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9話 ヨボヨボの冒険者志望


 冒険者に登録して初日、ダンジョンに潜って150万円以上稼ぐことができた。

 やはり俺がゲットしたレベル49の力は、かなりすごいようだ。

 かなり下層でも、楽勝で獲物を狩ることができる。

 まぁ、油断は禁物だし、俺も無理をするつもりはない。


 一儲けしたので、今日のお仕事は終了だ。

 1泊5000円の宿にやって来たが、マジでなにもない。

 ベッドすらなくて、4面がモルタルのタダの箱。


「は~、ここが5000円か」

 でも、ネットの評判はいいみたいだから、他はもっと酷いんだろうな。

 いい所に泊まりたかったら、ギルドに入ったり金を出せってことだろう。

 ギルドに入れば宿泊施設が使えるし、風呂などもあるらしい。

 なるほどなぁ――でもそのかわり、稼ぎを持っていかれるんだろ?

 快適でリスクを背負いたくないなら、ギルドに入るのはありなのかもしれん。


 まぁ、普通のやつなら、こんななにもない部屋でめげるかもしれないが、俺は違う。

 なんといってもアイテムBOXがあるからな。

 俺は、空気マットと毛布を取り出して、モルタルむき出しの床に敷いた。


 空気マットがあれば、どこでも寝られる。

 空気を入れたまま収納できるから、アイテムBOXマジ便利。

 あと、一応鍵はついているが、戸締まりが心配なので、土嚢を召喚してドアの所に置いておこう。

 これで、いきなり乱入されることはないだろう。

 そこまで治安が悪いとは聞いていないが。


「こんな所で火事にでもなったら、ヤバいなぁ……」

 実際特区では、なん回か大火災が起きている。

 そりゃこんな密集して、ごちゃごちゃの所で火なんて出したら。

 オバちゃんが、「火を使うな」って言うのも解る。

 その割には、オバちゃん自分でタバコ吸ってたけどな。


 さて、腹が減ったから飯を食うか。

 アイテムBOXから、煮た芋と大鍋で煮たカレーを取り出した。

 使い捨ての紙椀に芋を載せて、その上からカレーをかける。

 芋カレーだ。


 ご飯も芋も、どっちも炭水化物だし、似たようなものだろ。

 普通に美味いし。


 肉を食いたかったら外で買う手もあるが、あれってやっぱり魔物の肉なんだろうなぁ。

 味については、あまり悪口を書かれていないので、普通に食えるみたいだが、やっぱり抵抗がある。

 それにも慣れていくのかもしれないが。


 飯を食っていると、外が暗くなってきた。

 結構長い間、ダンジョンに潜っていたんだな。


「いや――まてよ……」

 ダンジョンの中は空間がひん曲がっている――ということは、時間の進みかたも違うのかも?

 そこら辺、ググってみるか。


 ポケットにしまったままの、ケミカルライトを取り出すとまだ光っていた。

 俺が起きている間は保つだろう。


 日本中が節電しているので、人々の暮らしも昔に戻っている。

 つまり日の出とともに起きて、日没とともに寝る。

 まぁ、日没で寝るのは少々早いから、起きている人がほとんどだろうけど。

 それでも昔のように街が不夜城になることはないし、繁華街も寂れている。

 ネオンも自粛するように言われているし。


 光らせてもいいのだろうが、「このご時世に!」と、世間から叩かれてしまう。

 同じ理由で、駅前などにあった玉入れ遊戯もすっかりと廃れた。

 まさか世界がこんなことになるなんて、誰も夢にも思ってなかっただろうし。


 おっと、それよりもスマホで情報収集しないと。

 ネットがつながるのはありがたいが、充電代が高いのがネックだなぁ。

 なんとか電力を確保できる手段はないものだろうか?


 風力発電?

 いや、体力とパワーはあるんだから、人力で発電機を回すか?

 それも一つの手だろうが、そうすると腹が減るから食費がかかる。

 それなら10分3000円の充電代を払うほうが早いのか?


