人もいるな」
「ええ」「うわ! 焦げてる!」
若い隊員が、床に転がっている敵の姿に驚いている。
「もしかして、魔法ですか?」
「そうなんだよ。前の戦闘のあとに、ダンジョンに潜って使えるようになったんだ」
「そういうこともあるんですね」
「あのときに魔法が使えれば、もっと簡単に対処できたのに……」
「はは……」
特戦の隊長が、苦笑いしている。
「隊長!」
別の方向から、他の隊員らしき男が走ってきた。
「なにか!」
「爆発物らしきものが設置されているのを確認しました!」
「なんだと!」
「これは、応援を呼んだほうがいいかもしれんなぁ」
「そうですね」
隊長が無線で連絡を取り始めた。
「どうですか?」
「警察にも協力を要請しました」
「人海戦術だな。こいつらが口を割ればいいんだが……」
「まぁ、無理でしょう」
「そうだな……」
とりあえず、見つかった爆発物の所に案内してもらう。
「あれです!」
黒いビニルテープでぐるぐる巻きになったなにかが廊下に置かれてきた。
「とりあえず、俺のアイテムBOXに収納するよ。そうすれば爆発はしないし、あとでダンジョンに捨ててくる」
爆発物はダンジョンでは爆発しないからな。
「了解しました!」
「収納!」
爆発物をアイテムBOXに入れた。
「おお!」
俺の能力を初めて見た隊員たちから驚きの声が上がる。
「それって、アイテムBOXに入れたら、爆発しないんですか?」
「ああ、中は時間が止まるか、ゆっくり流れるって感じだね。温かいものを入れても、ずっと温かいままだし」
「へ~」
いや、そんなことをしている場合ではない。
他の爆発物を探さないと。
「お?」
ずっと鳴っていた火災報知器の音が止まった。
それと入れ替わるように館内放送が入る。
『宿泊客の皆様にお知らせいたします。武器を持った不審者は確保されましたが、館内に爆発物が仕掛けられた可能性があります。従業員の指示に従い、避難をお願いいたします』
えらい騒ぎになってしまった。
俺がいるばっかりに、まったくもって申し訳ねぇ。
やっぱり俺はホテルから出たほうがよくないだろうか?
騒ぎが収まったら、姫と相談してみよう。
それはそうと、アイテムBOXからスマホを取り出して姫と連絡を取る。
「姫、ホテル内に爆発物が仕掛けられた。いつ爆発するか解らん。カオルコと一緒に避難をしてくれ」
『断る!』
「ちょっと待て待て」
『ダーリンがそこにいるのに、私だけ逃げるわけにはいかない。私たちの家を守るのが妻の務め』
そういうのは今の流行りじゃないんじゃないのか?
「う~ん……」
なにか言って説得しようとしたのだが、彼女はこうと決めたら動かない。
姫が動かないということは、カオルコも動かないだろう。
まぁ、爆発物が1つ2つ爆発しても、ホテルが倒壊したりはしないと思うが。
おそらく陽動か、退却するときの置き土産などにするつもりだったのだろう。
避難指示が出たので、にわかに館内が騒々しくなってきた。
俺たちが暮らしていた特別階からは想像できなかったのだが、結構多くの宿泊客がいたようだ。
まぁ、かなり大きなホテルだから、当たり前なんだが……。
いつも特別な通路と特別なエレベーターを使って出入りしていたので、少々鈍感になっていたな。
客の流れに逆らうように、警察官も多数入ってきた。
各班に分かれて、各階を虱潰しにする。
オートロックなので、部屋の中には仕掛けられていないはず。
主に通路や、階段だろう。
警察の現場責任者に俺のアドレスを教えて、爆発物があったら連絡を入れてもらう。
こんなことに、警察が駆り出されて、渋々やっているのではないだろうか?
――思っていたのだが、そうでもないらしい。
特戦は総理の命令で動いているし、俺も総理とツーカー。
ここには、八重樫グループのご令嬢もいると聞かされているだろうし、上からの命令に従うしかないだろう。
まぁ、テロ対策も立派な仕事だしな。
スマホに連絡が入ったので、至急そこに向かう。
通路の脇に置いてあった植木の横に同じ黒テープぐるぐる巻きが置いてあった。
やっぱり、ただ置いてあるだけだな。
「収納」
「「「おおお~」」」「これが、アイテムBOXってやつか」「こんなのがあったら、密輸し放題だな……」
俺の能力を見ていた警察からそんな声が漏れる。
やっぱり皆そう思うよな。
「私は、政府の管理下におかれて、いつも自衛隊に監視されてますんで」
「……」
俺の言葉を聞いた警察が、難しい顔をしている。
そういう仕事は、俺たちの仕事――と言いたいのだろうか?
100歩譲って、公安などの仕事だろうな。
「絡んでくるのが武装集団なら、警察の手に余るでしょ? 相手が軍隊なら、装備も劣りますし」
「ぐぬぬ……」
悪いが、個人的にも、警察が扱える問題じゃないと思う。
そのまま捜索が続く。
1時間ほどたつと、迷彩服に連れられた真っ黒な犬がやってきた。
どうやら、屋上にヘリが到着して、そこから降りてきたようだ。
代わりに、確保された捕虜が輸送されていった。
「自衛隊が連れているってことは、軍用犬ですか?」
「はい、爆発物のにおいを発見できるように訓練されております」
軍用犬というと、シェパードというイメージがあるのだが、犬種はレトリバーって子だ。
「へ~」
においで爆発物が解るなら、ダンジョンからハーピーを連れてきてもいいかもしれないな。
あいつらなら、犬より鼻が利くかもしれない。
ハーピーのやつらは、なにか魔法的なバフを持っているのだろうか?
そのぐらいに鼻が利く。
軍用犬と、皆の捜索によって更に2つ――合計で4つの爆発物が発見された。
上から下まで、軍用犬によるサーチが行われたので、残りの爆発物はない――はず。
こういうのは絶対というのがないからな。
ホテルはどうやって対応するのだろう?
とりあえず1週間ほど、休業するのだろうか?
壊れた場所も修理しないと駄目だろうしなぁ……。
捕まえた連中が、爆発物は◯個設置したってゲロってくれればいいんだが。
そもそも、その証言は本当なのか? と、いう問題もあるが。
漫画やアニメなら、自白剤みたいなものがあるのだが、そういうのが本当にあるのか?
そういう魔法もありそうなものだが……聞いたことがない。
いや、あるのかもしれないが、使いかたがまだ判明していないと言うべきか。
「は~、クソ面倒な……」
「お疲れ様でした」
ロビーで、自衛隊に敬礼をされる。
「もう本当に俺のせいで、皆に迷惑を……」
「そんなことはありませんよ。悪いのはテロリストどもですから」
「そう言ってくれるのはありがたいのですが……はは」
床は焦げてるし、壁は穴だらけだし、天井の照明は全部破裂してしまった。
これって、他の電装まで死んだりしてるのかな?
弁償したほうがいいだろうか?
そこら辺は、今後のホテルとの話し合いだな。
作業が終わったので、姫に連絡を入れた。
「とりあえず終わったが、爆発物を完全に取り除けたのか解らん」
『ダーリンが仕留めた女が、仕掛けたのは4つだと言っていた』
「聞き出したのか?」
『ああ』
慌てて、自衛隊の隊長を呼んだ。
「俺の部屋で仕留めた暗殺者が口を割って、爆発物は4つだと言ったらしい」
「本当ですか?」
「暗殺者の言葉をどこまで信じられるかだが……」
「だが、数は合ってます」
「そうだな」
とりあえず、警戒は続けるらしい。
そう思っていると、宿泊客が戻り始めた。
まだ爆発物が100%ゼロになったわけじゃないのだが……。
――従業員に話を聞く。
特区には他のホテルがないから、ちょっとぐらい危険でもいいから、部屋に戻らせてくれ――ということらしい。
確かに、ホテルを出たら、他には木賃宿みたいなものしかないし。
いやいや、羽田まで行けばホテルがあるのだが。
元々、特区は危険ということを知っててやってきているのだから、このぐらいはネタとしてちょうどいいということなのだろうか?
今回のテロリストの目標が俺だというのは、客には知らされていない。
ただのテロリストとして、処分されたことになっている。
――とりあえず、部屋に戻ろう。
「ただいま、大丈夫だったか?」
「ダーリン!」
姫が走ってきて、抱きついてきた。
「よしよし、俺たちの部屋を守ってくれてありがとう」
部屋を見回してみたが、カーテンが閉まったままで、窓が割れたりはしていないようだ。
この場所を把握できてなかったのだろうか。
俺を襲った女暗殺者も回収されていた。
「ダーリン、怪我などは?」
彼女が俺の身体を見回している。
「大丈夫だよ。君たちは?」
「まったく問題ありませんでした」
カオルコが笑顔で答えてくれた。
「そうか、よかった」
「爆発物はどうなりましたか?」
「軍用犬がやって来て、探してくれたから、全部除去できたはずだけど……姫が言ってくれたように4つだった」
「それでは、あの女が言ってたことは本当だったんだな」
「どうやって口を割らせたんだ?」
「少々可愛がってあげたあとに、回復薬と回復で治療をしてやるを繰り返した」
それは、暗殺者でも心が折れるかもしれん。
淡々と顛末を語る姫が怖い。
カオルコもニコニコ微笑んでいるし――ヤバい。
男なら、相手が女ってことで加減してしまうのだろうが、同性だからだろうか?