「まいったな……」

 冒険者やらダンジョンに関する掲示板があるので、そこで質問をしてみた。

 ダンジョン初心者スレみたいなところだ。


「今日、初めて潜った。中に子どもがいたんだが、あれって公然の秘密なのか?」

『あ~、いるねぇ』

『まぁ、気にするな。世の中には綺麗ごとで回らないこともある』

「そうか、やっぱりか。獲物を取られてびっくりしたから、今度から気をつけるよ」

『それは初日から災難だったな』

『ダンジョンあるあるだな』

 やっぱり、中に子どもがいるのは、みんな知っているのか。


「屋台で売っている肉とか、あれってやっぱり魔物の肉なの?」

『100%そう』

『不味くはないし、まぁ慣れるよ』

『オークとかハーピーとか、めちゃ美味い肉もあるけど、そういうのは値段も高いし』

 やっぱりそうなのか?


「ゴブリンとか、クッソくさいんだけど、あれも肉になるのか?」

『あ、ゴブリンは駄目だよ』

『あれは、アレ以外は捨てるしかねぇ』

 マジかよ――アレってなんだ?

 まぁいいや、アイテムBOXから出して、ダンジョンに捨てよう。


「ゴブリンからドロップした武器もくさいけど、あれは洗ったら売れる?」

『売れるけど安いね』

 本当に、ゴブリンは使えねぇな。


『パーティに女がいると、めっちゃ襲ってくるから厄介だよな』

『マジで最悪』

 めちゃ嫌われている。


「それじゃ、戦わないで逃げたほうが――メリットないじゃん」

『あ、知らないのか? ゴブリンのキ◯タマが、高く売れる』

「え? 本当? 騙そうとしてない?」

『いやいやマジで。強力な精力剤になると、製薬企業が欲しがってる』

『オークのキ◯タマも高いよ』

 マジか――あのくさい、キ◯タマをちょん切らないと駄目なわけ?

 う~ん、ちょん切るか捨てるか――冒険者の試練ってやつか。


 ダンジョン内のカツアゲやら、暴行も普通にあるらしい。

 最悪殺されちゃっても、「魔物にやられました~」とか言われたら証拠もないしな。

 ダンジョンというのは、そういう所のようだ。

 それが心配なら、まともなギルドに入ることをおすすめされた。

 やっぱりギルドってのは、抑止力になっているみたいだな。


「ダンジョン内と、外って時間差ある?」

『ああ、あるっぽいね』

『ダンジョン内でキャンプしている連中は、かなり時間の感覚が狂うらしい』

『いつの間にか昼夜反転してたり』

 本当に時間の進みかたが違うんだ。

 浦島太郎にならないだろうな。


 ここでやることといったらスマホしかないが、電池がもったいない――早めに寝るか。


「あ、そうだ」

 せっかくハーピーの動画を撮ったんだ。

 動画サイトにあげてみるか。

 実は、田舎の様子などを撮ってアップしていた自分の動画チャンネルがあるのだが、そことは別にしたほうがいいだろうな。

 なにかトラブったりして、自宅特定されたりしたら困るし。

 あんな田舎だと、家が少ないからすぐに特定されるかもしれん。


 動画サイトの新しいアカウントを作って、簡単な動画編集をして、アップした。

 編集といっても、動画を繋げただけだが。

 あ、そうだ――ハーピーの胸が出てるんだが、これってセンシティブな動画ってことになるんだろうか?

 これって魔物だしなぁ……。


 まぁ、とりあえず公開してみて、警告受けたらモザイクでもかけよう。

 それぐらいならスマホでもできるし。


 珍しい魔物の動画なら収益化できるかもしれん。

 一番いいのは、ダンジョン内の撮影ができればいいんだけどなぁ。

 中は電子機器が一切動かないらしいし。


 それでも、動画サイトを検索してみると、動画をなん本か発見した。

 なんと――ダンジョン内に8mmフィルムカメラを持ち込んだらしい。

 銀板カメラなら使えるから、8mmフィルムでも撮れるわけだが――。


 アナログは高感度に弱いし、ダンジョン内は明るい照明もない。

 手ぶれ補正もないしな。

 接近すると攻撃されるし。

 アップされていた動画も、なにが映っているのかよく解らない感じだった。

 ダンジョン内はモーターも使えないから、手回しカメラかゼンマイ駆動だろうか。


「そうだなぁ……」

 本格的な動画編集となると、スマホじゃなくてPCが欲しいし――本当に電気だけはなんとかしたいがなぁ。

 冒険者掲示板をググってみたが、みんな電力事情には苦労しているようだ。

 特区に上級者用のホテルがあるらしいのだが、そこなら電気が使い放題らしい。

 そんな所、宿泊代がいくらかかるんだ。


「そうだ――」

 アイテムBOXに車のバッテリーを収納して、ホテルに一泊。

 そこで充電しまくるってのはどうだ?

 DCDCコンバーターがあれば、USBも使えるし。


 早速1泊料金をググる――5万円らしい。

 やっぱり高いが、美味い飯は出るし、電気の問題を解決できそうだし。

 たまにはいいかもしれない。

 今日のように上手くいけば結構稼ぎがあるしな。


 よし、バッテリーか。

 そうそう――自転車も必要だな。

 ここでものを揃えると高いから、特区から出て買い物をするか。


 ――初めてダンジョンに潜った次の日。

 空気マットがあったので、やはり寝心地はよかった。


 アイテムBOXからパンと缶コーヒーを取り出して朝食にする。

 食糧は、地元のスーパーやらで大量に買い込んできた。

 缶コーヒーやジュース類は、箱買いだ。


 スマホの電源を入れて、冒険者掲示板をチェック。


「あ……、ダンジョンで俺からポーションをカツアゲしようとしたギルドが炎上しているな」

 俺は書き込んでいないから、俺の応援に駆けつけてくれた人たちが書き込んだと思われる。


「なるほど――ネットなどの圧力でも、特区の治安が維持されているっぽいな」

 評判の悪いギルドからは、業者も買い取りを渋ったりするかもしれない。

 一応、あのギルドのSNSでも、事実を認めて謝罪っぽい文が書かれているのだが、あくまで緊急のための要請だった――みたいな。

 まぁ、それがさらに炎上してるっぽいな。


 それだけではない、生きたハーピーを担いでいた男が引き金になっていたと書いてある。

 それって俺じゃん。

 実際に、『業者に生きてるハーピーを売っていたオッサンがいたけど、あいつかw』みたいなことを書かれている。

 もう勘弁してくれよ。

 なにか面倒ごとに巻き込まれそうな予感はするが、金を儲けたら故郷に帰るんだ。

 さっさと金を稼ごう。


 ちょっとしたトラブルだが、掲示板に俺が上げたハーピーの動画のリンクが貼られていた。

 そのせいかはしらないが、アクセス数が結構あり、すでに視聴カウンターが20万オーバーしている。


「マジか……」

 ちょっとバズっているし、チャンネル登録数も10万人超えていた。

 復興しているアメリカとの回線も生きているので、英語のコメントも多い。

 ダンジョンの動画は、世界レベルで興味の的らしい。

 まぁ、この動画サイトはアメリカの会社だしな。


 動画がバズったのはいいが、コメント欄が荒れている。

 俺からポーションをカツアゲしようとしたギルドの連中がやっているようだ。

 掲示板のリンクから辿ってやってきたのだろう。

 それを他の冒険者たちに咎められて――バトルになって、という感じ。


 悪いがコメントは読まんし、そのまま放置だ。

 アクセスが増えれば、収益化できるわけだし。

 悪名は無名に勝るってな。


 よくも悪くも、知名度は確保できたようだから、なんとかこのまま収益化できればなぁ……。

 そのためにも、視聴者の興味を誘うような動画が撮れないと……。

 そういうのを理解していても、狙って撮るのは難しい。

 簡単だったら、皆金持ちになっているしな。


 そのためには、物資が少々足りないな。

 一旦特区の外に出て買い物をしてくるか。

 昨日考えたバッテリー作戦の件もあるしな。


 バックパックを背負うと宿屋をチェックアウトした。

 武器はアイテムBOXに収納している。


「よく眠れたかい?」

 オバちゃんがニヤニヤしている。


「大丈夫、ちゃんと寝られたよ。また空室だったら使うと思う」

「そうかい――あんた大物になるね。贔屓にしておくれよ」

「大物になったら、もっといい所に泊まるんじゃね?」

「それもそうだね、あはは」

 彼女がタバコの煙を吐き出した。

 今のタバコなんて、1箱2000円ぐらいするのに、よく吸うよ。

 タバコ代を稼ぐために、この宿をやっているのかもしれないが。