「ん~」
姫が俺に抱きついて離れない。
「このホテルにいると狙われるから。俺はホテルから出たほうがよくないか?」
「ダーリンが出るなら、私も出る!」
「いやいや、ホテルから出たら、こんな快適な暮らしはできないぞ?」
「ビルでも買って、改装すればいい」
「そんな建物はあるか? バラックみたいな間に合わせのビルばかりだが……」
なにせ、建築法もなにもあったものじゃないからな。
ここは、そういう法律が通用しない場所だし。
「それなら、羽田に本拠地を構えるのもありですよ」
「それまた、一般の人に迷惑がかかりそうな……ここの連中は、危険なのを理解して集まっているからいいけど」
「それなら、やっぱり特区内で不動産を探すのがよさそうですね! 私、心当たりがあるんです」
カオルコは、そういう事態が来るんじゃないかと、すでに計画をなん本か準備していたようだ。
さすができる女は違う。
早速、フロントに電話をかけて、部屋を出ることを告げてみたのだが――。
スーツにネクタイの支配人が飛んできた。
ちょび髭を生やした、小太りのオッサンである。
「な、なにか、従業員が失礼なことでも?!」
「いやいや、そんなことはないですよ。このホテルには、よくしてもらっていますし」
「そ、それではなにが……」
「ええ? いやいや、今日のことですよ。私がここにいたんじゃ、また狙われるかもしれない。そうすると、またホテルや宿泊客に迷惑がかかってしまうと思いまして」
「ダーリンが、出るというなら、私たちも出るからな」
「そ、それは困りますぅ! ホテルからお嬢様を追い出したなんてことになったら、グループから吊し上げを喰らいます!」
支配人が、床の絨毯に手をついた。
「え? それはないんじゃないですか? こちらから出ると言っているわけですから」
「ですからそれは、ひらにひらにお許しを!」
「えええ? でも、ホテルや、宿泊客にご迷惑が……」
「いいえ! 我々としては、迷惑だなんて思っておりませんから」
トップランカーの桜姫がホテルに住むことで、この特区での箔がついて、冒険者の憧れの地と化しているらしい。
まぁ、そういうのは理解できるが……。
桜姫がいるから、いざというときにも安全――みたいに言われてる。
「だが、宿泊客に被害が出たりするのは……」
「今日のトラブルも、宿泊客からはまったくクレームはありませんでした」
むしろ、特区らしいということで、宿泊客はご機嫌だったようだ。
元々、危ない刺激を求めて特区にやってきてホテルに泊まっている連中だから、その刺激が得られてよかった、ということなんだろうか。
宿泊客には外国人もいるが、彼らはテロなどに敏感だと思ったんだがなぁ。
「それじゃ、ホテルに俺たちがいても、なんの問題もないと?」
「むしろ、こちらからお願いして、ずっとご滞在してほしいということで、ございまして……」
彼が汗だくになっている。
「それならいいんだけど……それじゃ、被害の弁償ぐらいは……」
「いえいえ! とんでもございません! やったのは、テロリストですから! 悪いのは全部テロリスト!」
彼の話では、保険で修理するから問題ないと言う。
「なるほど、そういうことなら……姫はいいかい?」
「無論、ダーリンがいいならなんの問題もない」
「それじゃ、今までどおりで、お願いいたします」
「はは~っ! こちらこそ、末永くお願いいたします」
彼の頭が絨毯につきそうになっている。
俺としても、ここは便利だからなぁ。
ホテルがいいと言うなら、なんの問題もない。
電気も使いたい放題だし。
ルームサービスも、カフェもあるし。
さて、大騒ぎになってしまったけど、総理からの仕事の打ち合わせをするって話だったのに――。
どうしてこうなった。
それより、暗殺者に入れ替わられてしまった役所の人は、大丈夫なんだろうか?
災難だよなぁ。