 宿を出ると、スマホでマップを確認して、船着き場を目指す。

 特区の外に出て買い物をするためだ。

 船着き場に行くと、意外と人が多い。

 ここで物資を揃えると金がかかるので、外に買い物に――という感じだろうか。

 みんな考えることは同じってことだな。


 金はちょっとでも節約したい。

 でも儲けてくると、それがテキトーになるやつもいるんだろう。

 そういうやつらを相手に商売して、特区の連中は稼ぎを出している。

 それと、初心者という鴨が葱を背負ってるやつらもいるしな。


 いったいどのぐらいの初心者が残るんだろうか。

 昨日1日体験した限りでは、結構きつそうなんだが。

 あれなら、命の危険がない分、田舎で畑仕事をしたほうがいいんじゃなかろうか。

 とりあえず、食う心配はしなくてすむし。


 まぁ、人は一攫千金を求める生きものなんだろう。

 俺もその1人だが、偶然手に入れたレベル49の力がなけりゃ、こんな場所には来なかったし。


 ――買い物のことを考えていると、船着き場に到着した。

 羽田空港からやって来たときにも見えていたが、ここには特区の客を目当てに新しい街ができている。

 ホテルや宿もあるようだから、ここから毎日通うって手もあるよなぁ。

 それだけ経費がかかるようになるが――どちらを取るかだよな。


 毎日ヘトヘトになれば、船に乗って通勤したり――みたいなことは面倒になるだろうし。

 そもそも、ダンジョン内でキャンプしている連中もいるしな。

 日光を浴びないと、身体に悪い気がするがなぁ。


 店を見てみると――大手のスーパーやホムセンなどは、安売りはしていない。

 割引なしで定価販売だし、その値段で売られたら、個人商店でのぼったくりは難しいだろう。

 そういう連中は、皆特区の中にいるってわけだ。


 街を見回すと、ビジネスホテルなども多い。

 冒険者向けなのか、それとも、特区の中で働いている人用なのか。

 それとも、もの好きな観光客用か。


 とりあえず食糧を購入する。

 ストックが大量にあれば、特区で売ることもできるし、物々交換にも使える。

 カセットガスも買っておこう。

 ダンジョン内では使えないけどな。


 大量に買うが、アイテムBOXは見せられない。

 適量な物資を買って外に出ると、バックパックに入れるフリをしてアイテムBOXに収納する。

 中々テクニックが必要だが、これをなん回か繰り返せばいい。

 一々なんでこんなことを――などと、自分で思わんでもない。

 まぁ、金を稼ぐまでの数ヶ月頑張ればいいし。


 最初は車のバッテリーを買おうとしたが、俺の用途ならリン酸鉄リチウムバッテリーのほうがよさそうだ。

 そいつを3つ買う。

 専用の充電器が必要らしいので、それも3個、電源タップ、DCDCコンバーターを購入。

 これでバッテリーに充電できれば、USB端子からスマホが充電できるようになる。

 なにせ情報源がスマホしかないので、常時使えないのは不便だ。

 まぁ、ダンジョンの中ではどうやっても使えないから電源を切っているんだが。


 そうだ――自転車も欲しいんだが、買ったらどこでアイテムBOXに入れよう……。

 小物ならバックパックに入れるフリをすればいいが、自転車だとそうもいかない。

 どこか人目のつかない場所があればいいが、どこも人でいっぱいだ。

 ダンジョンに持ち込んで、人のいない場所で――それが一番いいかな……。


 ――というわけで、自転車を購入。

 ダンジョン内は凸凹の道も多いので、マウンテンバイクにした。

 昔、知り合いがこういう自転車を買って、キャリアをつけようとしたら「これはそういう自転車じゃないんです」とか、反対されたと聞いた。

 ここはダンジョンで使うのを前提で買う人がほとんどなのだろう。

 キャリアを後付してほしいと言っても反対されることはなかった。


 買った自転車を押して街を歩いていると、声をかけられた。


「丹羽さん!」

「え?!」

 振り向くと、来るときに一緒だった青年だった。


「え~と、望月さんだっけ?」

「そうです!」

「君もダンジョンに入ったのかい? どうだった?」

「いやもう、スライムに苦戦してしまって……ギルドに入って、魔物の倒しかたなどを教えてもらおうかと思ってます」

 本当にレベル1だと、スライムでも苦戦するのか。


「それでも、ステータスが出たんだろ?」

「はい、出ましたが――魔法などはありませんでした」

 ステータスが出たってことは、本登録できたってことだ。


「俺は、そこそこやれるのが解ったから、ソロでやることに決めたよ」

「す、すごいですね~」

「ははは、こう見えても俺は、北の試される大地でヒグマと対峙したこともあるオッサンだし」

「本当ですか?」

「まぁな」

 少し話したが、怪我もなく元気そうでなによりだ。

 彼と連絡先を交換して別れた。


 どうだろう――あんな普通の青年がダンジョンでもまれて、やさぐれていってしまうのだろうか。


 露店の店先に、電池式の蛍光灯があったのでゲット。

 値段も普通だ。

 充電池も持ってきているが、大元の電源が簡単に手に入らないからなぁ。

 川でマイクロ水力発電してた故郷が懐かしい……。


 個人で波力発電装置を買うとか。

 でも、勝手に浮かべたりしたら、捕まったりするんだろうなぁ。

 かつて浮島を作って家を建てた人がいたが、確か駄目だったし。


 買い物をした俺は、特区に戻ることにした。


 ――特区に戻ると、人目を避けられる場所を探す。

 バラックの建物の狭い隙間を見つけた。

 覗くと真っ暗で人はいない。

 先に自転車を入れると、アイテムBOXに収納した。


「……」

 こういう隙間を通ったところに、秘密の店があったりするんだよなぁ。


 自転車をアイテムBOXに入れた俺は、外に出るとダンジョン前へと向かった。

 穴の入り口には、今日もたくさんの冒険者と業者。

 なにかの取材をしている連中も見える。

 マスコミ関係だろうか。

 俺は、ああいう連中は好きじゃないのでスルー。


 昨日と同じように、パーティメンバーを探している人たちがいる。

 その中に、お年寄りがいるのに気がついた。

 爺さんで、足取りもふらついており、どうみても冒険者ではない。

 あんなヨロヨロで、魔物とエンカウントしても戦えないだろう。


 ――などと考えていると、爺さんがいかにもというチンピラ風の冒険者に囲まれた。


「おいおい、ここは爺の来る場所じゃないぜ?」

「やかましい! 退け! ガキども!」

「おうおう、威勢がいい爺だな! わはは!」

 ヨロヨロの年寄りを、若いやつらが取り囲んでいじめている。

 誰も助けるやつがいない――なんというひどい光景だろうか。


 まぁ、確かに――若いやつらの言うことにも一理あるんだが……。

 なにか事情があるのかもしれないが、ちょっとその歳で冒険者は無理だと思う。

 俺は見かねて、背中のバックパックから砂鉄バットを抜くと、横に一閃した。


 爺さんに絡んでいた男の1人が、その場に尻もちをついた。


「おい、いい加減にしろ。年寄りになにをしてるんだ」

 突然の不意打ちに驚いたのかチンピラたちがこちらを振り向いた。

 その驚いた顔だが、見覚えがあるな――。


 こいつらは、冒険者登録のときに絡んできたチンピラだ。


「ああん?!」「なんだテメー」

 男たちが俺のほうへとやって来た。


「なんだ、俺のことをもう忘れたのか?」

「……あ!」「てめぇ!」「あのときの!」

 役所の前でどついて、脳震盪を起こしていたはずだが、ちゃんと回復しているようだ。

 ポーションかなにかを使ったのだろうか?

 魔法の中には、回復できる魔法もあるらしいから、そういうのを利用したのかもしれない。

 近代医学でも後遺症が残ったりするもんだが、それを考えるとダンジョンの力ってのは侮れないな。


「なんだ、ちゃんと覚えているじゃないか。もう一回ボコられたいか?」

 俺は、すごいスピードでバットを振り回した。


「く、くそ!」「覚えてやがれ!」「ま、待ってくれ!」

 チンピラどもは、尻もちをついていた男の両脇を抱えると、カビが生えたような捨て台詞を吐き、そそくさといなくなった。

 俺には敵わないと、ちゃんと解っているらしい。


 それにしても、ファンタジーだとチンピラに絡まれるのは定番イベントだが、俺がそういう目に遭うとは思ってなかった。

 おっと、それよりも爺さんの心配をしないとな。


「おい爺さん、大丈夫か?」

「た、助けてくれたことには、感謝する……」

 まぁ、素直に感謝できない年寄りは、田舎にもいるからなぁ。

 俺は年寄りの扱いには慣れているんだ。


「なんか事情があるのかもしれないが、そんな身体で冒険者は無理だよ」

「放っておいてくれ!」

「まぁまぁ、ちょっと事情を聞こうじゃないか」

「……」

 爺さんは、口を一文字にしてなにも言わない。


「ほら」

 彼は、しゃがみ込むと口を開いた。


「……孫娘のためだ……」

 爺さんの話では、孫娘が不治の病らしい。


「え~? それで、ダンジョンに潜ってどうするつもりだったんだい?」

「あの中には――どんな怪我でも病気でも治るという、薬があると聞いた……」

「ああ、確かにそんな話を聞いたことがあるが……」

 実際に、癌患者をダンジョン内で治療したみたいな話もあったしな。


「孫娘は危ないのかい?」

「ああ……」

「手術で治る病気なら、ネットで手術代金をクラウドファンディングで集めるとか、色々と方法はあるぞ?」

「手術は難しいと聞いた……」

 彼が下を向いたまま答えた。


「そうか……」

 それなら、ダンジョンでなんとか――と、考えてしまったのだろう。

 それにしても無茶過ぎるけどな。


「ちょっと、ネットで検索してみるか――言いたくはないが、爺さんがその身体でダンジョンは無理だよ」

「……わかってる」

 解っていても、可愛い孫になんとかしてやりたいと思うのが爺心ってやつだろうが。


「他の家族は?」

「孫娘たちの他には、おらん」

「そうか」

 親戚といっても、今はどこも苦しいだろうしなぁ。


 とりあえずスマホを出して、爺さんが言っていた回復薬ポーションをググってみる。

 そんな噂をネットで見かけたことはあったのだが、詳しくは調べたことがなかった。

 自分が大病したとか大怪我したとかなら、調べたかもしれないがなぁ……。


 一応、海外のネットも見てみた。

 翻訳ツールを使って記事を漁っていると、ゴールドエリクサーという単語と画像がヒットした。

 小さな小瓶と、中に入っている黄金色の液体。


「あれ? これって……」

 俺はその瓶に見覚えがあった。

 もしかして――裏庭で拾った小瓶じゃないか?

 中でキラキラ光っている感じがそっくりだ。


 背中のバックパックを下ろし、中から取り出すフリをして、アイテムBOXから以前ゲットした小瓶を取り出した。


「爺さん――もしかして、この小瓶がゴールドエリクサーってやつかもしれないぞ?」

 俺は、ネットの画像と、出した小瓶を並べて見せた。


「ほ、本当か?!」

「いやいや、ネットの記事がこれしかないんだよ。本当かどうかは……」

「それが本当なら譲ってくれ! なんでもする! このとおりだ!」

 爺さんがいきなり土下座した。

 そんなことをされたら、目立ちまくりだろう。

 周りから注目されてしまっている。


「まぁまぁ、爺さんちょっとまて、慌てすぎだ――あ、そうだ、ちょっと試してみればいいか」

「試す?」

 爺さんが顔を上げた。


「本当にゴールドエリクサーってやつなら、一滴でもすげー治癒力があるはずだろ?」

「ああ……」

 俺はナイフを取り出して、自分の左手を傷つけた。


「あいたー!」

 手に火を点けられたようにじんじんする痛みが襲ってくる。

 俺はナイフを置くと、小瓶の蓋をとって指に一滴載せた。

 そいつを傷口に擦り込んでみる。


 黄金の液体に含まれていた粒子が、まるで微細なダンスをするように見える。

 光は傷の周りを優しく踊り、そのさざ波が徐々に傷口を包み込んでいく。

 そこから次第に光る線が広がり、最終的にはその傷跡すらなくなった。


「おお~、すげー!」

 ――と、俺が驚いたんだが、周りで見ていた連中も驚いたようだ。


「え?! なにいまの?!」「普通の回復薬ポーションじゃないよね?」「初めて見た!」

 周りがざわざわしているのだが、そいつは無視しよう。


「爺さん、これ――」

「そ、そいつを譲ってくれ!」

 爺さんが俺にしがみついてきた。


「ちょっと待て爺さん、落ち着け!」

「金が必要ならなんとか用意する! ワシの身体を切り刻んでもいい! 好きな所を持っていってくれ」

「いやいや、爺さんの身体なんていらねぇよ……」

 ボン・キュッ・ボンのお姉さんの身体なら、遠慮なくいただくがなぁ。


「頼む! 頼む!!」

「爺さん、ちょっと落ち着けっての!」

 俺は彼を引き剥がした。


「うう……」

 爺さんが地面に手をついて、泣いている。

 よほど切羽詰まっているのだろう。


 止めてくれ――こういう話は、オッサンの俺に効いちゃうだろ?


「とりあえず、その孫娘ちゃんに会ってみないことにはなぁ……」

 まさか、彼のこれが演技だとは言わない。

 これが演技だったら、オスカー俳優レベルだ。



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